夢にまで見た世界
「……ちゃん……ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん起きて!もー、また徹夜でゲームやってたの?ゲーム出しっぱなしだよ?ほーらー起きてよー」
シャーとカーテンが開けられ、まぶしい朝日が徹夜明けの体に、目にダメージを負わせた。
「うるせえなあ……なんだよーさっき寝たばっかなんだよ寝させてくれーーーー」
無理矢理布団をひっぺがされたが、それを奪い返し、抱き枕のような形で布団に抱き着き、壁の方へと寝返りを打つ。
「せっかく起こしにきてあげたのになんなの?その態度!こうなったら意地でも起こして学校に連れて行くんだからね!おーきーーーろーーーー」
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ
「ゆーれーーーるーーーー」
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ
「わーったわーった!起きる!起きるってば!ほらどけって着替えるからさ」
「初めからそうしてよーお兄ちゃん。ご飯準備できてるよ。降りてきてね?」
「さて、寝るか」
「寝たら殺す」
ドアノブに手をかけ、ドスの効いた声でこちらをにらみつける我が妹。
ひぇぇ……妹、怖……でも妹に殺されるなら……んんっ朝からくだらんこと考えてないで起きるか。せっかく可愛い妹に起こされたんだ、仕方ない。
「んんーっ今日もいい天気か。今日は何のゲームやるかなあ。ん?今日はエロゲの発売日か……妹ゲーは出てたかなーっと」
放課後の予定を立てつつ、リビングへ。机には既にホカホカと湯気を立てた朝ご飯が用意されており、律儀に妹のさらもひろが来るのを待っていた。しかし、彼女の分の食事は既に片付けられている所から察するに先にご飯を食べてしまったのであろう。
「おはよ、さら」
「おはよーお兄ちゃん。ご飯出来てるから座って食べちゃって。私準備してくるねー」
おーうと気の抜けた返事を返して朝ごはんをかきこむ。相変わらず料理うまいなあ……しみじみ感じながら味噌汁をズズッとすすり、これにてご馳走様でした。
「ふう、ご馳走様。洗い物はしておくからなー?」
「おねがーい」
俺とさらには両親がいない。正確には一緒には住んではいない。元々両親と上手くできていなかったので、俺が高校生になったことをきっかけに、さらが中学になった時に一人暮らしをすると親に言ったところ、さらもついて来たのである。
元々良くできた妹であったので、両親は猛反発した。俺が一人暮らしをしたいと言ったら一言返事だったくせに。
さらが家事全般何でもやってくれているので、もしも俺一人だったらどうなっていたことか……
「お兄ちゃーーん?準備できたー?学校いこー?」
「ああ、今行くよ」
既に玄関で待ちぼうけを食らっているさらにリビングから声をかけ、元栓の消し忘れや戸締りのチェックを済ませると、さらが待つ玄関へと急ぐ。
「そういえば、今日はエロゲの発売日だからちょっと帰り遅くなる先に帰ってくれ」
「また妹もの?私いるのに何でゲームの女の子なの?」
「お前じゃ駄目なんてこと……いや、なんでもない。行こうぜ」
いつもの通学路を妹と歩く。っと、もうそろそろか?いつもと同じ時間、そして同じ集合場所に見知った顔を発見した。
「おはよー」
「おはー」
「おはよう、柊君」
「おはよ、委員長、空、千尋」
待っていたのは友達の新垣千尋、高坂空、委員長こと小鳥遊憂姫だ。
いつもこの五人で学校へ向かう。といっても、妹は付属の一年で俺と委員長と空、千尋は一年だ。
「あー、今日の授業何だっけ?寝る時間あったか?徹夜でゲームやってたから眠いんだ」
「柊くん、それは委員長として見逃せませんよ?シャキっとしてくださいシャキっと」
腰に手を当て、半ば呆れ顔でビシッと指を刺される。
「あーわかるわー俺も妹ゲーの積みゲー終わってなくて徹夜だったんだ」
「おお!わかってくれるかね千尋君!そうだ、今日はエロゲ発売日だろ?一緒に買いに行こうぜ」
「お前ら現実見ねえのかよ……まあ、俺は?憂姫と?一緒に?な?憂姫」
「もう、空。やめてよ友達の前で……でも、うん。一緒に帰ろ?」
先ほどの委員長の見る影なし。顔を赤らめてもじもじして小さく頷き、照れたように笑った。
「あーもう可愛いなあ憂姫は!!ほら、お前らも彼女作れよ現実の彼女を!」
『あー無理無理』
いつも通りの会話。その会話をニコニコしながら聞くさら。うーん可愛い。
「お兄ちゃんには私がいるもんね?ね?お兄ちゃん」
「お……おう。」
ぷくーっと顔を膨らませ、対抗する我が妹。可愛い、犯罪的に可愛い。やばい、俺の妹マジ天使。
「あーあ、もう着いちゃったよ。じゃあねお兄ちゃん、またお昼に屋上で。
長門さん、新垣さん、芳乃さん。兄をお願いします、それじゃっ」
律儀に挨拶をしてお辞儀を一つすると、駆け足で付属学校の下駄箱へと走っていった。
「いいよなぁ、ひろはー。あんな可愛い妹いてさぁ……。今度貸してくれないか」
「はあ?無理に決まってんだろ?妹は俺のものだ」
「相変わらずのシスコンブラコン兄妹だなあ。仲が良いのはいい事だけどさ。な?憂姫?」
「そうね、アッツアツよね本当……兄妹なのかしらってくらい距離も近いし」
さあ、一時限目はっと……社会か。おやすみ……
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キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
終業を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。少ししてから寝ているひろの元へと誰かがやって来て声をかけた。
「おい、起きろ。起きろ。ひろ。昼だぞ」
「うっわ、やっべえ、午前中ずっと寝てたのかよ俺」
「もう、柊君。先生睨んでたわよ?席が遠いから起こせないけど……近くなんだから起こしてよ新垣君……」
「すまねえな委員長。俺には妹しか見えていなかった」
「まーたゲームやってたの?没収されても知らないわよ?」
「スペアは沢山ある」
どこからか現れた携帯ゲーム機の数々。本当こいつドラ○モンかよ異空間に繋がっているポケットでも持ってんのかよ。
「ほら、行こうぜ、屋上に。さらが待ってる」
「ああ、そうだな。お前らはどうする?委員長、空」
普段は二人でどこかに行き、イチャイチャしながら昼ご飯を食べている二人に声をかけた。
「たまには友人と食べるのもいいかもな。いいよな?憂姫」
「私は構わないわよ?行きましょ」
今日も屋上で妹の手作り弁当だ。今日は何が入っているかな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガチャ、キィィィ
立て付けの悪い屋上へと続く鉄の扉を開けると、ビュウッと風が吹き抜ける。
「あ、お兄ちゃん、遅いよー待ちくたびれちゃった。さ、食べよ食べよ」
既にさらは屋上におり、レジャーシートを地面に敷き、その上にお弁当を広げて待っていた。
「すまんかったな、食べようぜ」
いつものように弁当を広げて妹と隣り合わせで弁当をつつく。委員長と空は……っと。うわ、あーんしてるよ……大胆だなあいつら。
いつもはクールっ気のある委員長だけど空の前だとあんな顔するんだな……。千尋は……まあ安定か。ゲームを片手に総菜パンを食べている。
「美味しかった?お兄ちゃん。はい、お茶」
「おう、いつも通り最高にうまかったぜ。ご馳走様、さら」
食後にお茶を受け取り、一口飲み、息を吐いた。うまい。茶葉の苦みと旨味が口の中に広がっていく。空を仰ぎ、変わり映えのない日常にため息をつき、ボソっとつぶやいた。
「つまんねえな……。非日常みたいなこと起きねえかな……」
起こるはずのない願いを口に出してはいつもさらに笑われていたものだが、今回は違った。
隣に座っているさらを見るとどこか怯えた表情をし、一点を見つめていた。
「ね、ねえ。お兄ちゃん、あれ……」
指さす方向を見ると明らかにカラスや鳥よりも遥かにでかい何かが空を飛んでいる。ん?なんだあれ?こっちに向かって……ッ
「さら!危ねえ!」
「キャッ」
間一髪のとこでさらを突き飛ばし回避させる。地面にめり込んでいたのは矢のような槍のような形状をした何か。それは2メートルほどあり、コンクリートの地面を破壊し、大きな穴を作りだした。
「何なんだよ、お前さらに何しやがる」
「おやおやおや、皆さんおそろいで……。とりあえず初めまして。そして……さようなら」
は?さようなら?なにがだ?まるで早送りしたように景色が目まぐるしく変わる。今の状況に頭が全く追い付いてきていない。
「え……」
飛んだ。何が?血、血、血。あいつが持ってるのは……巨大な鎌!?どこにあんなのを隠していたんだ!?
「いやあああああああああああああああああああああっ空っ空あああああああああああああ」
叫び声のする方を見ると、切り裂かれた生首を抱き、泣き叫ぶ憂姫の姿が。急いでひろもそちらに駆け寄り、返ってくるはずのない呼びかけをする。
「おい、空、大丈夫か?空、空、空!!おい、返事しろよ空!!」
「あっははー彼氏さんバイバーイ」
ヒュンッと大鎌を振るう。そして飛ぶ首。噴き出す血、血、血。
「カップルいっちょ上がりイイイイイ次はそこのゲームやってるお前だああああ」
あいつこんな時でもゲームかよ!?って気が付いてねえ!
「よけろおおおおおおおおおおおおおおお千尋おおおおおおおおおおおおお」
「ん?」
ひろの叫びは虚しく、次の瞬間、グシャァと肉を断つ音とともに、大鎌を持ったアイツは千尋の体を真っ二つにした。
「ッチ、速過ぎる。逃げるぞ!さら」
なんだ?つかんだ手が軽い……
「!?腕が……さら!?おい、おい!」
「おにぃ……」
ブシャアアア!!伸ばした手は虚しく空を切る。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああさらっさらあああああああああああああああああああああああああああ」
「あはは!残るは君だけだネ。さあ君も一緒にお逝きなさーい!」
なんだ!?なんなんだこいつは簡単に人を殺してまるでゲームじゃねえか、こんなの。なんだよなんなんだよわっかんねえよ!!
嫌だ、まだ死にたくねえ。まだ死にたくねえ逃げろ、逃げるんだ。……逃げる?どこへ?一瞬で4人の命を奪ったあいつから?どうやって?……無理だ。
「さら、お前は置いて行けねえよ。一人にはできねえ。な?俺たちはいつも一緒だ……」
視界が真っ暗になる。ああ、死んだんだ。俺……まだ死にたくなかったな……。
でもさらのいない世界なんかありえねえもんな……じゃあ死んだほうがマシ……だな。あぁ……できる事ならこいつを殺して敵を討ちてえ……悔しい……悔しいよ……
「っふ。あっけないものねえ?さあ私は帰るかしら。これであの子たちは送られてるはずだし。ね?また向こうで会いましょ?」
まるで電源を消したテレビのように視界がブラックアウトし、俺の意識は途切れこの世界との接点を断った。