異世界転生?
ピチョン、ピチョンとなにかが物に跳ね返る音が聞こえる。頬に冷たいなにかが降る。覚醒していく意識の中、遠い所から人々の喧騒のようなものが聞こえ始めた。
「ん……ここは……」
まだ意識がはっきりしていないのか、視界がぼやけており、状況がイマイチつかめていない。そんな中、突如背中を突き飛ばされた。
「あぶねえって言ってんだろうが!!」
「え?え?」
何が起こっているのか全く分からないこの状況で突如背中を突き飛ばされ、怒鳴り散らされたため、目を白黒させた。
「ボサっとしてないでお前も逃げろって言ってんだよ!!」
二度目の激怒でようやく意識もハッキリとし始め、周りの状況が把握できるようになった。
まず、ここは暗い場所。目がまだ慣れていないため、どういった構造をしているのかはわからないが、自分以外にもここに人間がいるというのはあきらかであり、自分を助けた声の主は何かに追われているようであった。
「ここは一体……?あの、ここはどこなんですか?」
声のする方に手を伸ばすと何か温かい物に触れたが、次の瞬間それはゴトンと音を立てて地面に落ちた。その瞬間の事である。壁に火が灯り、明かりが部屋内に灯った。
「なんだよ、これ……」
壁中に等間隔で置かれたロウソクのようなもののおかげで構造がはっきりとわかった。今いるところは洞窟の中。そして、さっき触れた者が何か、地面に視線を落とした。
「ひっ……!?」
地面に広がる赤黒い液体。そして真っ二つに引き裂かれた上半身。そして、頭上からした唸り声のようなもので現実に強制的に引き戻された。
「魔物……!?」
長い耳と真っ黒な目をした魔物は細型ではあるが、爪が長く、まるでナイフのような切れ味のそれはパニック状態の人間たちを次々に引き裂いていく。
「おい、逃げろ、逃げろおおおおおおおおおおおおお!!」
「ちょっと!あんたが犠牲になりなさいよ!」
「おい、やめろ、押すな……や、やめ……!」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、大丈夫だから……」
見渡した限り、魔物の数は二、三十に対し、人間の数は数百に及ぶだろう。満足に逃げられるようなスペースすらない。
「誰か、戦えるやつはいないのか!?」
声を荒げても返ってくるのは悲鳴のみ。無理もない。目が覚めたらそこは現実世界ではなくて猟奇的な事が起こっている非現実的な世界なのだから。
「っくそ、とりあえず逃げないと……」
なんとか迫りくる魔物達を振り切りながら出口がわからないこの迷宮の洞窟を走る、走る、走る。ただひたすら走った。襲われている人間を見て見ぬふりをして自分だけが助かることしか頭になかった。
「きゃああああああああああああああああああああ!!」
背後から大絶叫が聞こえ、振り返ると、大地を揺らしながら巨大な魔物が現れた。薄汚れた着古した皮の服を着ており、片手に巨大な棍棒を持っている。
それを一降りすると、なすすべなく人々はそれの餌食となり、壁にたたきつけられる。巨人は人をつかみ、片手で握りつぶしあんぐりと口を開け、骨ごと胃に流し込んでは下品な笑い方をしながらドスドスと逃げまどう人々を殺して回った。
「くそ、なんなんだよ……なんなんだよこれ!!わっけわかんねえよ……」
思わず膝をついてうなだれる。それも当然だ。ちょっと前までは友人や妹のさらと一緒にご飯を食べていたはずだ。そして、突如現れた魔物に全員殺された――――
「そうか、俺、死んだんだ……あは、あははははは!!」
狂気に満ちた笑いをして真顔になり、立ち上がった。
「異世界なら、なんかできるはずだ……ステータス表示!武器よ!火よ!」
現実世界で覚えたRPGの知識を生かし、あれやこれやを試してみたがウンともスンとも言わない。
何も起こらず、唖然とした。肉体的強化が起こっているのでは?と考え、ジャンプしたり、石を拾っては投擲してみたりしたが、なにも変化は見られなかった。
「なんだよ、なんなんだよ……まるっきり無能じゃないか。異世界転生したってのにあっちの世界と何も変わってないじゃないか……」
「おい、ひろ!!」
立ち尽くしていた時、不意に声をかけられた。目の前にいたのは親友である千尋であった。
「ち、千尋!!」
まるで神にでも会ったかのように今会った親友を崇めた。彼なら何かできるかもしれないという一握りの希望を期待して、だ。
「よかった、お前も無事だったんだな。とりあえず逃げながら話そう。他の連中は?」
「いや、俺も会ってないんだ。千尋だけでも無事?でよかった。それで、どうする?この状況」
「俺もこの世界に来てから異世界だとか嬉しくて飛び回ってたが、突然現れた魔物のせいでその気もすっ飛んだわ。異世界に転生したんだからなんか使えるんじゃないかとか思ったけど、向こうの世界にいた時となにも変わらないんだもんな」
横を見て走りながら逃げていたんで、前方に意識を向けておらず、何か硬い物にぶち当たり、尻餅をついた。
魔物かと思い、恐る恐る顔を上げると、真っ白な鎧と兜、そして剣を持った人達が何十人もそこに立っていた。
「……生存者か。全く、召喚失敗とは面倒くさいことをやってくれるものだ。お前ら!これ以上無駄な血を流させるな!行くぞ!!」
『おぉー!!』
剣を引き抜き、天に掲げ、走る。そして魔物達を次々と倒し、消滅させていく。
「す、すげえ……国の騎士みたいな人達なのか?あれは……」
救世主達に二人して見入ってしまい、今度は自分たちに襲い掛かろうとしていた魔物に気が付かなかった。
ギャッと魔物が呻く声で我に返り、攻撃が飛んできた方向を向いた。
「よそ見をしているんじゃない、こんなゴブリンでもれっきとした魔物だ。今のお前らでは殺されかねないぞ。助けが来たからといって気を抜くんじゃない。もう時期あの方がワープさせてくれるはずだ、それまで逃げきれ」
杖を持ったローブの男達が魔物達に火の玉を投げつけ、作りだした氷で攻撃、雷で攻撃をし始めた。
「千尋、逃げよう。あの人達がいればヘイトはあっちに向いているはずだ、俺たちには襲ってこないはずだ!」
「あぁ、そうだな。魔物達はあの人達に任せて俺らは自分たちの命を守ることだけに専念しよう」
今度はお互いに言葉を発さずに周囲に常に意識を向け、魔物からの攻撃に備えた。
「ッ!!千尋、あそこ!!」
ひろは壁の方を指さすと、その先にいたのは怯えているさらと憂姫をかばい、魔物と対峙している空の姿が。魔物はゴブリン三体だ。
「あれ位なら何とかなるかもしれない。千尋、俺は助けに行くけどお前はどうする?」
「愚問だな、行くに決まってんだろうが!!」
ニッとお互い顔を合わせ、笑みを作ると地面に武器になりそうな手のひらサイズの石を手に二人はゴブリンに向かい駆けた。
こちらの存在に気が付いていないのか、ゴブリンが空に気を取られている隙に脳天に石を叩き込んだ。
ゴブリンは頭から血を噴き出しながら絶命し、消滅した。そして、残る一体をなんとか片付けると三人の方を向いた。
「怪我はない?三人とも」
「お兄ちゃんと千尋さん!!」
「二人とも!無事だったのか!!」
「助かったわ、ありがとう」
「よかった……ずっと探してたんだ。立てそう?早く逃げよう」
「ッ……!」
立ち上がろうとしていたさらが顔を歪ませ、再び座り込んだ。押さえている足からは血が流れている。
「手当している暇はないか……とりあえずこれで我慢してくれ、さら。背中に乗れそうか?」
「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」
着ていた制服を脱ぎ、シャツを破り血が出ているところに巻き付けて背中にさらを背負う。
「よし、逃げよう!!」
「さっき助けが来た。その男達が言ってたが、誰かかわからないが時期に別の場所にワープするらしい。とりあえずそれまで逃げ切ってくれだそうだ」
「そうか、それは貴重な情報だ。ありがとな!千尋!そうと決まればお前達、動けそうか?走るぞ!!」
空を中心に顔を見合わせ、お互い頷いた事を合図に再び走り始めた。そして、
「皆さん、大変申し訳ありませんでした。準備に手間取ってしまいました。今転移させます、転移!」
どこからか声が洞窟内に響き渡る。声の主が転移と言ったその瞬間、体が光に包まれた。