■第04話 『問』
■第04話 『問』
放り投げた本が、ドスンと地面に落ちる音が響く。
「ギャ!何をするか!・・・・・おい、どこへ行く!?おーい!」
僕は、逃げるように木の後ろに隠れ、地面に落下した本を覗き込んだ。
「な、なんだ!?・・・お前は!?」
「我を放り投げた挙句、『お前』呼ばわりとは無礼な奴よのう。命を助けてやったというのに・・・」
いきなり本に目玉と口が浮かび上がって、喋りだすなんて・・・異常だ。
おまけに、その気持ち悪い本が、僕の命を助けたと言ってくる・・・
「この化け物め!一体、何を言ってるんだ!?意味が分からないぞ!?」
「クハハ!覚えておらんのか?まあ無理もない・・・」
本がケタケタと笑っている。
「なにせ、主は一度、死んだのじゃからのう」
「何?・・・・僕が『死んだ』?・・・何言ってるんだ?」
「まあ、結論から言ってやろう。先ほど、主はサイクロプスに殺されたのじゃよ。巨大な棍棒で殴られてのう。ミンチにされとったわ」
確かに・・・サイクロプスに殴られそうになった瞬間を覚えている。
丸太のような巨大な棍棒を振り下ろされた・・・でも僕は生きてるぞ?
「デタラメ言うなよ!僕は、生きてるじゃないか!」
「フハハ。そうじゃ。生きておる」
「何なんだお前は!?僕が『死んだ』とか『生きてる』とか!?」
「まあ、すぐには理解できぬのも無理はない・・・どれ、こっちへ来るのじゃ」
化け物の本がギョロっとした目玉で、コッチへ来いと目配せしてきた。
絶対、嫌だ。あんな得体の知れないないやつに近づきたくない。
「行くわけないだろ!?お前みたいな得体の知れない奴に、近づきたくない!」
あいつは化け物だ。僕を騙して、サイクロプスみたいに襲ってくるかもしれない。
こんな時の一番の得策は、関わらないことだ。君子危うきに近寄らず。
逃げるのが一番に決まってる!
でも・・・本が厄介なことを言い出した。
「ちなみに、さっきのような化け物は、そこら中におるぞ?例えこの場から逃げたとて、主一人でどれだけ生き延びれかのう?
クハハ・・・まあ、無理に引き留めはせんぞ?」
「・・・・・え?」
確かに、その可能性はある。
あのサイクロプスみたい化け物がどれだけいるのかも分からない。
そんなに居る訳ないと思いたい・・・
でも、今も目の前に化け物が居るんだ。僕と話しているこいつが・・・
「おい・・・化け物がまだ居るって、それは本当か?」
「フハハ。本当じゃ」
本はケタケタと僕を笑った。
これだけは言える。もう一度、サイクロプスに襲われたら、確実に死ぬ。
・・・でも、あんな本の言うことを信じるのか?
あいつは化け物だ。僕を騙して食おうとしてる可能性だってある。
罠にかけて獲物を襲うタイプかもしれないんだ。
・・・・とにかく、何か生き残る方法を考えなきゃ。
何か考えるんだ・・・・
・・・・・・・う・・・ん
・・・・・・・・何か・・・・
ダメだ!・・・・・何も思いつかない。
『科学サバイバル番組』でも、化け物と出会ったときの対処法なんてやってなかった・・・
「クハハハ!何か策を考えとるのかえ?無駄じゃ。主は逃げられぬ」
必死に考えている僕に、本が茶々を入れる。
僕は怪物がいる森で、完全に迷っている
何もしなければ、すぐに死んでしまうだろう。
何もしなければ・・・・
賭けに出るしかないのか?・・・あいつの話を聞くっていう。
これは・・・・賭けだ!
「・・・仕方ない・・・行くか」
木の陰から出た僕は、本の前に立った。
「ようやく姿を見せたのう」
「ああ・・・不本意だけどね」
本の表紙の真ん中、上部には目玉が一つ、下部には口が裂けている。
ギョロっとした目で僕を見つめ、裂けた口でニンマリと笑っている。
「ど、どうすれば生きて帰れるんだ?・・・・それと、さっきの・・・僕が『死んだ』ってどういうことだ?」
「すまぬが、先ずは我から質問したい。主が死ぬ間際、心の底から願ったものを覚えておるか?」
本は僕の質問を遮り、質問を上塗りしてきた。
先に僕から質問したいけど・・・相手は化け物だ。
少し慎重に行った方がいい。まずはこいつの質問に答えよう。
「死ぬ間際って・・・あの棍棒振り下ろされたときのこと?」
「そうじゃ。思い出せるかの?」
「願ったものって・・・・いろいろな考えが、いっぺんにたくさん浮かんだから・・・・上手く説明出来ない・・・」
「ふむ・・・・説明が難しいのも無理はない。色々思考が混乱しておったようじゃからのう」
なんだ、こいつ?まるで僕の頭の中をのぞいたような物言いだな。
「じゃが、落ち着いて記憶を掘り起こしてみよ。思考の海の中で、特に強い思念があったはずじゃ」
こいつは一体、何を言ってるんだろう?
それを知ったところで何になるんだ?
「それは・・・このような思念じゃったかのう?『もっとカッコいい自分になれるよう努力したかった』」
「!?」
なんでだ!?・・・なんでわかるんだ!?
落ち着け・・・きっと何かトリックがあるんだ。
まずは、冷静を装うんだ。
「そ、そうだったかな?・・・なんだか中二病っぽくて、随分恥ずかしいこと考えたんだな」
こいつの言う通りだ。
サイクロプスに棍棒を振り下ろされる直前、僕はその考えが浮かんだ。
もう死ぬと悟った、 だから思ったんだ。
『もっとカッコいい自分になれるよう努力したかった』って・・・・
もし、次に生きる機会があったら、ヒーローみたいに真正面から困難を受け止めて、乗り越える人間になりたい。
・・・そう思ったんだ。
「主に問う。『カッコ良い自分になれるよう努力する』とはどういうことなのじゃ?」
本は僕をじっと見つめて、遠慮なく質問を続けてくる。
「『カッコ良い自分』とは、全てを超越する力を持つことか?それとも、全てを知る叡智を得ることか?」
なんか、お伽話にでも出てきそうな質問だ・・・
変な回答をしたら、石にされたり、湖に沈められたりしないだろうか?
僕の『カッコいい』はヒーローなんだけど・・・どう言ったら良いんだろう・・・・
「そ、そうだな・・・僕のカッコ良いっていうのは・・う~ん・・・説明が難しいな」
「早う答えよ」
「ちょっと待ってくれ・・・そうだな。簡潔に言えば、力も知恵もあって・・・
その力を自分のためではなく、困っている人や弱者のために使う・・・かな?」
「それは、力と知恵を求めている事と同じではないか?」
「あ・・・それは違うよ。それだと、力と知恵だけが欲しいってことだろう?」
「ほう・・・珍妙なことを言いよる。では、どう違うのじゃ?」
「重要なのは、他者を救うことだ。その為にはある程度の力や知恵が必要だろう?
その考え方だと、前提が逆なんだよ」
「ほう・・・なるほど。つまり、主は救世主、あるいは英雄になりたいということじゃな?」
「いや、違うってば。それは身分を欲している前提になってるから・・・・
あ~!もう!あまりうまく伝わってないけど、もうそういうことでいいよ!」
「うむ。理解したぞえ。じゃが、主の言ったことには、矛盾が発生しておるぞ?」
「え?・・・矛盾?」
「そうじゃ。主が先ほどサイクロプスに追われておったときじゃ。
最初に襲われ、逃げ惑っておったニンゲンどもを、密かに見捨てて逃げておったではないか?」
う・・・そうだ・・・・その通りだ。僕は真っ先に逃げた。
でも、逃げ出すという行為を取ってきたのは、サイクロプスから逃げた時だけじゃない・・・・
今までも、ずっとそうだったから・・・・
「ああ、そうだ・・・お前の言う通りだよ・・・僕は弱いんだ・・・保身のことしか考えられない、愚かな人間だよ」
「愚か?何故、愚かなのじゃ?自らの生命を優先、守ろうとするのは生物として当前のことじゃろ」
「それじゃダメなんだよ。僕は逃げてきた人生だったんだ。
だからこそ・・・僕は自分にも誇れるような、カッコイイ自分になりたいと思ったんだ」
「あのときサイクロプスに挑めば、主は100%死んでおった。死ぬと分かっておっても逃げずに立ち向かうのか?
それはただの自殺じゃろう?」
「そうだな・・・確かに自殺行為に見える。でも、そうじゃないんだ。
例え怖くても、負けると分かってても、逃げ出しちゃダメな時ってのがあるんだよ。立ち向かわなきゃダメな時があるんだ」
「それはつまり、命を賭してでも、強者に立ち向かう必要があるということか?」
「それだと、ちょっと違うな・・・敢えて言うなら。弱者を見捨てて逃げない、理不尽な暴力や困難に立ち向かう人間になりたい・・・て言えばいいんだろうか?」
「ふむ・・・なるほどのぅ。理解した」
なんでそこまで僕の考えを知りたがるんだ?・・・本当に変なやつだ。
そうまでして、人の価値観とか聞きたいのか・・・?
何だか、まるで『僕を審査』してる感じだ。
「そ、そうか。理解してくれたなら嬉しいよ・・・・」
「主の主張は理解した。じゃが、話の内容自体はさっぱり理解できぬ。
逃げた矢先に、挑みたいと言ったり、弱肉強食の理から外れて弱者を助けたいなどと願ったり・・・
それが何を意味するのかは全く分からぬ。まこと、難解な生物よのう。ニンゲンというのは」
こ、この野郎・・・僕の本音での語りを全否定しやがった!?
馬鹿にしやがって・・・化け物に人間の心は理解できないってことか。
「ああ~そうかい!!」
「では、次の質問じゃ。『努力する』というのは、どういうことじゃ?」
「えぇ~?・・・まだ質問続くのぉ・・・・?」
「最初から持った力と、修練によって身に着けた力。これらは同じものではないかの?」
「それは・・・同じじゃないよ」
「何じゃと?・・・・何が違うというのじゃ?」
「内容が違うんだ。努力や苦難無く最初から持っている力と、苦悩と共に成長しながら手に入れた力では『重さ』が違う、後者こそが本物の力だ」
「・・・では、重要なのは努力をして力を手にするという、その『過程』なのかのう?」
「あ、ああ・・・そう言うことだと思う。最初から力を手にしてたら、心が育たないと思うから・・・」
「心?・・・精神性のことかの。つまり、主はこう言いたいのか?『力の増幅とモラルの成熟』とは、共に行っていくべきだ、と?」
「そ、そう・・だけど・・・すごいなお前?そんなにサラサラと言葉が出てくるなんて・・・すごい簡潔に言えば、そういうことだと思う」
「ふむ。なるほど、理解できたぞ。つまり、『力と知恵を手に入れる』というより、『力と知恵を育てる』という概念なのじゃな」
おお。こいつ化け物なのに、すごい分かりやすく話をまとめてくれるな。
よし。じゃあ、もう少し細部の説明があるから、それも伝えようかな?
「そうだな。力に対する責任が自覚出来ていくってのも、ある程度・・・」
「ハァ・・・まだ説明が続くのかのう?」
なんか急に、化け物本の口調が変わったぞ。
・・・気のせいか、こいつ先に溜息つかなかったか?
「え?・・・ああ、もっと正確に説明しようと・・・」
「もう説明は良い。主の説明は複合要素とエゴが多すぎる」
「はあ!?」
こ、こいつ・・・自分から聞いたクセに、なんだってんだ!?
なんて自分勝手な奴なんだ!?
「くっ・・・分かったよ・・・じゃあ、質問はもういいのか?」
「うむ。主の理想を理解した」
「ってことは、次は僕が質問する番だな?」
事の発端はこの意味不明な言葉だ。気になって仕方がない。
先ずはこれを聞かなきゃいけない気がする。
「僕が死んだってどういうことだよ?」
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