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ロボと日記と終末世界  作者: 空戦型


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八月六日 Another カリウド

 探索中に突然鳴り響いた警告。

 反応するよりも早く、パイソンの巨体に衝撃が走った。


「なんだぁッ!?」


 確認すると、実弾によってパイソンの右足が致命的な損傷を受けていた。オートバランサーも作動せず、辛うじて残った右足のフレームが重量に耐えられずへし折れる。何とかマニュピレータを使って立て直そうとした瞬間、今度はパイソンの頭部が破壊され、激しい衝撃がコクピットを襲った。


 ガイストは頭部にセンサー類が集中しており、破壊されると視認能力や索敵能力が低下する。おかげで最初の警告が何の警告だったのか分からず、何が起きているのか理解出来ない。

 機械に頼れない場合、経験則が頼りだ。

 今日まで生き延びた自らの頭脳は、これを狙撃だと推測した。


「知らない間にナワバリに入ってたのか……!!」


 発砲する姿勢だけを維持してガイストを休止状態にし、敵が射程に入る瞬間に起動させ発砲。これがガイスト戦で最も敵に感知されづらい狙撃方法だ。元々中破状態のパイソンでは狙撃の威力に耐えられないし、抵抗する方法がない。


 機体のデータからおおよその狙撃位置を割り出し、可能な限り物陰に隠れる。

 狙撃している以上、距離は離れているのだから機体を放棄して逃げればまだ間に合う。初撃を受けて足を潰された時点で、相手の機種に関わらず戦えば絶対に勝てない。コクピットを解放し、鞄を抱えて即座に飛び出し、頭を守る姿勢で駆け出す。


「急げ、逃げろ逃げろっ!!」


 ガイストの狙撃銃なら多少の民家程度なら苦もなく貫通する。

 全速力でその場を駆けだした数秒後、ここまで共に戦い抜いたパイソンは予想通り建物ごと狙撃されて腹部がへし折れた。

 耳が割れんばかりの轟音と衝撃波で体が吹き飛ばされ、降り注ぐ建物の瓦礫と共に数メートルごろごろと転がる。破片が直撃していれば最悪死んでいたかもしれないと思いながら立ち上がろうとした瞬間、顔面に強烈な衝撃が走った。意思に関係なく顎から突き抜ける衝撃が頭を上へ跳ね上げ、落ちるように意識が遠のいていく。


 ――。


 ――。


 気付けば、目の前に一人の男と、一機のガイストがいた。

 男はこちらの荷物を漁っている。

 やめろ、と言いたかったが、強烈な目眩がして動けない。

 視線だけ動かし、ガイストを見る。


 機体は、B級ガイストのアンバーホース。

 B級の中でも最もバランスの取れた良機だ。

 機体はスマートで敏捷性に優れつつも必要部分の装甲はしっかり厚みがあり、欠点らしい欠点がない。名前の通り馬のような逞しさと頼もしさがあるこのガイストは、背部のハードポイントが他のガイストより多い。


 だが、その奥にもう一機いる。

 あれは――B級ガイストのブラックマンバだ。

 パイソンをよりシャープにしたような黒塗りの姿で、実質パイソンの上位互換機だ。パイソンと同じ多関節構造だが、ブラックマンバの方が装甲が複雑化し要所で丸みを帯びている。この複雑化した構造が逆にパイソンの脆い部分を覆い隠し、機動力まで増加させている。

 ぴくりとも動かず地面に膝をついているが、まるで毒蛇が獲物を待っているかのような不気味さがこの機体にはある。


 何故ガイストが二機も――困惑していると、アンバーホースから外部スピーカー越しに声が響く。


『なぁ兄ちゃん、まだ終わらないの?』

「焦るなよユージ。こいつ、てんで碌なもの持っていやがらねぇ」

『パイソンの中身も殆ど空だったもんなぁ。じゃ、殺す?』

「まぁ待てよ。情報を聞き出してからだ」

(……なんてこった。こいつら、二人で行動してたのか)


 片方が狙撃、もう片方は狙撃を逃れた相手を倒す係。

 最初から逃げ道はなかったらしい。

 アンバーホースの背中に狙撃銃が装着されていることからして、ブラックマンバのパイロットは偶然機体を降りていたところに俺を見つけてこちらを昏倒させたのだろう。ガイストでやられていれば今頃死んでるか、意識を失わず捕まっている筈だ。


 男が荷物を捨て、こちらの体を力尽くで起こした。首に力が入らずがくん、と体が揺れるが、男はお構いなしにこちらの体を周囲の建物の外壁に押しつけた。日光を反射して銀色に光るナイフが突きつけられる。


 視界はまだぼやけていたが、目の前の半端に茶髪に染められた髪の男のガラが悪いことはなんとか認識できた。逞しい腕が容赦なく体を圧迫してくる。


「どこの所属だ。ヤエヤマか? ソゾロギか? それともイカレのシャングリアか?」

「……?」


 こいつは、何を言っているのか。

 戸惑っていると、ナイフの先端が鼻先に軽く突き刺さる。

 まずい、意に沿うことを言わないと殺される――そう思い、咄嗟に思ったことを言う。


「全部、違う……」

「……」

「嘘じゃ、ない……」

「……」


 呂律が怪しい中、必死に訴えかける。

 所属だったら殺されないのか、所属していなければ殺されないのかが分からないから、これは賭けだ。男は険しい顔でじっとこちらを睨み付けてくる。しくじったかもしれない、と、崖に突き落とされたような錯覚を覚える。まだ、まだ命にしがみついていたいのに。


 動悸と息切れが激しい。

 死ぬ。

 殺される。


 恐怖に耐えきれず目をつぶった刹那、壁に押さえ込まれる力が緩まった。


「別勢力か……或いは勢力ですらない木っ端か」

『じゃあ殺す?』

「どうしてそう早く殺したがるんだよ、ユージ。殺すのは完全に用済みになった時だけだろ」

『んー、まぁ兄貴がそう言うなら』


 恐ろしく無邪気に、アンバーホースのパイロット――ユージは意見を引っ込めた。この生存者の条件すら全く不明な世界で、この二人は兄弟なのだろうか。それとも義理なのだろうか。

 ともあれ、少しだけ考える時間が出来た。


 会話の節々から感じるが、この二人はこちらを殺す事に躊躇いがない。

 今までも恐らくそうして相手を殺してきたのだろう。

 弟は直感的、兄は思慮深い性格とみた。

 話が通じるとすれば兄の方だろう。


 用済みになったら殺すと言ったが、では用済みになるのはどんなときか。

 先ほど彼らは勢力の話をしていた。

 聞き覚えはないが、もしかしたら知らないところで生存者達は徒党を組むことを決め、いくつかのグループが出来たのかも知れない。彼らが勢力拡大を狙っているならこちらに勧誘の一つでもすべきだろう。しかし彼らは真っ先に荷物を漁ってきた。つまり物資が目的だった訳だ。

 勧誘の線は恐らくない。

 もしそうならもっと平和的だった筈だ。


 予想を裏付けるように、男が手元でナイフを弄びながらこちらを向く。

 もう恐怖と緊張、疲労などで立っているのが精一杯だ。

 まだ命は助かっていない。


「今日まで生き延びてきた奴がさぁ、水も食料も資源も無しってこたぁねぇよなぁ。どこに隠している? 予備のキーグローブはもう奪ったからガイスト呼ぶことは出来ねぇぜ」

「……そう、なのか」

「おいおい、頭蹴り飛ばしたせいで脳みそ鈍っちまったか?」


 男のせせら笑いが耳障りだった。


 自分の手元にはキーグローブがあるが、既に破損している。

 奪われたキーグローブは最初から何のガイストも登録していないが、相手は勝手にこちらが予備のガイストと物資を持っていると思っているようだ。既に所持者が決定したキーグローブは他人には使えないので確認が取れないのだろう。


 確かに、こちらが食料も物資も枯渇しているのはいわば偶然。

 普通ならもう少し蓄えを持っている。

 もしないと言えば、恐らく用済みで殺しに来る。

 だがあると言ったところで嘘はすぐバレる。


 一瞬、あのグレイホークに乗った女のナワバリを自分の拠点と偽ってみようかと思ったが、遠すぎるし、流石に怪しまれて途中で殺されるかもしれない。何か、何か生き残る道はないか――思わず視線を彷徨わせた先に、それはあった。


 男は油断なくナイフを構えたまま、こちらの視線の先をちらりと見る。

 そこには、嘆きの塔が辛うじて見えた。


「なんだあれ……おいユージ、あの山陰からちらっと見えるヤツ。あんなのあったか?」

『いや、知らない。三日前に下調べしたときはあんなのなかったけど、見落としかなぁ?』


 ――この二人は、嘆きの塔を知らない?


 確かめるため、言葉を選んで問う。

 

「知らないのか?」

「ああ? 知らねえな。そこそこ移動して回ったがあんなもん初めて見る。人間の作ったもんじゃねえよなぁ……情報、持ってんのか?」

(食いついた!)


 この二人は最近ここに来たばかりで、しかも嘆きの塔の詳細を知らない。

 だとすれば、一つだけ作戦が思い浮かぶ。

 希望が見えたことで、少しだけ体が落ち着いた。


「つい最近、突然現れたんだ。あの建物の中は快適、安全、資源も入ってる。本当だ。俺の荷物は殆どあそこに置いてるんだ」


 自分でも馬鹿馬鹿しいと思うほどの出鱈目を並べる。

 中身なんて確認していないし、そもそも近づけない場所だ。

 しかし、一つだけ自分が助かるかも知れない可能性がある。

 それに賭けるしかない。


 ナイフの男は訝しげにこちらを見た後――おもむろにこちらの手の甲にナイフを突き刺した。


「あぎ――ッ!?」

「嘘だったら、何倍もひでぇぞ? オラッ、マジかどうか正直に言えッ!!」


 突き刺したナイフが手を貫通する。

 かぁっと手が赤熱したかのような錯覚を覚え、後れて身悶えするような激痛が襲う。ナイフの男は突き刺したナイフをぐりぐりと左右に回すようにねじり、その度にミチミチと肉が抉れるような激痛が迸る。


「ぎあああああああああッ!! あああ、あああああッ!! うう、嘘じゃない!! 嘘じゃないよう!!」

「待ち伏せしてるのにかッ!!」

「してないぃっ、他のヤツに教えたらっ、取られるだろッ!!」

「……成程な」


 男はナイフを抜き取る。また性質の違う激痛が手を苛み、涙と鼻水を流して呻くしかない。男は懐から包帯を取り出して、雑ながら慣れた手つきで出血するこちらの手に巻いた。刺したのは簡易的な拷問だったらしい。


「案内しな。ただしお前が前に行くんだ。俺たちはその後をついていく」

「はいぃ……案内しますぅ……!!」

『ぶははははははっ!! クソへたれな声っ!!』

「そのへたれが俺たちを天国まで案内してくれるかもしれん。待てだユージ」

『分かってるよにーちゃん』

(何が待てだ……じゃあよしと言えば殺されんのか、俺は……いやだ!!)


 狂った兄弟め、と罵倒してやりたい気持ちもあるが、未だ出血が治まらない腕の痛みと死への恐怖が勝る。ここから先は完全に先が読めない綱渡りだ。最悪の場合、死んで終わりだ。

 だが、この状況を生き延びられる可能性それしかない。


(それにしても、我ながら……さっきの嘘は、よく出来てた)


 もしも嘆きの塔がもし本当に資源が沢山ある安全な場所なら、生存者はそこを独占したいと思うだろう。その情報を他人に簡単に教えたりしない。だからナイフの男は「他のヤツに教えたら取られる」という俺の嘘に一応の納得を見せた。確かめる価値はあると思ったのだ。


 こんな嘘はつきたくないが、それでも俺は死にたくない。

 俺はたった一つの仮説に全てを賭けた。


 死への恐怖と手の痛みが逆に感覚を鋭敏にし、足取りはしっかりする。

 背後から二機のガイストの重圧を感じながら、俺は歩く。

 出来るだけ怪しまれないよう、背後を確認する。


『よそ見するな。歩け』

「……はい」

『怒られてやんの。あ、もし罠だったらもう俺が殺すから。自分の腕がガイストに踏み潰されたらどんな形になるのか教えてから殺してやるから安心しな』

『おいおい、脅しすぎるなよユージ。脱糞でもされたら困るぜ』


 こちらの動きはしっかり見られていたが、確認は出来た。

 待ち伏せを警戒してブラックマンバが先行し、アンバーホースが数十メートル後ろからついてきている。狙撃銃を手に装備し、いつでもブラックマンバを援護出来る姿勢だ。


 この世界で集団行動は不和と死を招くというイメージがあったが、二人はよく連携して動いている。兄弟故か、人格には問題があっても絆はきっと本物なのだろう。その絆を利用できればいいが、と思う。


『随分デッケェなぁ、あの構造物。中はどうなってんだ?』

「ターミネイターの拠点とも……違う感じの構造になってる……広くて、まだ下のフロアしか調べ切れてないけど……何かの、補給施設なのかも」


 でまかせの嘘がばれないか、心臓が爆発しそうなほど緊張する。

 しかし、少なくとも兄弟はその言葉に多少はリアリティを感じたのか、特に疑う素振りは見せなかった。違ったらば殺せば良いからだろう。


 ――以前ティーゲルで近づいた時に迎撃された距離まであと少し。


 足が竦みそうになる度、ナイフで刺された手の甲を自分の指で押して激痛で気を逸らす。ここで怪しまれて殺されたら終わりだ。死ぬ可能性は今だけ考えるな、と自分に言い聞かせる。


 この塔について、一つ仮説を立てた。


 この塔に近づいたガイストは迎撃される。

 しかし、野良犬が範囲内に入っても無反応だったということは、もしかしたらあの塔はガイストやターミネイターのような存在には反応するが、生身の人間や動物には反応しないのかもしれない。念のために射程範囲と思われる場所を予め算出して建物などの目印を決めていたのが功を奏し、距離が正確に分かる。だから、誘い込んで塔に倒して貰う。


 成功の根拠など一切ない。

 間違っていたら消し飛んで死ぬ。

 でも、苦しまず逝けるだろう。

 それだけが救いだ。


 塔の射程距離まであと4m、3m、2m、1m――。


「――ッ」


 歯を食いしばって、そのまま突き進む。

 塔には、見た感じでは何の反応もない。

 仮説は正しかったが、今は安堵出来ない。


 手が痛んだふりをして血に染まった包帯を押さえ、わざとよろける。

 よろけながら距離を測り、ブラックマンバが射程範囲に確実に入ると確信した瞬間、全身全霊を籠めて転がるように塔とブラックマンバの射線から離れた。地面を転がった衝撃で手が爆発したかと錯覚するほどの激痛と共に包帯の赤い染みが広がった。


 直後、無防備なブラックマンバに見えないエネルギーの衝撃が命中し、四肢が逆方向にへし折れ、胸部を中心とした装甲がぐちゃぐちゃに潰れて後方へ弾け飛んだ。


『ゲガッ――』


 恐らくは、即死。

 後は弟がどう出るかだ。

 兄の身を案じて少しでも足を止めてくれればそのまま塔の中心部に近づけば逃げ切れるかもしれない、と思ったが、ユージと呼ばれた弟は兄弟の絆を攻撃性に転化した。


『兄ちゃん!? 兄ちゃぁぁぁぁぁんッ!! クソクソ、クソが!! 罠だかなんだか知らないがよくも兄ちゃんに嘘ついたなッ!! この、殺してや――!!』


 ――もし残ったのが兄であれば、逃げるか射撃で殺すかを選んだのだろう。

 しかし弟は勇敢で、無謀で、思慮が足りなかった。ガイストの体で裏切り者を直接叩き潰してやろうという意識が先行して前進したアンバーホースは、塔の射程内に入った瞬間に兄の機体と同じ末路を辿った。


 激痛に震える手を押さえて無理矢理体を起こし、後ろを見る。

 ブラックマンバもアンバーホースも、完全にコクピットは潰れていた。

 腹の奥から胃酸がこみ上げ、その場で吐けるだけ吐き出した。


「おげぇ、うえッ、げぇぇぇぇぇ……ッ!」


 何の嘔吐か自分でも分からない。生き延びたことで緊張の糸が切れたのか、体調不良によるものか、或いは彼らが死んだという事実からだろうか。或いは、全てかもしれない。

 自分で手を下さなかったとはいえ、生き延びるためだったとはいえ、自分はあの二人を死に追いやったのだ。この世界に来て久しい、倫理的殺人行為――。何度あっても、絶対に慣れないし慣れたくない猛烈な罪悪感に、暫く苛まれた。


 やがて、吐き出せるものが全てなくなってから立ち上がり、よろよろと歩き出す。

 手の出血が止まらない。

 包帯だけで血は止まらない。

 このままでは死ぬ。

 彷徨っていると、路地の奥に小さくぼろい薬局が見えた。


 駆け込んでみれば、中身も無事だ。

 すぐに中を漁り、市販の止血薬、軟膏、止血テープなどを見つけ出す。有効期限の怪しいものもあったが構わない。片手での作業に難儀しつつも血まみれの包帯をほどき、激痛を覚悟して店内の経口補水液のペットボトルの中身で傷口を洗う。激痛に耐えきれず服をかんで歯を食いしばり、呻きながら軟膏を塗り、テープを貼って必死に傷口を塞ぎ、包帯を巻き直し、薬を飲む。


 医学的に間違っているとしても、ただの高校生に思いつくのはこれが精一杯だ。


 凄まじい汗をかいている。

 傷のせいか、熱もあるらしい。

 しかしこの世界に涼しいエアコンなど動いていない。

 

 薬局内に残った数少ない食料を吐き気を耐えて貪り、水分をたっぷり取り、無理矢理体を寝かせる。あとは自分の生命力を信じるだけだった。やがて薬に入っていたらしい睡眠剤によって眠気が襲い、そのまま眠りに落ちた。


 目を覚ましたのは翌日。

 凄まじい倦怠感があったが、辛うじて血は止まっていた。

 再び止血テープや包帯を取り替え、ついでに薬局内のシートで体を拭き、栄養ドリンクを飲んでもう一度横になる。浅い眠りと共にそれを数度繰り返し、気付けば小さな薬局の水と食料は全てなくなっていた。


 日が傾きだした頃、唐突に日記がない事に気付いて町に出る。

 あの兄弟に倒された場所まで行くと、荷物はそのまま残っていた。

 驚くべき事に、拳銃も兄弟に取られず乱雑に鞄に突っ込んであった。

 きっと彼らの興味を引くものではなかったのだろう。


 改めて昨日の事を思い出し、真夏なのに体が震えた。

 生き残る術を、改めて考え直す時が来たのかも知れない。

 生き延びた喜びよりも先の未来の不確定さを憂いながら、また日記を書くためにペンを握る。利き腕の右手を刺されていなかったのが、もしかすれば何よりの幸運だった。


「……あ、流れ星」


 夜のとばりが迫る夕焼けを一筋の光が横切り、そして消えた。

 三度のお願いをするより、その儚い輝きに、どうしてか頬を涙が流れ落ちた。

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