■第03話 『本』
■第03話 『本』
「うおぉあぁぁぁ!?」
――――朝、遅刻するほどの寝坊をしでかした如く、僕は勢い良く起き上がった。
「んん!?・・・ん?あれ?・・・・何ともない??」
ついさっき、僕はサイクロプスの棍棒で、思い切り「ブチュン!」と潰されたと思ったんだけど・・・
なんで生きてるんだ?・・・ていうか、さっきのが夢?
でも、今度も結局、森に居るし。
「・・・さっきの化け物って、夢?・・・・じゃないよな?」
全部が夢だったと思いたい。
でも、それは無理だ。今いる場所は、相変わらず、見渡す限りの大自然の中。
「また、森の中・・・一体、何が起きてるんだ?」
寝起きの上半身を起こした姿勢で、眉間に右手人差し指を充て、考えるポーズをとった。
「ええっと・・・確かさっき、サイクロプスに襲われたはずなんだ・・・・」
空中に指でなぞっていくように、一つ一つの物事を順を追って思い出してみる。
「まず、朝起きたら、今と同じ森の中にいて・・・どうするか悩んだんだ。それで先ずは、救難信号を出そうと思って、枝を集めはじめた」
ここまでは覚えている。
「そうこうしてる内に、でかい咆哮が聞こえてきて・・・人の悲鳴も聞こえてきたから、きっと熊が出たんだと思って、走って逃げだしたんだ・・・・」
ここまでも覚えている。問題はこの先だ。
「そして・・・ここで僕は体力が尽きてしまって、そんでもって、逃げてきた人たちにも追い抜かれて・・・・そのあとは―――」
追ってきた生き物が熊だと思ってたのに、そこに居たのはサイクロプスだったんだ。
「―――そう、僕はサイクロプスに・・・」
やっぱり、記憶の最後の瞬間は変わらない。
巨大な化け物に振り下ろされた、あの凶悪で巨大な棍棒。
「そこまでしか思い出せない・・・」
そこから先が思い出せない。あの状況から先が全く分からない。
何故、僕は生き延びているんだ?
「僕は・・・本当に、生きているのか?」
ピチャ・・・
眉間に充てていた右手を地面に下ろすと、その右手には冷たい感触が伝った。
「・・ん?なんか濡れてる?・・・水?」
水の色は赤茶色だった。
そして、その赤茶色い水から漂う匂いは、公園で嗅いだことのある、あの錆びた鉄棒に近い匂い。
すぐに分かった。
「これって・・・もしかして、血!?」
周りを見渡すと、僕は巨大な血溜まりの中に居た!
自分の体も、全身が血まみれになっている・・・・
「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!?」
僕は完全にパニックに陥ってしまった。
「な、なんだ!?化け物にどこか斬られたのか!?・・・いや、『斬る』っていうより、『殴る』だったから、粉砕!?破裂!?」
腹、腕、脚をひたすら触って確認し、最後に立ち上がってクルクルと回りながら背中も見た。
・・・でも、どこにも怪我は見当たらない。
「あれ?・・・・なんともないぞ」
自分の五体満足っぷりに、少しほっとする。
「な、なんだよこれ・・・一体どうなってるんだ!?・・・やっぱり、あいつがまだ近くに居るのか!?」
脳裏に焼き付いたサイクロプスの姿。
あいつにもう一度出会ってしまったら、お終いだ。
・・・・とても逃げ切れるものじゃない。
周囲を注意深く、物音を立てないように静かに観察し、必死にあの巨体を探した。
でも、あの怪物の姿は全く見当たらない。
「居ない・・・のか?・・・もしかして、僕を見逃してくれたのか?・・・でも、この血は何だ??
・・・僕が気を失ってから、偶然通りがかった獲物を食べて、満足して帰ったとか?」
サイクロプスの不可解な行動について、数パターンの仮説を考えてみても、謎が解決できる訳じゃない。
結局、事実は分からないままだ。
「何が起こったのかは良く分からないけど、とにかく生きている・・・・それに越したことは無いんだ。今はそれが大切だ」
僕は数回深呼吸し、少しだけ平静を取り戻した・・・でも、その安堵も束の間。
この見知らぬ森に居るという、悪夢のような状況は変わっていないんだ・・・・
「このまま、ここにいるのは危険・・・だよな?・・・とりあえず、安全に隠れそうな場所を探してみるか」
地面を覆う血だまりを見ないよう、一歩右足を踏み出すと、
―――ブニュ
右足が、『柔らかく粘性のある何か』を踏んづけてしまう。
「ん?・・・・なんか踏んだ?・・・それに何だろう?何か臭いが」
ふと、鼻先に異臭を感じだす。今度は生臭い匂いだ。
「何かひどい臭いがする。生臭いような?・・・この辺に生ごみでもあるのか?」
匂いが下から立ち上ってくるので、見ないように視線を逸らしていた地面を確認してみる。
「ウ!?・・・・オエェェ~・・」
血溜まりにばかり意識がいっていたが、改めて気づいてしまった。
飛び散った肉片がそこら中に散乱していた・・・・
空っぽのはずの胃袋から、嘔吐してしまった。
「・・・・な、何だよこれ!?」
まるで、ホラー映画のような光景だ。
言葉もまともに喋れなくなるほど、恐怖と混乱に陥った。
そのとき―――
「落ち着け」
誰かが僕に話しかけてきた。
「え!?・・・だ、誰だ!?」
声が聞こえたのは、とても近くからだった。
まるで自分の隣から語り掛けられたような近さ。
前、左、右、そして後ろ。
僕は素早く振り向いたが、周りには誰も居ない。
「何だ?・・・・幻聴か?」
「フハハ。幻聴などではない。我はここにおる」
「だ、誰だ!?どこにいるんだ!?」
再度、周囲を見渡しても、やはり、どこにも姿は無い。
「落ち着け。ここじゃ・・・」
声の主が全く見当たらない。
僕は焦っている・・・遊んでいる場合じゃないんだ。
この異常な状況で・・・この状況で姿も見せずに『ココだ』ばかり言うコイツは何だ?
「だから、どこだよ!?木の後ろか?・・・僕をおちょくってるのか!?」
「ええーい!ここじゃと言うておろうが!!」
謎の声がイライラした口調で叫んだ。
そして、不意に僕の体に異変が・・・体がくすぐられたのだ。
「ぐえっ!?ウハハ・・・な、なんだ?・・・くすぐったっ!」
服の内側で、何かがもぞもぞと動いている。
「こ・・・この!」
服の中に手を入れて、動ているものを引っ張り出した。
「え?・・これって・・・」
引っ張り出されたものは、思いがけないものだった。
「・・・本?・・・なんでこんな物が僕の懐に?・・・それに、なんだか見覚えがあるぞ」
実に特徴的な、ごつい本だ。確かに、つい最近、この本を見た覚えがある。
「・・・あ、そうだ!この本、ダンボールの底にあったやつだ」
「そうだ。我だ・・・」
本の表紙の上部に一つ目がギョロっと浮かび上がり、表紙の下部がミチミチと横に裂けて口になった。
「ぎゃあああああ!キモッ!!」
僕は、思わず本を放り投げてしまった。
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