表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

面接

 召使いの候補は全部で五人。ボク以外の候補は勿論、総て女だ。ボクの眼識に間違いがなければ。


 他の四人が総て金髪というのも気に懸かるけど、ボクが控え室に現れた途端、周囲に緊張感が走ったのは何故だろうね。みんなの視線に敵意のようなものを感じるんだ。


 審査は、ひとりずつ面接をして行われる。侯爵家の執事が、独断と偏見で選ぶらしい。つまり執事に気に入られることが肝要だ。


 順番はボクが最後。どうやら屋敷に来た順番が面接の順番になっているようだ。


 ようやく順番が回ってきた頃には、ボクは待ちくたびれて、今にも寝てしまいそうになっていた。


 四人目が執務室から戻ってくるのを見て、ボクは立ち上がった。擦れ違うようにして、今度はボクが部屋を出ていく。


 廊下を挟んで向かい側が執務室だ。部屋の前では若い男が立っていて、無言で扉を開いてくれた。


 ボクが部屋に入ると、後ろで扉が閉められる。鍵こそ掛けられていないけど、まるで閉じ込められたような感覚だ。


 机に向かって座っている人物が、恐らく執事のグィド・ジルラー。伯爵から切れ者だという話は聞いていたけど、ボクの想像より少し若くて、三十代前半くらいだ。


 切れ長の目に薄い唇。鼻が高くて顎の線も鋭角的。とても優しそうな人間には見えないね!


 感情を押し殺した冷ややかな視線が、ボクの首に絡む。


 品定めでもされているような気分だ。


 鋭すぎる視線は凶器。見つめられると、その部分が穴を穿たれたように痛む。


 胸……腰……太股の辺りを通って、足許へ抜ける。


 彼の眼力は恐ろしい。裸で立たされているような気分になる。有り得ないことなのに、看破されるのではないかと危惧してしまう。


 こうして立っていることは、拷問にも等しい。他人の視線に晒されることが、これほど苦痛になるとは。


 この男だけは怖い。ボクの勘が危険を告げている。


 もし侯爵が同じ種類の人間だったら、任務は失敗するかも知れない。ふたりきりになったら怯えてしまうだろうから。


「当家で働きたいと考えるからには、それなりの覚悟があって参ったのだろうな?」


 初めて彼が口を開いた。意外にも柔らかい声質だ。


「はい」


 流れで思わず肯定しちゃったけど、間違いだったか? 物言わぬ瞳が、ボクに肯定させたんだ。抗うことも許さず。


「では服を脱ぎたまえ」


 やられた! そんな手口で反応を見るなんて、やり方が汚い。


 選択肢は三つだけど、ボクの場合「従順に従う」ことは出来ない。だって、着物を脱ぐのは不味いでしょう、やっぱり。男だって分かっちゃうし。それに、帯に隠した懐剣が見つかるのも好ましくない。


 そうなると、残りは「強気に断る」か、それとも「弱気に許しを請う」か。


 出来ることなら従順で淑やかな人間を演じたかった。でも仕方ない。


「お断りいたします。私は娼婦ではございませぬ(ゆえ)――」


 迷って立ち尽くしていても印象は悪くなるだけだから、ボクは思い切って強気に出た。この判断が正しかったかどうかは、現時点では分からないけど。


「それを確かめるのは私だ」


 ジルラーは顔色を全く変えない。つまり、ボクの反応も予想の範疇だったという意味(こと)


 強気に出れば少しは驚いてくれると思ったのに。


「では申し上げますが、私は(たこ)うございます」


如何程(いかほど)だ?」


 それを訊くの? 高すぎて腰を抜かしても知らないよ?


「城ひとつ」


 落ちぶれても、ボクは尭矛(ギョーム)の王子だ。誇りを売り渡す値段として「城ひとつ」なら、むしろ安いくらいでしょう?


 さすがにジルラーも驚いた顔をしている。つまり、それは相手の予想を超えた証拠だ。


 もしかして、勝った?


 ふと見ると、ジルラーが笑っている。愉悦を抑えられない様子で、小さく喉を鳴らして。


 それまでの冷ややかな態度からは想像できない姿だ。


 感じわるーい。何処まで人を馬鹿にすれば気が済むわけ?


「誰の入れ知恵かは知らんが、面白い」


「お買い求め、いただけますか?」


「いや、私には無理だな。閣下に買っていただこう」


 閣下とは、デュミール将軍閣下のことを言う。即ち、侯爵家で働くことが許されたわけだ!


 拍子抜けというか、あっさりというか、最後は意外と簡単に決まってしまった。こうなると、それまでの四人が気の毒にも思えてくる。でも、そんなことは言ってられない。ボクにとっては、デュミール侯爵の首に近付く、大事な一歩なんだから!




 どういう基準で選考したんだか、全く以て理解不能な面接が終わると、ジルラーはボクに「付いてこい」と言った。立つと、やっぱり威圧的だ。怖いから、こっち見ないで。行くから、そっち向いて!


 その目が語ってるんだよね。おまえは目を離すと迷子になりそうだ、って。


 それにしても、屋敷の広さが半端じゃない。従って部屋数も半端じゃない。


 通路も複雑に入り組んでいて、さながら迷路のよう。建築した人間の趣味が窺えるね。


 まずは屋敷の構造を覚えないと、ほんとに迷子になってしまう。


 執事のジルラーが連れてきてくれたのは、召使い(ボク)の寝室まで。用が済むと彼は「当家のことは同室の者に教えてもらうといい」と言い残し、さっさと何処かへ行ってしまった。


 なんて薄情な奴――と愚痴ったところで仕方ないから、ボクは「同室」の顔を拝むことにした。


 扉を叩いて、中の反応を待つ。ちなみに侯爵家(ここ)では、「極めて丁寧な女言葉」を使わなければならないから、気が張るなあ。


 程なくして、中からひとりの少女が顔を出した。年はボクと同じくらい。茶色の髪で、瞳も同系統の色。全体的に地味な印象を受けるけど、上品そうで好感は持てる。顔立ちも整っているし。さすが侯爵家、と言ったところかな。


「話はジルラー様から伺っています」


 そう言いながら、何故か彼女はボクに対して戸惑いの色を覗かせている。ボクを見つめる目が普通じゃないんだよね。


 そんなに尭矛の人間が珍しいのかな?


「何か?」


「あ、ごめんなさい。あまりに綺麗だから見惚れてしまったの」


 本気なのか、冗談なのか、普通は面と向かっては言わないよね。でも、不快な視線ではないし、少なくとも彼女が好意的であることは分かった。


 さほど広くもない部屋にベッドがふたつ。他の家具は共用で、私物を隠しておけるような場所はない。小柄(こづか)を持ってこなかったのは正解だ。懐剣だけなら言い訳も出来るし。


 暁矛の習慣だとか、母の形見だとか、その気になれば言い逃れる(すべ)はいくらでもある。実際、お母様が愛用していたわけだし。問題なのは、むしろ彩王(サイオウ)家の紋章が入ってることだったりする。尤も、他国(よそ)の人間は彩王家の紋章なんて知らないとは思うけどね。


 六芒星に燕子花(カキツバタ)――それが彩王家の紋章だ。


「箪笥は上を使って。前の人が使っていた物も残っているけど、あなたなら服も着られると思うし」


「前の人って?」


「実家から結婚の話が来て、少し前に辞めていった人なの。本当は私が着たかったんだけど、腰が窮屈で」


 見たところ決して彼女も太くはないけど、可愛らしい丸顔から察するに、ボクほどにはやせ形ではないのかも知れない。でも、一般的には好まれる体型だ。


「私に似合うかしら?」


「あなたなら、どんな服を着ても似合うと思うわ。試しに今から袖を通してみる?」


 人前で着替えるのはちょっと不味い。お風呂も気を付けなきゃならないし、色々と大変そうだ。


「そうね。でも、まだ邸のことを何も知らないし、先に邸内を案内していただけると助かるのだけど……」


「ええ、いいわ。侯爵様がお帰りになる前に一回りしてしまいましょう」


 斯くしてボクは、同室の少女に引き連れられて屋敷の中を見て回ることになった。


 彼女の名前はクラーニア。ボクよりひとつ年下の十六歳だそうだ。


 召使い(ボクたち)の部屋が一階の東側にあるのに対して、侯爵の寝室は四階の西側だ。覚悟はしていたけど、ちょっと遠い。と言うより、いちばん遠い。これじゃ忍んでいっても誰かに見付かっちゃうじゃない!


 夫人の部屋は四階の東側にある。つまり、この邸で最初に朝日を見るのが夫人なんだ。これを贅沢と呼ぶのか、そうでないのか、ボクには分からないね。


 屋敷の中を歩き回っていれば当然のように色んな人と出くわすことになる。面白いことに、最初は誰もボクのことを召使いだとは思わないんだ。で、何と間違えるかと言えば、これが笑っちゃうんだけど、「姫」だ。


 その度にボクは吹き出すのを我慢して、「私は新参の召使いでございます」って説明しなくちゃならない。


 やっぱり隠していても育ちの良さが滲み出ちゃうんだよね。もっと目立たない格好で来れば良かったかも。


 そんな感じで邸内を歩き回っていたら、侯爵が帰ってきたという知らせが飛び込んできた。ようやく顔を拝める、というわけで、ボクは喜び勇んで侯爵を出迎えることにした。他の召使いと一緒に。


 毎回ちゃんと出迎えれば印象も良くなるだろうし、早く顔も覚えてもらいたい。


 侯爵に気に入られなければ近付くことも難しいし、暗殺なんて不可能だ。正面から渡り合ったら、ボクなんか一撃で倒されちゃうだろうから。


 何しろ、相手はリュノック屈指の勇将と謳われるラン=シー・デュミール――烈火の将軍だ。きっと怖い顔の人物に違いない。


 そんな想像とは裏腹に、ボクから見た侯爵は普通の青年だった。二十七歳という若さで火将軍の地位に立っているのだから、かなりの遣り手なんだろうけど、少なくとも怖い感じはしなかった。


 ほっそりとした長身に加えて、端整な顔立ち。赤っぽい黒髪も魅力的だ。


 幼い頃から見慣れている所為か、金髪よりも黒っぽい髪の方が馴染みやすい。


 俄然やる気が湧いてきた。やっぱり相手が美形だと気分的にも違うよね。


 絶対、ラン=シー・デュミールを落としてみせる!


「お帰りなさいませ」


 意気揚々。クラーニアと声を揃えて挨拶。


 でも侯爵は、ボクの方を一瞥しただけで、殆ど無視。ずっと無表情を突き通している。まるで眼中にない感じだ。


 最初はこんなもんなのかなー? それともボクに魅力がないのかな?


「アルウィリア」


 侯爵が話し掛けたのは他の召使いだった。ボクより三つくらいは年上の、大人っぽい女性だ。


「はい」


「ジルラーに、部屋まで来るようにと伝えてくれ」


「畏まりました」


 アルウィリアが背を向けたのを見届けてから、侯爵も去っていく。結局、侯爵がボクの方を見たのは一度だけだった。


 それが最初の出会い。思ったよりも任務は難航しそうな気配だ。ボクは溜息をひとつ。


 伯爵ぅ。こんな相手をどうやって落とすわけ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ