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視線

 ほら、やっぱりボクの帰りを待っててくれた。待ち侘びた、なんて顔は絶対に見せてくれないけど。


「お帰り、ミコト。お使い御苦労だったね」


 いつもの椅子に深々と腰掛けたまま、彼は優しい笑顔でボクを迎えてくれた。ここはボクの家だけど、その椅子は彼しか座らない。彼のための椅子なんだ。


「ただいま、伯爵」


 変な呼び方だと思うでしょ。でもこれは、いわゆる渾名ってヤツなんだ。実際どういう地位かは知らないし、本名も教えてくれないから、そう呼ぶことにした。雰囲気が伯爵って感じがしたからね。別に深い意味はない。


「首尾は?」


「完璧!」


「では約束のお駄賃を上げよう。これでお菓子でも買いなさい」


 伯爵は「お駄賃」なんて言うけれど、実はこれが報酬の後金だったりする。つまり伯爵は仕事の依頼主なんだ。でも伯爵は万事この調子で、いつもボクを子供扱いだ。


 そんなに頼りなく見えるのかなー?


 でも仕方ないか。ボク、力持ちじゃないし。背も、そんなに高くないし。同じ十七歳と比べると、やっぱり見劣りがするかも。特に、異民族の人たちと比べるとね。


 ちなみにボクは、伯爵に雇われている暗殺者で、名を彩王(サイオウ)ミコト。名前からも分かるとおり、誇り高き尭矛(ギョーム)の民だ。しかも、王位継承権第二位の、れっきとした王子様だったんだ! もう昔の話だけど。


 尤も、尭矛はリュノック連合王国の中では最小の国だから、王の格付けは、大国の地方領主とそんなに変わらない。ただ、他とは少し違う文化を誇っていて、西方の遠国(おんごく)なんかでは『伝説の都』なんて呼び方をされているらしい。ま、伝説になってしまうほど、ミヤビな国だったんだ。


「ミコト、今日も可愛いね」


 会えば必ず、伯爵はボクのことを可愛いって言ってくれる。それを素直に喜ぶべきか、判断が難しいところだけど、褒められればボクだって嬉しい。


 王宮に住んでいた頃は、みんなお世辞や社交辞令ばかりだったからね。はっきり言うと、つまんなかった。


 でも、内乱が起こって陛下(ちちうえ)が殺されてしまわなければ、今も大勢の人たちに(かしず)かれて、気儘で優雅な生活を送っているはずだったんだ。


 尭矛は外敵から身を守る術すら持たない弱小国だったけど、大陸王、即ち連合王国を統べるリュノック王との条約で、ちゃんと守られていたから、とても平和な国だったんだ。それなのに内乱だなんて、今でも信じられないよ。当時も色々な噂が飛び交ったけど、真実は誰も知らない。


 まだ元服していなかったボクは、母上の手で国外へ逃されたのだけど、その母上も病に倒れて、ついに遠いところへと逝ってしまった。きっと、長旅に耐えられるような身体ではなかったんだね。至れり尽くせりの王宮で、何年も過ごしていたら、そりゃあ体力もなくなるってもんでしょう。ボクは剣の稽古もしていたし、母上よりは体力があったと思うけど、それでも旅はきつかったから。


 そうして母上と死に別れ、ひとりぼっちになったボクは、途方に暮れる日々を過ごしていた。身に着けていた宝石類を二束三文で売り払い、どうにか作ったお金も、あっさりと使い果たし、いよいよ宿から追い出されそうになったとき、優しい声を掛けてくれた人がいた。と言っても、それは伯爵じゃないよ。彼の登場は、もう少し先の話だ。


 宿代を支払ってくれるばかりか、ボクにでも出来るような簡単な仕事を世話してくれるなんて、なんて親切な人なの! と思ったね、ボクは。


 でも騙されていたんだ。確かに宿代は支払ってくれたけど、ボクにでも出来る簡単な仕事というのは、花街で見世物として檻に入ることだったんだ。勿論、そんなことボクが承知するはずがない。だけど逆らうには手遅れだった。つい署名してしまった、小難しい契約書を楯に取られ、ボクは彼らの所有物となってしまったんだ。


 しかも逆らえば鞭が飛んでくるし、態度が悪いと食事も抜かれてしまう。いったん檻に放り込まれたら、ボクの意思では出られないし、いつも側には怖そうな人がいて、とても逃げ出せるような状況ではなかった。


 芸も出来ない子供を檻に閉じこめて、いったい何が楽しいの、って思うでしょ。これが実は楽しいらしい。尭矛の民というだけで闇の業者は大喜びだとか。


 尭矛は別名『妖精の都』と言われるくらい、美男美女が多い国なのだそうだ。しかも王家の洗練された血脈の所為で、特にボクの場合は肌が透き通るように白くて、そこの『白鷺館(しらさぎかん)』の女将(おかみ)にも「妖精のようだ」って言われちゃって大評判。いや別に、喜んでるわけじゃなく。


 恥ずかしいほど露出の多い、変な衣装を着せられて、行き交う人の視線に晒されていなければならなかったんだ。無理に微笑まなくても、助けを求めるような表情が、逆に男心をくすぐるんだって。


 あのねえ、ボクは本当に助けを求めていたの!


 でも変なこと喋ると鞭で打たれるから、ずっと我慢していたのに。


 中には変な男もいて、檻の中のボクに触ろうとしたりとか、髪を引っ張ったりとか、色んな目に遭わされたね。酔っ払いにお酒を浴びせられたときは、ほんと泣きそうになったもん。


 そんな我慢の日々も、伯爵との出逢いによって、ようやく終わりを告げることとなった。


「おまえ、芸は出来るか?」


 夕陽を背にして佇む伯爵を見たとき、ボクは「この人だ」って思った。だって、いつも願っていたから。素敵な騎士が現れて、「殿下、お迎えに上がりました」って言ってくれるのを待っていたから。


 伯爵の風貌は、ボクが思う素敵な騎士そのものだった。


 すらりと背が高くて、歩けば優雅、止まれば典雅で、たとえ泥の中に立っていても光を失わないような人。例えば亡くなった兄上のような人こそ、ボクの理想の騎士と言えた。


 人が聞いたら笑い出しそうな理想を、伯爵は総て兼ね備えていたんだ。頭もいいし、顔もいい。おまけに金持ちなんだから、完璧だよね!


「芸は出来ないけど、小太刀なら少し」


「剣術か、そいつはいい。私に、見せてくれるか?」


 売り込みは大成功。すかさず「うん」と答え、ボクは檻を出た。


 伯爵はボクを身請けしてくれたばかりか、人並みの家までも買い与えてくれた。てっきり下心もあると思ったのに、そんな素振りも見せなかった。彼はボクに、自由という空を与えてくれたんだ。


「いつか、ミコトの力が必要になる日が訪れるだろう。そのときには私に力添えをして欲しい」


 それからのボクは、剣術の鍛練に励み、(きた)る日のために様々なことを学んだ。伯爵の期待に添えるように。


 伯爵が欲しがっていたのは、王宮や貴族の邸にさえ誰にも怪しまれることなく潜り込めるような、特殊な人材だった。


 実際、王宮での諜報活動ならボクほど向いている人間はいないと思う。今でこそ庶民の生活にも慣れてきたけど、王宮で育ったボクには優雅な物腰という武器がある。そして何より、ボクには幼少から叩き込まれた武芸の技――桜華流(おうかりゅう)小太刀がある!


「伯爵。いつまで見てるのー?」


 ボクが着替えていると、伯爵の視線を感じるんだ。


 優雅に足なんか組んじゃって、物憂げにボクの背中を眺めているという感じ。青みがかった灰色の瞳は如何にも気怠げで、いつも何かを待っているような、神秘的な雰囲気を漂わせている。淡い色彩の髪も魅力的。尭矛にはない色だからね。


「ミコトは首筋が綺麗だから、髪は結わいておかないと、よく見えないよ」


「首筋だけ?」


 人のハダカ見といて、ふつう首筋だけ褒めるかなー?


「勿論、足の裏も綺麗だけど、なかなか見られなくて」


「あっそ」


 要するに見えないところが好きなのね。


 つくづく思うけど、伯爵って変な人。もう長い付き合いになるけど、未だに考えてることが分からない。ボクのこと、さんざん可愛いとか言っておきながら、そのくせ冷めた瞳でボクを見る。仕事の依頼で家に来ても、用件だけ済ませると帰っちゃうし。たまには泊まっていくとか、ふたりで何処かに遊びに行くとか、そういうお駄賃があってもいいと思わない?


 でも、いいんだ。ちゃんと仕事をしていれば、伯爵は優しくしてくれるし、報酬は破格だし。


 標的は貴族や騎士ばかりで危険も大きいけど、それ以上に見返りも大きいから、ボクは今の仕事を続けてる。


 いつの日か尭矛を再興できたら。そんな儚い夢を見て。


 現実的には、お金を貯めて爵位を買うというのが当面の目標だ。いわゆる成金男爵ね、言葉は悪いけど。


 待っていてください、お姉様。いつか必ず、ミコトがお迎えに上がります!

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