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ロボと日記と終末世界  作者: 空戦型


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八月十日 Another ハカイテンシ

 マサトと共にどこへ情報収集に向かうか話し合っていた、丁度そのときだった。


「ん……」


 真っ先に異常に気付いたのはマサキ。彼が腕に巻き付けたデバイスの一つが音を立て、マサキはそれを見るや否やすぐにガイストに向かう。


「ガイストが接近している。起動せず一旦様子見するぞ」

「そんなことよく分かるな」


 疑いはしない。荷物を手早く片付けてネイビーキャットへ向かう。

 マサトはプログラム関係にも明るく、ガイストの遠隔操作も条件付きでできるようになったらしい。ならばガイストのセンサーを遠隔操作するプログラムを組んでいてもおかしくない。


 休止状態は解かず、通信回線でマサトに個人回線を繋げる。


「マサト、こっちのレーダーだとまだ映ってない。どんな感じだ?」

『数は一、二、三……おいおい増えていくぞ。計八機。 二つのグループに分かれているように見えるな』

「噂をすればか!」


 これまでガイストが同じ場所に三機集まることさえ稀だったのに、一気に八機の出現。しかも二つのグループに分かれているということは、二つが敵対しているか、或いは両方が同じグループに属している可能性がある。


『移動方向からしてこっちに気付いてる風ではない。このまま様子見するぞ』

「了解……お、こっちのレーダーにも出たぞ。うわぁ……」


 見た感じでは、八機のうち五機と三機に分かれているようだ。

 更に、銃声や閃光が空を飛び交っているのがカメラから確認出来る。


 五機の集団は装備も機種もバラバラで、全て陸戦タイプだ。

 対して三機の方は全て空戦タイプ。

 しかも、見たことのないガイストが一機混ざっている。


『通信を傍受した。そっちに回すぞ』

「そんなことまで出来んの!?」

『相手の電子戦能力による。三機集団は逆探知の可能性があるから五機集団の方しか傍受してない』

「了解ですよっと」


 ふと横を見て、マサトが最初から休止状態で使える装備をガイストのハードポイントに装着した状態で待機させていたことに気付く。ガイストはたとえ休止スリープ状態でも、量子化した装備を再展開する際の反応はごく僅かだが他のガイストのセンサーに感知される。それを見越してのことだろう。

 やはりマサトは二歩も三歩もこちらの先を行っている。

 感心しつつも、傍受内容に耳を傾ける。


『まずいぞ、俺たちの装備じゃジリ貧だ!! このまま撃ち合っても相手がシャルナークとあのバケモノじゃ!!』

『分かってる!! 分かってるが、連中にこれ以上ターミナルを取らせられない!!』

『クソッタレがぁ……切り札を温存して余裕のツラで見下しやがって!! ヤエヤマ解放戦線をナメんじゃねぇッ!!』

「ヤエヤマ……そうか、思い出した。確か俺を襲ってきた奴は『ヤエヤマか、ソゾロギか、イカれのシャングリアか』って聞いてきたんだ」


 朧気だった記憶が、一つのきっかけによって引きずり出される。

 マサトはふむ、と唸る。


『連中がヤエヤマとなれば、相手は果たしてどちらか、或いはどちらでもないのか……ターミナルにバケモノ、か』

「意味はちょっとわからんが、なんかヤエヤマ解放戦線とやらは負けそうだな」

『確かに。『シャルナーク』は二機とも装備がいいし、パイロットも手練に見える。数の有利より質が上回るか』


 空から攻撃を仕掛けるのはA級空中戦用ガイスト、『シャルナーク』だ。ブーメランを思わせる鋭角的なパーツが随所に見られるこの空戦機体は、グレイホークの上位互換に当たる非常に強力なガイストである。


 しかもヤエヤマに攻撃を仕掛ける二機のシャルナークは連装ミサイルポッドを右背部に、拡散砲撃可能な重粒子方を左肩部に、そして手にはイナーシャルシールドとアサルトライフルを装備と、空中から相手を掃討しにかかりつつ被弾を抑える堅実な装備を揃えている。かなり組織的な運用を意識しているように思えた。


「問題は奥の知らないヤツだな。見たことあるか、あんなの?」

『ない。俺も初めてだ』


 マサトも自分も知らないガイストとなると、情報が全くない。

 全種のガイストを見た気になっていたが、自惚れだったようだ。


「さっきから全く戦闘に参加してないけど、電子戦特化の支援機か?」

『だとしたら動けない俺たちをとっとと見つけて警告や弾丸の一発はくれるんじゃないか? なるだけ傍受されにくいよう小細工しているとはいえ、バレる時はバレるからな』

「もしかして俺ら、結構リスキーなことしてる?」

『するだけの価値はあるからやってる。念のため距離は十分離しているがな……』


 マサトは情報と安全なら安全を優先する方だと思っていたが、ギリギリまで粘る気らしい。それだけこの状況から得られる情報に価値があるという判断だろう。


『それよりも、ヤエヤマ解放戦線があれを『バケモノ』と呼んでいる事が気になる』


 言われてみれば確かに言っていた。

 状況から見て、あの控えている一機がそうである可能性は極めて高い。


『もしもあれが、Sクラスの権限がなければ解放されないコンテナとやらの中身だったらどうするか……』

「S級ガイスト、ってか? そんな風には見えないが、確かに可能性はあるのか……」


 Sクラス権限が必要なコンテナの存在は、マサトも知らなかった。

 つまり、幻のS級ガイストが存在する可能性はあり得る。


 しかし、奥で控えるガイストはどうも地味すぎるように見えた。

 ガイスト全般に言えることだが、ガイストはランクが上がるほど洗練されたフォルムになっていく傾向が見られる。つまり、ランクが高いほど格好良いのだ。しかし何もせず傍観するガイストは妙にずんぐりむっくりで、機能美も感じられない。


「見た目通りの性能であってくれと願うことにするよ」

『気は抜くな。俺たちはいつ連中に攻撃されてもおかしく――ん?』


 数の優位を持ちながら空中からの絨毯爆撃めいた攻撃に晒されていたヤエヤマ解放戦線に動きがあった。暫く嘆きの塔の方向に押し込まれていた彼らがとうとう観念したらしい。


『おのれ、手下も潰せず手を抜かれてもこのザマとは!! 全機、現時刻を以て敵のターミナル侵入の妨害命令を破棄!! アサルト2は俺とツーマンセル、アサルト3はアサルト4及びアサルト5を指揮してスリーマンセル! 十秒後、一斉射撃で弾幕を張った後に二手に分かれて本部まで撤退だ!!』

『『『『了解!!』』』』

『…三、二、一、撃ち方始めぃッ!!』


 ヤエヤマ解放戦線は一斉に装備する全重火器を展開して三機の敵ガイストに一斉砲撃を開始する。実弾、ロケット弾、ビームなど様々な破壊が光となって入り乱れる。それに対し、三機のガイストのうちシャルナーク二機は離脱し、何故か未知のガイストだけが射線に残った。


 咄嗟に動けず留まったのか――いや、シャルナークたちはかなり統率の取れた動きをしていた。一人だけ足手纏いを連れて攻勢に出るとは考えづらい。となれば、二機が離脱したことには合理的理由があるはずだ。


「遂に動く気か、あの新型」

『警戒するぞ。最悪、俺たちも尻尾を巻いて逃げる』


 操縦桿を握る手に力が籠る。


 未知のガイストに迫る砲撃は、知る限りのどんな装備と装甲を持つ機体であっても損害は免れないし、もっと言えば高確率で撃墜されるものだ。

 それに対し、相手が行った行為は――手を翳す、ただそれのみ。

 しかし、鋭敏なガイストのセンサーはその手が何を引き起こしたのかを一瞬で分析し、表示した。


「空間……歪、曲……?」


 耳に慣れない言葉に首をかしげた刹那、異変は起きた。

 未知のガイストに迫るあらゆる攻撃が、まるでガイストへの命中を避けるように次々に逸れていくのだ。まるで流水が岩にぶつかって二つに別たれるかの如く、実弾もエネルギー弾も全てが無為に受け流されていく。

 マサトが通信越しに呻き、うわごとのようにぶつぶつと呟く。


『空間を、歪めてるのか……馬鹿な……もしそんなことが出来るのなら、俺の知るA級からC級までの全ての全てのガイストのあらゆる攻撃が……上限キャパがあるとしても、五機の一斉攻撃を弾いて余裕があるなら……!!』


 驚愕、当惑、そして絶望――マサトがこれほど動揺してるのは、知る限り初めてだ。しかし、幾ら自分がバカでも少しくらいは感じ取れる事がある。


 恐らく、自分とマサトが二人がかりで挑んでも、アレには勝てない。


『――告げる』


 オープン回線から、凜とした若い女性の声が響く。


『我らシャングリアは、荒廃せし世界を救済するものなり。崩壊した世に残された人々を救済するもの、これ秩序なり。シャングリアは世を秩序で繋ぎ止め、人々に安寧を齎すものなり』


 妙に宗教的な――言葉を選ばず言えば胡散臭い言葉の数々。

 しかし、その言葉からは人を騙そうとか揶揄おうといった意図は一切感じられない。ただ事実としてそうである、或いは己はそうあるべきであるという事実確認の如く、言葉が紡がれる。


『人に神を。無秩序に法を。罪に罰を。信仰に救済を――あまねく人々の未来のために、わたしは哀しみと慈しみを以てして、セラフィムの衣を開帳する』


 空間を歪めたガイストの装甲が、ばらばらと剥がれるように分離していく。

 分離した装甲は更に細かく分離、変形し、ガイストの背に集まる。


 装甲の内から姿を現したのは、細く、白く、しなやかで、どこか有機的で荘厳な天使を思わせる躯体。見る者を圧倒させ、神々しさをも感じさせる繊細で緻密な装飾は、戦う為の存在には見えない。

 背には分離変形した装甲が合体して、仏の後光を思わせる大きなリングと本物の生物の羽根のように複雑に絡み合った六つの翼を形成していく。

 その姿はもはや、兵器というよりは神像であった。


『秩序と繋がりを拒絶する者たちよ――神の塔への巡礼の旅路を阻む者達よ――救世天使セラフィムの代行者として、ここに裁定を下す』


 まるで人のように自然な動きで、セラフィムと呼ばれたガイストの手が掲げられる。


 けたたましいアラートがコクピット内に響いた。

 セラフィムの背中のリングが複雑怪奇に変形して本物の仏の後光のように枝分かれし、リング内部からガイスト数十機のジェネレーターを加算しても足りないほどの莫大なエネルギーが渦巻く。コクピット内を覆い尽くす夥しい『危険』の警告に本能が悲鳴を上げ、気付けばネイビーキャットの出力をコンバットまで一気に引き上げていた。


『汝ら、罪あり』


 そうあれかしと神が決めたかのような迷いなき言葉と共に、セラフィムの背から気が遠くなる量の指向性エネルギー弾が放出された。それらは空を埋め尽くすように広がり、ひとりでに軌道を変え、空からヤエヤマ解放戦線に光の雨となって降り注ぐ。


断罪の聖歌(パプテマス・ゴスペル)――刹那の苦しみと共に、お逝きなさい』


 彼らがどうなったか、確認する余裕はなかった。

 降り注ぐ光は無差別で超高域に拡散し、自分たちの方にも向かっていたからだ。


「逃げろッ!!」

『お前もなッ!!』


 マサトのエッカルトと、自分の駆るネイビーキャットが弾かれるように疾走を開始したのはほぼ同時だった。


 大量に降り注ぐ光は、町を、山を、大地を、悉く灰燼に帰していく。

 神の審判とは呼びたくない、慈悲なき破滅の波だ。


 エッカルトとネイビーキャットは敵より離れた位置にこそいたが、セラフィムを中心に降り注ぐ砲撃は背後から容赦なく背後に迫ってくる。その全てが直撃すればネイビーキャットを一撃で粉砕するのに十分なエネルギーを内包していた。

 エッカルトなら耐えられるかも知れないが、それは一発二発の話だ。無差別大量に降り注ぐ砲撃は一度受ければガイストが粉砕されるまで降り注ぎ続けるだろう。


 通信機から断末魔の悲鳴が響き渡る。


『わぁぁぁぁぁッ!! あぁぁぁあああああああッ!!』

『万歳、万歳、ヤエヤマ解放戦線バンザーーーーーイッ!! バンザ……アガッ』

『アサルト3、アサルト4!! 畜生……畜生ッ!! 殺してやる……絶対に皆殺しにしてやるぞ、このイカレたカルト共ッ!!』

『よせ!! 雪辱を果たしたいなら今は歯を食いしばって逃げ続けろッ!!』


 どうやら、ヤエヤマ解放戦線の何人かが還らぬ人となったらしい。

 自分はそうなってたまるかと腹の内で叫んだ直後、ネイビーキャットとエッカルトの間に砲撃が無数に着弾し、二機の進行ルートが決定的にずれた。


 どちらも引き返せず、かといって地形的に再合流する余裕はない。

 せっかく合流したのに、このまま離ればなれになるしかないようだ。

 マサトから通信が入る。


『お前が最初に発見した嘆きの塔で再合流!! 合流出来なかったらまた巡り会うことを願って一旦お別れだ!! いいな!!』

「……! 来世まで待てないから今世で巡り会おうぜ!!」


 マサトには最初の嘆きの塔の座標を教えてある。

 彼は咄嗟にそれを思い出したようだった。

 どこまでも降り注ぐセラフィムの砲撃も距離を離すごとに少しずつだが砲撃の密度が弱まってる。もし搭乗したガイストがネイビーキャット以外の鈍足なガイストであったならば、間違いなく今頃死んでいただろう。


 いつもいつも、マサトには助けられてばかりだ。通信回線を閉じた後、本人には言えない心中を吐露する。


「生き延びろよマサト……世界を救うなんてヤツがいたら、きっとお前がそれだからな!!」


 濃紺の猫は一心不乱に疾走する。

 きっと仲間が生き延びられると信じて。

 そして、自分自身も生き延びられることを願って。











 八月十日 マサト かく語りき



 ネイビーキャットの反応が離れていく。

 彼のことは心配だが、同時に信じたいと思っている。


 彼が嘆きの塔とやらを二度も発見し、迎撃の条件を満たさず生き延びることが出来たのは偶然に過ぎない。彼がSランク権限が必要なコンテナを見かけたのも、今日まで生き延びることが出来たのも、全ては偶然でしかない。


 しかし、マサトはこう考える。


 可能性の話ではなく、彼は結果的にあらゆる未知と困難に遭遇し、突破した。その事実こそが彼の価値であり、尊敬すべき所であると。


 例えばこれがゲームなら、どんなに理不尽な難易度のゲームでも幾度となくリトライすればいつかは目も覚めるようなスーパープレイを見せることが出来る。しかしこの世界にそんな都合の良いものはなく、たったひとつのライフを後生大事に抱えて石橋を叩き回して進むしか命を守る術はない。


 彼は確かに特筆した才能など持っていないのだろう。

 マサトの方が聡明である自覚はある。

 それでもマサトは彼を信頼している。


 彼以外にも何度か面倒を見た人間はいたが、彼以外の誰もが上手くいかなかった。その理由の全てが、彼らがこの絶望的な世界で煩雑な思考を停止し、ただ目の前の欲望にだけ手を伸ばし、それ以上の何かを知ろうとしなかったからだ。

 反発、怯懦、慢心、あらゆる理由で死んでいった。


 彼だけだ。

 彼だけが、自分が生き延びる為には過去も現在も未来も、全てに対して思考を停止してはいけないということを心で理解している。その上で、未知の状況を知恵と勇気で打開してきた。


 彼は、本来乗っている方が安全である筈のガイストが逆に危険になる状況という嘆きの塔の絡繰りを――ただ安定を求めているだけのマサトには決して得ることが出来ない情報も齎してくれた。

 生存者が徒党を組んでいることも、規格外のガイストの可能性も、彼が齎した。


 人並みに慎重に、人並みに思慮深く、人並みに人を信じられる。

 それは、この終末世界で人が失いつつあるものだ。


 もしかすれば、彼と出会わずマサト一人で活動していてもいつかは知れたかもしれない。しかし、そうではないかもしれない。マサトは彼に、自分の持ち得ない運命めいた何かを感じていた。


「逃げ切れよ、インディー・ジョーンズ。もしもこのクソッたれな世界を変えちまうような人間がいるなら、俺はお前がいい。きっとその方が世界は楽しくなる」


 そのためなら、マサトはどんなに辛くとも旅を続けよう。

 調べても調べても何も救われない世界で、それを続けよう。

 マサトにとって、それだけが世界に残された楽しみなのだから。

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