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■第29話 『夕食と事件話』

■第29話 『夕食と事件話』




ギルドを後にした和人たちは『三ツ星亭』という名の酒場にて、夕食を摂ることになった。

オープンカフェのような外席に、和人たち一行は座っている。店内も外席も、胃袋を満たしに来た客たちで大賑わいだ。


昼と夜では街の表情が全く違っている。


通りを多くの人々が行きかい、彼らは酒場や、宿屋へと吸い込まれていく。

街並みにはランタンと蝋燭の暖かな火の光が灯り、人々に彩を加える。


和人は幻想的な光景に目を奪われていたが、どこからともなく『良い香り』が漂ってくる。



「何やら良い香りが漂ってくるぞえ。何じゃろうのう?」



アモンは鼻をヒクヒクと動かし、うっとりとした表情を浮かべた。

匂いの許は、メイド服に似た衣装の可愛らしいウェイトレスたちが、いそいそと運ぶメニューから漂っているのだ。



「アモンちゃん。あれはこの『三ツ星亭』の名物よ。あれは『ビフのステーキ』、それと『ビフのシチュー』ね」


「ほう~?うまそうじゃのう・・・どちらが良いかのう」


「すごい良い匂いデス!こんな匂い嗅いだこと無いのデス!」



アモンは口から垂れた涎をジュルリと吸い戻し、ゴーフレットはウットリとしながら匂いを嗅ぐ。

和人の胃袋も、グゥ~と切なく鳴き声を上げている。



「本当にうまそうだな。ステーキとシチューか・・・」



和人は財布事情を考え、なるべく節約したいと考えていた。

もっと安いメニューを探し、何を注文をすべきか迷っているのだ。


だが、そんな和人に構うこと無く、アモンがウェイトレスを呼んでしまう。



「侍女よ!こっちじゃ!注文するのじゃ!」


「ええ!?もう決まったのかよ?」


「うむ。キッヒヒヒ~」


「おい、アモン・・・頼むから財布のことを考えてくれよな?僕らの資金は今手元にあるこれだけなんだ。大事に使わないとダメなんだぞ?」


「うるさいのう。分かっとるわい」



和人は念のために釘を刺しておいたのだが、その忠告もどこ吹く風である。

和人たちのテーブルに駆け付けた可愛らしいウェイトレスに、アモンは食への欲求を満たすべく、豪快にメニューを注文してしまう。



「は~い!いらっしゃいませ~!ご注文は如何なさいます?」


「あの『すてーき』なるものと『しちゅー』なるものと・・・ううむ、あれとこれと、お?これもじゃ!」


「かしこまりました~!それでは少々お待ちください~!」



和人が口をはさむ間もなく、アモンは大量の発注を一瞬で終えてしまった。



「おい、こら!アモン!!なんてことしやがる!?」


「ホンにうるさい奴じゃのう~。もはや注文は受理されたのじゃ。観念せい」



まったく悪びれる様子もなく、アモンはツンとすました顔で座っている。

和人は、せっかく稼いだお金が、一瞬で消費されていく辛さに苛まれていた。



「貴重なお金がぁ~・・・・」


「細かいオスじゃのう。貨幣なんぞ、また稼げば良いではないかえ。そんなことより、我らの食への探求心のほうが重要なのじゃ!そう思わぬか?ゴーフレットよ」


「ハイー!・・・お金?って何か分からないデスけど・・・ゴーフレットも楽しみなのデス!ニンゲンの食事、とても美味しそうデス」



無邪気にアモンに同意するゴーフレット。

彼らのやり取りを眺めていたジャレットとミルが、和人を慰めようと会話に交じる。



「カズト、まあ良いじゃないか。せっかく、ミッドランドに来た『初日の夜』なんだ。楽しもうぜ。俺が酒を奢ってやるからさ」


「そうよ、カズト君。愛するお嬢様のカワイイ我儘じゃない。それくらい受け止めてあげるのが男ってもんでしょ~?」


「そ、そんな・・・2人まで・・・」



真面目に金勘定をしている自分が馬鹿らしくなってきたと思い、和人は『もうどうにでもなれ』という感覚で、腹をくくった。



「も、もういい。もう分かった!こうなったら、僕だけ心配してるなんて損だ!僕も、楽しんでやる!」


「おう!その調子だ!さっそく、酒樽を飲み干す勢いでいこうぜ!」



既にほろ酔い加減のジャレットが、酒がなみなみと入ったジョッキをカズトに手渡し、2人はガツンとジョッキをぶつけ合う。

テーブルには、大量に注文したメニューが、矢継ぎ早にウェイトレスの手によって運び込まれている。



「おおーー!」「す、すごいデス!」



アモンとゴーフレットは、目をキラキラと輝かせ、テーブル上に敷き詰められた料理を眺めていた。



「さっ!皆、食べましょう~!」



ミルが発した『食べよう』という一声を合図に、アモンとゴーフレットは料理に貪りついていった。

宴が始まって間もなく、遅ればせながら『門番のゴルトー』も合流し、彼らのテーブル席にドシンと腰を落とした。



「おう!ジャレット!待たせたな!」


「おお、ゴルトー!やっと来たかよ!?」



座りしなに、ゴルトーはバシッ!とジャレットの肩を叩く。



「酒はたんまり頼んであるんだ。ゴルトー、お前も飲み干すの手伝えよ?」


「おうよ!そんじゃあ、早速いきますかい!」



ゴルトーはテーブルに所せましと置かれているジョッキを手に持ち、ジャレットとカズトのジョッキへ『ガツン!』とぶつけた。

3人は、タイミングが不ぞろいな乾杯の音頭を上げる。



「ほいじゃ乾杯ー!」「かんぱ~い」「乾杯っ!」




――――――



それから2時間ほどの宴が続いた。

彼らの胃袋は満たされ、酒の進みも落ち着いた頃合いである。




「ところでカズト。宿は決まっているのか?」


「え?いえ、それが・・・・・宿探しを、これからやるところでして・・・」


「そうか。それじゃあ、俺の知り合いに宿屋をやってる奴が居るんだ。今夜はそこに頼んでみよう」


「え!?い、良いんですか!?」


「なぁ~に、気にすんなって。お前は命の恩人なんだ。俺たちはもう、戦友なんだぜ?」


「え!?戦友ですか!?そ、それはありがたいですけど・・・・でも、知り合って、まだ1日も経ってませんよ?」


「ははは!大丈夫だ!俺は人を見る目には自信がある。カズト、お前があのとき見せた、自分の身を顧みず仲間を助ける行動・・・俺はそこにお前の全てを見た。『人』とは『極限の状況下』にこそ『本性』が現れるものだからな」


「そ、そ、そんな・・・買い被りすぎですよ!?」


「ははは。謙遜すんなって。お前は信頼できる人だ。それに・・・・」



ジャレットが言葉尻を濁し、会話に一瞬の間が空いた。

今までの、陽気で和気あいあいとしていた雰囲気が、途端にシリアスなものに変わる。



「それに、この王国も決して治安が良い訳じゃあないからな」



ジャレットはアモンとゴーフレットを見つめながら、会話の続きを吐き出した。

ゴルトーが木製の大ジョッキを一気に飲み干し、ドン!とテーブルに置いて、ジャレットの会話に続く。



「そうだな・・・ここ最近は特に荒れてきていやがる。『イグニス』の奴らが勢力を拡大してきているからな・・・」



『イグニス』という単語を、吐き捨てるように発したゴルトー。その単語を聞いたジャレットの表情も、苦々しいものに変わる。

彼らにとっては有名なようだが、和人にとっては初めて聞くものだ。



「イグニスって、なんですか?」


「イグニスってのは、王国の貧民街を拠点としている犯罪組織だ。だが、最近は城下町にも手を伸ばしてきてな・・・やつらは何でもやる。麻薬の密売、誘拐から人身売買、殺人までも」


「随分、恐ろしい組織ですね・・・こんなにきれいな街なのに、そんな輩がいるんですか」


「綺麗に見えるのは城下町と城の周辺だけってことよ。城から離れる程に治安は悪くなる。北側は貴族や富裕層が多い。対して南側に貧困層が流れ込んで、そこが貧民街と呼ばれているんだが、それは王国の・・・」


「おい、ゴルトー」



ジャレットがゴルトーの脇腹を肘でコツンと小突いた。



「お?おう・・・そうだな。こんな話はもう止めようぜ!折角のメシと酒がまずくなっちまわぁ!」


「カズト。まあ、そういうこともあるんでな。一応、気を付けてくれ。宿にもスリや強盗が出たりもするからな」



『安全神話の国』である、日本出身の和人にとって、衝撃の話である。

宿ですら安全ではないということが、信じられない発言だった。思わず、和人の眉間に皺が寄ってしまう。



「はは!そんな顔すんなって。その宿は、貴族階級も良く使っている所だ。だから安心しろ」



ジャレットはジョッキをグイっと飲み干し終えると、親指を立ててグーサインを作った。

貴族も泊まるということは、一定の信頼感があるということに他ならない。

だが、そういう上流階級が泊まるということは、治安とは別に、値段の方も心配になるものである。



「貴族も泊まるなら安心ですね。でも・・・値段の方は・・あの、どうなんでしょう?」


「ははは。安心しろ。言ったろ?知り合いなんだよ。俺から頼んで、少しばかり融通をきかせて貰うようにするよ」



この街の治安状況と、生活費の資金繰り。

おまけに女の子2人を養わなければならない状況。


和人は頭を悩ませていた。


だが、彼の不安など全く関係なく、隣ではアモンがお酒に挑戦し、女子3人で賑やかに楽しんでいた。

どうやら、アモンはたった一口でベロベロに酔ってしまったようだ。

ミルがケラケラと笑い、ゴーフレットはオロオロとアモンの肩に手をかけている。



「アッハハハ。ちょっとアモンちゃん。大丈夫?」


「ンマ。ウマイのう~~。ミルよぉ~、主の酒、要らぬなら貰うぞえ~?」


「だ、だめデス!アモン様!お酒、無理して飲んだラ、具合悪くなりマスよ?村のゴブリンも、お酒で倒れちゃったことありマス」



その様を見て、和人はあきれ果ててしまう。



「真面目に心配してるの僕だけじゃん?・・・アホくさ。まあ、明日は明日の風が吹くってか」



それから1時間ほど、一行はテーブルで談話を楽しんだ。

宴も終わり、勘定を済ませると、和人たちは宿屋に向かうべく、ゴルトーとは『三ツ星亭』の出口で別れることになる。



そして、別れ際にゴルトーが奇妙なことを言いだした。



「おう。そう言やぁ、言うの忘れてたぜ」


「何だよ?ゴルトー」



何かを思い出すように、上空を見つめながら話すゴルトーに、酒で紅潮した顔のジャレットが聞き返した。



「衛兵の奴から聞いたんだがよぉ。お前らが戻ってくる前に、貧民街で変な事件があったらしいぜ」


「あん?事件だぁ?」


「おう。ひでぇ殺人事件だったってよ」


「殺人?・・そいつは痛ましいが・・・まあ、貧民街なら『珍しい話じゃない』だろう?」



殺人という言葉を聞き、和人の顔に緊張が走る。

ジャレットの『珍しい話じゃない』と言う言葉を聞いて、危機感が募る。

だが、和人はそれに慣れなければならないのだ。何も知らないで過ごすより、情報を集めるべきだと、彼は決意を固めている。


和人は、事件についてゴルトーに質問することにした。



「あ、あの、ゴルトーさん・・・その事件って、どんなのだったんですか?」


「おう・・・何でもよぉ、人間業とは思えねぇモンだったらしいぜ」


「人間業とは思えない?」


「さっき話した『イグニス』って組織だけどよ。下っ端のゴロツキどもが、7人も惨殺されたんだとよ。全員綺麗に首を切り落とされちまったらしいぜ」



ゴルトーの説明に、ジャレットも質問を掘り下げてくる。



「イグニスの奴らがやられたって?・・・犯罪組織の戦争でもしてたのか?」


「いや、違うみてぇだぜ。目撃者も多かったんだが、その全員が『異常な2人組がやった』って証言してるとよ」


「たった2人で?・・・いや。それよりも、異常ってなんだ?」


「なんでも、見た目が異常だったんだとさ。一人は偉い美形の男で、もう一人は、頭に麻袋をスッポリ被ってたらしいぜ」


「はぁ?麻袋ぉ?」


「そう、麻袋だとよ。殺されたやつらは、売春宿の運営を任されてたゴロツキどもだが・・・一番奇妙なのは、その宿の売春婦たちが、全員行方不明になっちまったってことよ。どうよ?変な事件だろ?」



現実世界でも滅多に聞かないような、グロとミステリーが入り混じったような話だ。

和人は、頭の中で2人組の特徴を反復していた。



『1人は美形の男、もう1人は麻袋を被った男か・・・麻袋は目立つから分かるとして、そいつらって、必ず2人で行動してるのかな?美形の男が一人で歩いてたら、判断できなそうな気がする。今の僕は、超人的な身体能力を得ている。だから、偶然出会ってしまっても、戦うことは出来るだろう・・・でも、危機は回避するに越したことは無い』



和人が考え事をしている間に、ゴルトーは背を向け、既にこの場から少し離れた場所を歩いていた。

彼は、後ろ向きに手をプラプラと振っている。



「ま、俺が聞いたのはそんだけだ。とにかく、その2人組は特徴的らしいからよ。見かけたら衛兵を呼ぶか、近づかねーようにしな。それじゃあ、またな」



ゴルトーの見送りが終わると、ジャレットとミルが和人たちの前に立った。

そして、ジャレットが一本の通路を指さし、先導するように彼は歩き始める。



「さて、行くぞ。宿はこっちだ」

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