七月の日記 八~十三日
七月八日
去年の今頃は、自分が日記を書くことなど想像していなかったなと思う。
そんな文化は時代遅れだし、スマホでやればいいと。
浅はかな少年の儚い幻想は、既に露と消えた。
人が生きるためには、どんなに些細でもいいから理由が必要だ。
この一年で感じた、俺なりの人生哲学である。
俺にとってはそれが日記なのだろう。
我ながらしょぼくれた理由だが、他に何もなくなればそうもなる。
この世界には何もない。
正確には、なくなってしまった。
ガイストの機能が停止したせいで彷徨っているうちに見覚えのある地形にやってきた。ここに来るといつも、どうしてこんな世界になったのかと感傷的になる。その問いにもはや意味はないと知っていながら。
食料残存二日。
水残存一日。
ハンドガン残弾一二発。
不測の襲撃につき、キーグローブ破損。
明日に備え、今日は少しでも身を休める。
七月九日
去年のあの頃は、世界は普通だった。
通学路で吠える馬鹿犬の鳴き声、蝉のけたたましい鳴き声、肌をなぜる湿気と熱気を帯びた風。友達と会話もしたし、宿題を家に忘れた事に気付いて憂鬱にもなった。
しかし、当たり前に続くと思っていた人生は、あっという間に崩れ去った。
今も正直何が起きたのかは分からない。
一つだけ分かっているのは、あれから一年の間に出会った人間の数が、二十人に満たないこと。そして、恐らくは自分が本でしか見たことのない天涯孤独の身とやらに該当するらしいことだ。
誰にも、何が起きたのかが分からない。
唐突に、世界は滅んだ――その結果だけが目の前に残った。
ただ、俺は生きている。
一年間生きて、生き方を覚えて、なんとかやっている。
ともあれ、急いでキーグローブを探さなければまずい。
食料残存一日。
水、ここには豊富にある。
ハンドガン残弾一二発。
キーグローブ破損。
この辺りにはターミネイターは見当たらない。
キーグローブに似た装備を拾ったが、似てるだけで使い道の分からない代物だった。ものすごくがっかりしたが、一応取っておくことにした。
七月十日
もし俺が死んだら、日記だけが残る。
そう思うと、今まで煩雑に書き連ねた情報をたまには纏めておこうという気持ちが湧く。遺言のようで縁起が悪いし、どこぞのゲームではこういったものを書き残す人間は大体故人だが、俺はむしろ死後拾って読んでくれる物好きがいた方がまだ希望がある気がする。
終わった後の世界に取り残された一握りの人類を待っていたのは、ターミネイターの存在だった。デデンデンデデン、なんて、笑い話にもならない。ターミネイターとは嘗て俺の出会った生存者が彼らをそう呼んだのを真似ているだけだ。
『終わらせる者』。
まさにどん詰まりの俺たちの敵対者に相応しい名前だ。
四足歩行の形状だったり、人型だったり、時には十メートルを越える大型個体も存在するそれは、有機的な機械によって構成されているとおぼしき『敵』だ。数は無数におり、集団行動する者と野良の二種類がいる。
見た目はSFに出てくる無人兵器といった所だ。
こちらを見つけるなり即座に殺しにかかってくる。
不思議な事に、彼らの索敵能力はそれほど高くない。
下手をすると人間より少し低いかも知れない程度だ。
だから、俺のような凡庸な高校生も今まで生き延びられた。
しかし、どうしても戦いが避けられない時はある。
そのためにキーグローブが欲しい。
食料残存一日。サバイバルでなんとか温存中。
水、前日に同じ。
ハンドガン残弾一二発。
キーグローブ破損。
久々に実家跡を見たが、もうここには何も残っていない。悲しくなった。
七月十一日
キーグローブを発見した。
イミテイターの物であれば良かったのだが、残念な事に死人の所有物だったものだ。なるだけ綺麗に洗い、装着する。ランクは最低のC権限だが、それでもこれがあるのとないのでは大違いだ。
死体は、申し訳程度に埋葬しておいた。
今更死体など見慣れたものだが、故郷で死んでいたよしみだ。
キーグローブは終末化した世界に転がっている謎の装備だ。機能は多岐にわたるが、その最たるものが、これがガイストを動かす鍵であるということである。
G.U.I.ストレージ――略してガイスト。
簡単に言うと、人が乗り込むタイプのロボットである。
名前は機体起動時にディスプレイに表示されるもので、制作者としてはこのロボットは記録装置が主らしい。普通ロボは動かすことが主だと思うのだが。
このロボットの謎は今もさっぱり解けない。世界のあちこちにコンテナ状態で放置され、何故かキーグローブ装備状態で近づくと、装備者を自動で使用者登録して動かせるようになる。俺の知っている地球人の技術では作れそうにないほど高度なものであるため、ターミネイター共と同じ出所の技術なのかもしれない。
ガイストはとにかく凄い。
全高およそ15メートル前後の鋼の巨体は、最低のCランク性能でも雑魚イミテイター相手なら無双出来る。しかも身を隠してステルス機能をオンにすれば、ターミネイターに見つからず夜を過ごすベッドにもなる。万能感に騙されていると後でしっぺ返しを食らうが、ガイスト所有時の安心感ときたらない。
以前のキーグローブはターミネイターの不意の襲撃から身を庇った際に破損した。おかげで以前愛用していた『アーチボルト』を放棄せざるを得なくなったので、壊さないよう大切に使おう。
食料残存一日。サバイバルでなんとか温存中。
水、前日に同じ。
ハンドガン残弾一二発。
Cランクのキーグローブ所有。
明日は隣町のターミネイターを蹴散らして食料を探したい。
七月十二日
C級ガイストがなかなか見つからず、時間を大分無駄にした。
このC権限キーグローブではC級ガイストしか動かせないというのに、この辺りはB級やA級ばかりが残っている。前にこのグローブを所持していた人が一通り使い潰してしまったのかも知れない。ともあれ、なんとか近所の田んぼ跡地に突っ込んでいるコンテナからガイストを引っ張り出した。
見つけたのは『ハウンド-CC』。
猟犬の名に相応しく獣のようなしなやかなフォルムが特徴的だ。
C級の中ではいまいちな使い心地だが、贅沢は言えない。
出来ればAタイプが良かったが、それは望みすぎだろう。
それに、やはりガイストがあると安心感が凄い。
キーグローブには緊急時に自分の体を登録したガイストのコクピットに飛ばしたり、逆にガイストを転送で呼び出す機能がある。しかもガイストには物質を量子格納することが出来、キーグローブを通して呼び出すことも出来る。
まるでこの過酷な世界を生き抜く為だけに存在するようなロボットだ。
武装が固有装備のバルカンしかないものの、隣町のターミネイターは雑魚ばかりだったので格闘とバルカンで簡単に掃射出来た。しかもターミネイターが運良くマテリウム結晶を持っていた。食料も補充出来たので、午前の苦労分は取り返せただろう。
食料、七日。念のためサバイバルを継続。
水、前日に同じ。
ハンドガン残弾一二発。
Cランクキーグローブ。
ガイスト『ハウンド-CC』。
明日は周囲を偵察して回る。
七月十三日
別に、よくあることだ。
生存者同士の戦いなんて、今までもあった。
なのに、何度やっても心は抉られる。
こんな状況になって、こんな世界になって、何故殺し合いなんてしなきゃならないんだろう。この反吐のような感情を吐き出せず、俺はこの世界をネズミのように這いずり回るしかないのだろうか。
俺はいつまでこんな惨めな思いを続けなければならないのだろう。
ネガティブな言葉ばかりが脳裏をぐるぐる過る。
睡眠導入剤が欲しい。
食料、全損。
水、前日に同じ。
ハンドガン残弾十二発。
グローブ、前日に同じ。
『ハウンド-CC』喪失。
明日からどうしよう。
主人公は名前出ません。
読者の心の中で勝手につけていいですよ。
だいたい日記パートとちゃんと書くパートの二つを交互に入れる感じで行きます。