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尋問

 何もない小さな部屋。明かり窓には鉄格子。頑丈そうな扉には、中を覗くための小窓。廊下に見張りが立っていれば、いつでも覗かれることになる。その『仕置き部屋』にボクは閉じ込められていた。


 理由は、デュミール侯爵の暗殺に失敗したから。


 でも、これで良かったんだと思う。ラン=シー様を殺すなんて、やっぱりボクには無理だ。あのときラン=シー様を殺していたら、たぶん泣き崩れて、逃げるどころではなかったようにも思う。どっちにしても囚われの身だ。でも、後悔はしていない。むしろ、安堵感を覚えていた。


 なんで、こうなっちゃったのかなー? 途中までは思惑どおりに進んでいると思ったのに。


 ラン=シー様なんて、ちょっと顔がいいだけで、性格(なかみ)は最悪。夫人を大切にしないラン=シー様に、ボクは腹を立てていたくらいだ。それ以上に、お金が、ボクには必要だった。ユヒラお姉様を身請けするための、お金が。どれくらい積めば、ディヴェラージェ伯が首を縦に振るか分からないけど、他に方法は思い付かないから。


 だから、任務に私情は挟まないつもりだった。たとえラン=シー様を好きになったとしても、最後には感情を切り離せると思っていた。それが、出来なかった。


 総てはボクの弱さが招いたことだ。多くを望みすぎて、結局、何も得られなかった。


 ユヒラお姉様と一緒に暮らしたい。


 ラン=シー様に可愛がられたい。


 夫人とも仲良くしたい。


 どれも、叶わなかった。


 そして今、ボクの命運をひとりの男が握っている。執事のグィド・ジルラー。都では使われていない変な名前だから、ちょっと言いにくくて、殆ど上の名前で呼ばれることがない。本名は、グィドリアノ・ルドニェラ・ジルラー。確かに言いにくいし、覚えにくい。こう、舌に絡む感じで、ねっとりしているというか。考えると、笑っちゃうけど。


 でも今は、笑ってる場合じゃない! そのジルラーが怖い顔で立ってるんだもん。不機嫌そうなのは朝が早い所為ばかりじゃないと思う。ボクが、やらかしたからだ。


「正直に申せ。閣下のお命を狙った理由は何だ?」


 あんまり上から睨まないでくれる? ただでさえ怖いんだから。


 ボクは、寝心地がいいとは言えなかったベッドの上で、膝を抱えていた。


「言ったら怒る?」


「今でも充分怒っている」


 怒ったら怖さ倍増だ。やめてよね、睨むの。


「じゃあ言わない」


「じゃあ?」


「ジルラー様、怖い」


「当たり前だ。私は敵に優しくするほど甘くはない」


 やっぱり本気で怒ってる。睨むし、怒鳴るし。うるるるるる……。


 そうしてボクが泣きそうになってると、ジルラーの奴、更に怖い顔をするんだもん。


「今度は何を企んでいる?」


「もう帰りたい。ラン=シー様には嫌われちゃったし、ジルラー様は怖いし」


 ダメ。我慢できなかった。ラン=シー様の名前を出したら、涙がこぼれちゃった。


 きっともう、口も利いてもらえないよね。そう思うと無性に悲しくて。


 悔しいな。ジルラーの前では泣いてばかりだ。


 本当はボク、桜華流小太刀の正統剣士なのに。本当は凄く強いのに。


「本当は奥様にも嫌われたくなかったのに。ブランドン、可愛いのに」


 変なこと口走るし。涙は止まらないし。ああ、もう、見ないで。


「其方、誰かに強要されたのか? 閣下を殺せと」


 ほんの少し、ジルラーの口調が柔らかくなった。気のせい……じゃないよね?


 ボクは黙って首を横に振った。


 改めて実感。ジルラーにも優しくされたい。


 怖いジルラーは嫌いだけど、優しいジルラーは嫌いじゃない。


「其方が総てを話すまでは、私もここを動かん」


 じゃあ、ジルラーは一生そこで立ってるつもりなんだ。だってボク、依頼主のことだけは絶対に話さないから。こう見えて、口は堅いんだ。


 ボクは、膝に顔を埋めた。絶対に話さない、という姿勢だ。


 途中からジルラーが怖くなくなったから、ボクも平静を取り戻すことが出来た。大丈夫。もう泣いたりはしないから。




 朝食は、召使いとして働いていたときと同じ物が出された。朝食後には、手拭いやら水桶までが用意されて、普段どおりに身体を清めることが出来た。誰の配慮かは知らないけど、囚われの身とは思えない優遇だ。ずっと見張られていて、ちょっと落ち着かないという以外は、特に不自由もなかった。


 扉から背を向ける格好で、身体を拭いていると、見張り役の青年が不躾に話し掛けてきた。


「綺麗な背中だな」


 二十歳そこそこの、これと言って特徴のない青年だ。珍しくもない栗色の髪に、薄暗い場所では黒くも見える褐色の瞳。顔立ちに華があるわけでもない。と言って、不細工というわけでもない。要するに、印象に残らない風貌だ。


「あまり見ないでくださる?」


 もう演技する必要はないけど、よく分からない相手だし、そこはかとなく気品を漂わせてみよう。待遇が良くなるかも知れないし。


「そうもいかない。それが俺の仕事だから」


 ああ、そうですか。


「こうして水桶を持ってきてくださるのは、どなたの御厚意なのかしら?」


「俺」


「どうして――」


「そりゃあキミの裸を見られるから」


 馬鹿なの、この人?


 ボクが言葉に詰まっていると、「嘘に決まってるだろう」と来た。


「ジルラー様の指示さ。この屋敷のことは総てジルラー様が取り仕切ってるんだから、他に誰がいるって言うんだい? それよりさ、キミも馬鹿なことをしたね。旦那様の寵愛を受けて、それで満足してりゃあいいのに」


「私が何をしたか御存じなの?」


 あのとき、異変を察知した従僕が部屋に飛び込んできて、ちょっとした騒動にはなったけど、殆どの使用人たちは何が起こったかは知らないはずだ。ジルラーの機転で、速やかに仕置き部屋に放り込まれてしまったのだから。


 しっかり口止めされているらしく、ボクを見舞ってくれたクラーニアですら、事態を全く把握していなかった。むしろ、ボクに同情してくれたほどだ。


「キミには最初から目を付けていたんだ」


「私が可愛いから?」


 冗談だってば。


「それもあるけど、キミさ、手際が良すぎたんだよね。いきなり奥様に取り入ったと思ったら、もう旦那様に可愛がられてる。まあ、暁矛(ギョーム)の出身だって聞くし、それだけの容姿なんだから納得も出来るけど、ただの召使いにしては有能すぎるっていうか、完璧すぎる。だから、キミの動きに関しては探りを入れていたんだ。そうしたら、あの騒動だろ? 現場を見なくても分かったね。キミ、旦那様の首を狙っただろう? 別に責めてるんじゃない。俺はデュミール家には義理のない人間だから」


 驚いた。彼の分析は実に正確だ。しかも、ボクは彼の存在にすら気付いていなかったのに。いや、地味すぎて記憶に残らなかったんだ。この屋敷には他にも多くの人間が働いているから。


「見てきたようなことを仰有るのね」


「隠さなくてもいいよ。俺はキミの敵じゃない。もしキミが望むなら、ここから逃がしてやってもいい。だって、このままじゃ不味いだろう。まともなカラダで仕置き部屋を出られると思うかい?」


 思わない。


「あなたは、どうして私に肩入れしてくださるの? もし、あなたの言うとおり、私が旦那様の首を狙ったとして、そんな得体の知れない私を、どうして助けてくださるの? あなたの目的は何?」


 ちょっと怪しいし、信用は出来ないけど、相手の話に乗ってみる価値はあるのかも。


「得体なら知れてるさ。キミは旦那様の首を狙った刺客で、今は途方に暮れている、可愛い女の子だ。そして、俺の力を必要としている。それだけで充分だろう? 俺さ、この屋敷を出たら商いでも始めようかと思うんだけど、キミに売り子さんになってもらいたいんだよね。キミみたいな器量好しが働く店なら、きっと大繁盛だ。言葉遣いは丁寧だし、立ち居振る舞いにも気品があるし」


 やっぱり何者か分からない。大物なのか、ただの夢見がちな脳天気お気楽ぼんぼんなのか。それともボクを罠に嵌めようとしているのか。


 でも、この条件は呑めないな。もし、ここから出られるなら、居酒屋サリクラーラで働きたいし。


「残念。ボク、女の子じゃなかったりするんだよねえ」


「あ、別に構わない。商売には差し支えないから」


 即答? 即答?


 こいつ、意外と大物だ。


「ボクは差し支えるの!」


 じろじろ見られているのも嫌だから、ボクは手早く身体を拭き、服を着直した。伯爵以外の人に見られていると、どうも落ち着かなくて。


 水桶と手拭いを手渡し、にっこりと微笑む。その意味は、「拒否」だ。


「悪い話じゃないと思うけど。キミを助け出した上に、食いっぱぐれたキミを雇ってやろうって言うんだ」


「でも、ボクを束縛するでしょう?」


「しないよ。側にいて貰いたいとは思うけど、キミの意思に任せる。商売が軌道に乗るまで店を手伝ってくれたら、それでいい」


「本当に、それだけが望みなの?」


「それ以上の望みが、この世界に存在すると思うのかい? キミという宝珠を手にするためなら、俺のような愚か者は崖の上からでも飛び降りる――」


 そういう、歯の浮くような台詞は似合わないって。軽く受け流そうとして、違う、と思った。真摯で、揺るぎのない眼差しだ。もしかして、本気で言ってる? ボクなんかを「宝珠」と言ってくれるの?


 気が付くと、彼の顔が間近に迫っていた。彼が、どうしようとしているのかは、容易に想像できた。でもボクは、逃げなかった。拒絶の気持ちは浮かばなかったから。ボクが少しでも嫌がる素振りを見せたら、たぶん彼は何もしなかったと思う。なんとなく、そう思えた。


 優しい口付けだった。それを、いったんは受け入れてから、そっと拒絶する。


「ごめんなさい、あなたはラン=シー様ではないから」


「旦那様のこと、本気で好きなのか?」


 彼が、まじまじとボクを見つめる。驚きを隠せない様子だ。


 ボクは、微かな笑みで答えた。


 ラン=シー様のこと? 好きに決まってる! 考えると泣けてくるから、あんまり考えないようにしてるけど。


「なら、どうして?」


「仕事だから。報酬が破格だから。お姉様を取り戻したいから。分かった?」


 それと、伯爵の期待を裏切りたくなかったから。


「分かるわけがない。本当に理解しがたいな、キミは。それが魅力でもあるんだが」


「だから、あなたと一緒には行けません」


「キミは馬鹿だ。俺のことなんか途中で裏切ってしまえばいいんだ。好きな人を裏切ることは出来て、どうして割り切ることが出来ないんだ?」


「あなたは優しい人だね。こんなボクを本気で心配してくれて。でも、あなたを巻き込むわけにはいかないから。もう行って。こんな場所でも、いつ人が来るか分からないし」


「もし気が変わったら、言ってくれ。キミのためなら、少しくらいの危ない橋も渡ってやれる。いや、ぜひとも渡りたい気分だ」


 最後は冗談っぽく笑った彼を、ボクは部屋から追い出した。

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