再戦
「はぁ……はぁ……!」
唇を噛み、目の前にいるミノタウロスの変異種をにらみつける。茂みの中から現れた他のミノタウロスとは違う変異種は、普通のミノタウロスは全身が赤みを帯びているのに対し、ドス黒い体をしており、角も他の種類とは比べものにならないくらい大きく、手に持っているのは斧ではなく鉈のような武器だ。
もう片方の手に握っているのは、一緒にラダムトール城へと向かっていたはずの冒険者の死体だろう。既にこと切れており、変異種の口からは食した後の血が付着している。
「何人の人が……何人の人が犠牲になったと思っているんだぁ!!!」
ミノタウロスからとった斧を強く握り直し、変異種に向かって駆ける。
「はああああああああああああああああ!!」
斧を振りあげ、力のままに振り下ろす。……が、変異種はにたりと口角を上げ、手に持っていた人間の亡骸を無造作に投げ捨てると斧を片手で止める。そして、鉈をひろに向かって斬りつける。
「っぶね!」
避けなければ真っ二つに斬り殺されてしまうと判断したひろは瞬時に斧から手を放し、深く体を落として横に薙ぐ攻撃を回避する。
「武器がなくなっちまった……」
しかし、武器を探している時間と余裕、隙はない。変異種からは決して目をそらさずに相手の出方を窺う。
「ぶるろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
変異種が咆え、ひろから奪った斧と鉈で止む事のない乱舞を繰り出す。あたりの木々は紙切れのようにスッパリと切れ、ひろはそれを後退しつつ回避していく。
幸いな事は、素早さ自体は他のミノタウロスとは変わらないという点であった。そのおかげで回避する事は容易であった。
……しかし、そんな余裕を見せたその時であった。
「ッ!?」
地面に隆起していた木の根に足を取られ、尻餅をついてしまった。これを待っていたと言わんばかりに変異種が歩み寄り、武器を振り上げる。
―――終わった……
思わずぎゅっと目をつむってしまった時である。
「私は道中の魔物襲撃に関しては一切手を出さないと初めに言ったが、これまた随分の人数が殺されてしまったようだな。残ったのはお前一人とはなんて情けない。これではクエストに向かうよりも前に終わりではないか。
変異種のミノタウロスか。ミノタウロスが何故こんな森に居たのかは謎だが、この程度の魔物も片付けられないとは冒険者の質も下がったものだな
おい、立てるか?立てるならば下がっていろ。こいつは私が相手をしよう」
「……いや、僕がやります。やらせてください。こいつは二人を―――」
ふらふらと立ち上がり、騎士よりも前に、変異種の近くに歩いていく。
「ふざけているのか!!たかだか数体のミノタウロスを倒した位で調子に乗るな!死にたいのか!?力の差を考えろ!怒りで何とかなる敵ではない事すらもわからないのか?仲間が殺された悔しさはわからんでもないが、かと言ってホイホイ命を捨てられるのであればなぜお前は冒険者になったんだ!!」
「……大切な人を守るため。僕は大切な人達を守る盾になりたい!そのためならばこの命くらい安いものだ!!」
後ろを一切振り返らずに叫んだ。しばらくの沈黙の後、小さく舌打ちをした騎士はひろの肩を掴み、後方へ投げ飛ばした。
「ならば見ておけ。お前の言う大切な人はもうここにはいない。その程度の決意で強くなれるほどこの世界は甘くはない。お前だってその身を持って痛感しているだろう
来いよ、親玉が。お前のおかげでクエストはパァだ。お前の命で責任をとってもらおうか」
変異種が咆え、騎士に向かって走る。振り上げた鉈で騎士の脳天に向け振り下ろす。それを騎士は盾で防ぎ、片手剣で腕を斬り落とす。
そして、鎧を身に纏っているとは思えない素早さで変異種の懐にもぐりこむと、剣で斬り上げ、変異種を真っ二つにした。
「す、すげぇ……レベルが違いすぎる……!」
あっという間に戦闘が終わってしまった事に驚きを隠せなかった。騎士は変異種の死を確認すると、ひろの方へと歩いてきた。
「私はこのままラダムトール城へと向かう。受注したクエストはキャンセルだ。お前はラムシールに戻れ。そしてもっと強くなれ。お前の決意が揺らがないようにな」
そう言うと鎧を鳴らしながら森の先へと進んで行ってしまった。一人残されたひろは変異種が持っていた鉈を手に取る。すると、ゲームのように武器名が浮かび上がった。
「『闘牛の大鉈』……か」
ズシリと重いそれを握り、ラムシールの帰路を歩いて行った。
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ひろが真っ先に向かった先は訓練場であった。やはりそこには訓練士が居た。来て早々にその訓練士にひろは話しかけた。
「僕はもっと強くなりたい。訓練の続きをさせてください」
「いい顔つきになったな、いいだろう。ついてこい」
訓練の舞台であるフィールドへと移動すると、早速訓練士は、魔術師を召喚した。
「ミノタウロスよりも素早いけど、今の俺なら……勝てるっ!」
変異種からもらってきた大鉈を両手で握りしめて走る。ひろが繰り出す斬撃をひらり、ひらりとかわしていくが、魔術師を壁際まで追いやることに成功し、ひろはとどめの一撃を浴びせた。
斬撃を食らった魔術師は真っ二つになり、そのまま消滅していった。
「すごいな、一体何があった?お前がクエストに向かってまだ半日も経っていなかったどころか、その様子だとクエストにすら行けなかった、道中で断念した要因があったはずだ。
それなのに、昨日とは動きが比べものにならない。一体どうしたんだ?」
「ラダムトール城に向かう途中、ミノタウロスの群れと遭遇して戦いました。ここで戦ってきた魔物とは比べものにならないくらい強かった分、レベルアップしたんだと思います」
そう言うと、あえて見てこなかったステータス画面を立ち上げ、訓練士に見せた。現在のひろのステータスはこう変化していた。
ひろ レベル7 熟練度4
職業 戦士
サブ職 なし
ステータス
HP 115→251
マナ 0
攻撃力 15→42
守備力 13→32
素早さ 5→14
「そこまで大した変化をしたわけではないが、数体のミノタウロスを倒した事によってかなりレベルがあがったようだな」
ステータスを見て、感想を述べた後、ひろにミーティを返却した。
「まだ足りません。僕はもっと強くなりたい。もっと、もっと。大切な人を守ってあげられる位強くなりたいんです。……続きをお願いします」
ニヤリと訓練士は怪しい笑みを浮かべると、とある魔物を召喚した。
「ちょうどよかったな、次の相手はこいつだよ」
召喚された魔物はミノタウロスだった。しかし、森で見たミノタウロスより一回り小さいが、数にして十体。
「お前が得意そうな顔をするのは構わないが、私から見たらまだ駆け出しの冒険者だ。ミノタウロスを倒して、苦手な相手だった魔術師を倒した位でいい気になってもらっては困る。
お前には話してはいなかったが、既にお前では到底追い付いていけない遥か彼方へと足を進めている冒険者もいるという事を忘れるな。センスも大事だが、この世界の努力は必ずやいつかは実を結ぶ。その事を踏まえて、もっと精進するといい。さぁ、ミノタウロス十体だ。やってみろ」
「はい!!」
森で対峙したミノタウロスは身長にして二メートルをゆうに超えていたが、召喚されたミノタウロスは人間よりもちょっと高いくらいの高さ。おそらく素早さが森の連中よりも早い。
『ぶるろおおおおおおおおおおおおおお!!』
一斉に雄叫びを上げ、手に持った斧を掲げてひろへと駆ける。ひろも合図に合わせてミノタウロスに向かって地面を蹴った。