■第02話 『森』
■第02話 『森』
美しい大自然。
青く生い茂る草木、美しい唄声で朝を知らせる小鳥たち。
「え?」
―――朝、起きたら僕は森の中にいた。
見渡す限りの美しい大自然だ。
僕は自分の部屋で、自分の布団で寝た・・・はずなんだけど。
「ここ・・・どこ?」
夢?現実?
なにこれ?僕は今、森の中にいる。
自分の状況がさっぱり理解できない。全く思考が追いつかない。
一体どうすれば良いんだろう・・・警察に電話とか?
「電話・・・そうだ!電話だ!」
携帯は確か枕元の充電器につないであるから、ここに・・・
「あれ?」
布団なんて無い・・・枕も無い。
ただ草が茂っている地面があるだけ。
つまり、これって・・・!?
「嘘だろ!?携帯が無い!」
やばい、やばいやばい・・・・・
マジでヤバイよこれ、どうしよう!?
これは遭難したってこと!?寝てる間に拉致されて放り出された!?
とりあえず、遭難した時ってどうすれば良いんだっけ・・・
そういえば、『科学サバイバルチャンネル』で、遭難特集やってたな!?
あの回を思い出せ・・・思い出せ~・・・
そうだ!確か、パニックを起こしてはいけない。これが一番大事だと言っていた。
落ち着け、パニックが一番ダメなんだ。
今出来ることを考えろ・・・
確か、森の中で遭難した場合、無暗に動かず、救難信号を送る。
そして、救助を待つのが基本・・・・・だったかな?
救難信号を送るとしたら、地面に大きく文字を描いたり、火を起こして、煙を上げるとかかな?
う~~~ん・・・他にもあったはずだけど、思い出せない。
でも、まず出来ることからやっていこう。
とにかく、落ち着いて行動だ。
「よ・・・よし!火を起こすのと、地面に文字を書くための枝を探そう」
とりあえず、草の茂った地面を見渡しながら、ひたすら周囲を歩いてみる。
その間、何度も考えを反復して唱えた。
「地面に文字を書くために、燃やすために・・・・」
僕はひたすら枝を探した。
――今が何時なのか、どれくらい時間が経ったのかは分からないが、とにかく枝を探し回る。
「あ、枝見っけ」
枝を拾い上げ右脇に抱える。右脇には10本ほどの適度な枝が隙間なく抱えられている。
「必要な適切量は分からないけど、これくらいで良いのかな?・・・・まあ、足りなかったら、また探せば良いか」
それじゃあ、早速、火を起こしてみよう。
「ええ~っと。火は・・・・火・・は・・・」
・・・うん。根本的な問題を忘れていた。
必死に枝を集めたけど、そもそも火を起こすって、どうすりゃいいの?
そんでもって、火を起こした後、救助を待つっていうのは、ただじっと待ってるだけ?
大まかな方針は考えられても、細部の具体的な部分までは分からない・・・
「ヤバイ・・・何とか思い出すしかない。サバイバル番組でやってたんだ・・・
確か、火を起こすのは・・・ええっと、他には枯れ葉が必要で、石で火花を・・・・」
うろ覚えな火のつけ方を思い出そうとしていた――――その矢先。
「ゴァアアアアア!!!」
―――突然、轟音が鳴り響いた。
草木が突風に煽られるように揺れ、鳥たちが逃げるようにバタバタと飛び立っていく。
「な!?なんだぁ!?」
びっくりして、集めた枝を全部落としてしまった。
無茶苦茶怖いっす!
今のってもしかして、咆哮ってやつですか?・・・ただの風じゃないよね?
・・・・ただの風だと思いたい。
ここは見知らぬ森の中で、吼える何かが居るっていう・・・あれですかね?
「・・・熊?」
いやいやいや!
こんな状態で合ったら、確実に死ぬだろう・・・どうすりゃいい・・・
ヤバイぞ、考えろ・・・・何か手は無いか・・・・
・・・そうだ!
『科学サバイバルチャンネル』で見たんだ。熊と出会った場合の対処方法だ!
僕はこの回が好きで、何度か見返していたから、結構、内容を覚えてる。
本来、先ずやるべきことは、熊と出会わないようにするのが一番と言ってた。
だけど、どんなに気を付けていても、不運にも出会ってしまうときがある。
そのような場合は、自分の置かれた状況下で、可能な限りの対処をするべし、と言ってた。
その時の生存率を上げる対処法を、いくつか紹介していたな。
バッチリ覚えてるぞ。
そのうちの一つは確か・・・熊が少し遠い場所に居る時は、視線を逸らさず、背中を向けないように、
また刺激しないように、ゆっくりと後ずさっていくのが良い。そう言っていた。
つまり、どこに熊がいるのか、居場所を知るのが重要っていうことだな。
急ぎつつ、あくまでもゆっくりと周囲を見渡してみる。
注意深く木の後ろにも居ないか、目を凝らして確認だ。
「熊・・・居ないな」
念のため、もう一度周囲をじっくり観察したけど、熊の姿は見当たら無かった。
「ふぅ・・・良かった~・・・さっきの咆哮は、結構遠くから吼えたものなのかな?」
何はともあれ、ラッキーだ。
熊の姿が見えないうちに、出来るだけ遠ざかるのが1番良いだろう。
「 まだ安心は出来ないんだ。あまり音を立てないよう、ゆっくりと急ぎつつ・・・」
――そろりと右足を踏み出した瞬間。
「ギャアアア!!」
「ひぃぃぃ!」
何だ!?
また熊の叫び!!
いや、違う・・・・
これは・・・人だ!人の悲鳴だ!?
「・・・もしかして、誰か熊に襲われているのか?」
どうする!?この場合は、どうすればいいんだ!?
あの番組ではこんなシチュエーションは取り上げてなかったぞ・・・
・・・・助けに行くか?
でも、行ったところで何が出来る?
さっぱり手立てが思いつかない。
むしろ、僕が熊に食われる未来しか思い浮かばない。
「誰か助けてくれぇぇーー!」
そんなことを考えてる間にも、悲鳴が大きくなってきた。
迷っている暇はない。素人が半端に助けに行ったって、邪魔になるか、状況を混乱させるだけだ。
今の僕にできる最善策は、ここから早く逃げだして、無事に救助を呼ぶことだろう。
・・・それか、僕が熊に食われてる間に逃げてもらう、とかかもな。
でも、そんなのはごめんだ。
「こっちだぁぁ!」
「走れぇええ!」
さっきよりも声の大きさが少しづつ大きくなってきている。
というよりも、何故、声が大きくなってくるんだろう?
・・・・・ん?
・・・あれ?ちょっと待って、これって。
これって、もしかして、こっちに逃げて来てる!?
「うぉぉああああ!!」
「助けてぇええええええ!」
いや、気のせいじゃない!!さっきよりも声が近い!
来てる!やっぱり、人がこっちに逃げて来ている!
「やばい!ゆっくりなんてしてられない!?」
僕は走った!無我夢中で走った!
後ろを一度も振り返ることなく、ただひたすらに走った!
全力で走るなんて、高校の体育の授業以来だと思う。
しかも、今はその時以上に、全身全霊を込めて走っている!
文字通り、『命懸け』の全力疾走だ!
でも・・・
「・・・ハァハァ!・・・もう・・・・限界だ!」
息が続かない。肺が締め付けられるような苦しさだ。呼吸がまともに出来ない。
足ももうヨタヨタだ。一歩踏み出すごとに、ブルブルと振るえてまともに歩くことすら出来ない。
一体どれだけの距離を走ったのだろう?
後ろの人たちの悲鳴は離れるどころか、もっと近づいてきている。
後ろを初めて振り返って見たけど・・・
走り出してから、多分200m~300m程度しか移動してない。
たったこれだけの距離で、もう肺も脚も悲鳴を上げている。
「ウグッ!?」
脚がもつれて、地面に転がり込んでしまった。
「ヒュー・・ヒュー・・・ゲホッゲホッ・・・・・・は、早く・・・はぁ・・・逃げないと・・・ゲホ!」
脚がもう動かない。完全に力が入らなくなってしまった。
呼吸もまともに出来ない。咳き込んでしまうほど肺が疲弊している。
転がり込んで地面に突っ伏したまま・・・もう立ち上がれない。
「急いで・・・逃げなきゃ・・・ゲホッ!」
この場から離れたい気持ちとは裏腹に、後ろから悲鳴はどんどん近づいてくる。
「うわぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃい!!」
感覚で分かる。もうすぐそこまで来ている。
うつ伏せのまま、首を少しだけ動かして後ろを振り返った。
叫びながらこちらに走ってくる人影が、ぼんやりと把握できる。
走ってきた人数は5人。彼らが熊から逃げてきているのは間違いない。
全員、見たことの無い恰好をしている。コスプレでもしてるのか?
それに・・・外人さん?日本人じゃないぞ。
走っている5人組も、僕の倒れている姿に気づいたみたいだ。
「何やってんだ!早く逃げろぉ!」
「おい!早く逃げろ!」
「寝てる場合じゃねーぞー!」
5人組は立ち止まること無く、それぞれ僕に忠告しながら、突っ伏した僕の横を走り去って行った。
勿論、誰も僕を助ける素振りなんて全く無かった・・・
そりゃそうだ。僕だって見捨てて逃げようとしてたんだから。
「・・・逃げろって?・・・ははは、分かってるよ、そんなの」
もう一度、思い切り踏ん張って脚に力を入れる・・・でも、やっぱり立ち上がれない。
足がブルブルと震えてしまうだけだ。
「逃げろってさぁ・・・分かってるよ!そんなのはー!でも・・・もう足が動かないんだよぉ~・・・・」
焦燥感と絶望が自分の心を包み込んでいく。
もう動かない脚を見て、怠惰だった自分に腹が立つ。
「・・・畜生、畜生!動けよ脚!何で、もっと運動しておかなかったんだよ!何で今まで怠けてたんだよぉーーー!」
過去の自分を責め立てても、意味は無いし、時間は待ってはくれない。
焦りとパニックに沈む中、再び咆哮が空気を震わせた。
「グォァアアア!」
確実に、さっきよりも咆哮が近づいてきている。
しかも、咆哮だけではない。
ドスン!ドスン!と、激しい振動も絶え間なく続いている
草木が激しく揺れ、地面も揺れ動く。
これは、重量のあるものが移動している揺れだ。
「・・・これって、熊が走ってる振動か?」
地面が揺れるほどってことは、よほど巨大な熊なんだな。
「ああ・・・もう、ここで死ぬのかな?・・・」
熊に襲われるなんて、自分とは無縁だと思ってた。
そんなの考えたことすらない。
―――怖い。本当に怖い。
確か、熊に殺されるのって、生きたまま食われるってことだったはず・・・
番組では、あいつらは内臓から食っていくって、言ってた・・・
「・・・い・・・いやだ・・・そんな死に方・・・」
奥歯がガチガチと鳴っている。寒くもないのに、体の震えが止まらない。
『怖い』って、こういうことなのか・・・
―――どれだけ時間が過ぎただろう。
恐らく、ほんの十数秒程度だとは思うけど、僕は恐怖ですっかり固まってしまった・・・
ドスンッ!ドスンッ!
揺れの激しさが伝わってくるだけで、熊が近くまで来ているのが分かる。
「神様・・・助けて、神様・・・助けてください・・・」
今まで宗教のことなんか考えたこともなかったのに、
不意に口から出て来たのは『神様』という存在に縋る言葉だ。
ドスンッ!!
「ひぃ!?」
一際大きな振動が、辺り一面を揺らした。
床に突っ伏していた僕が少し宙に浮いたほどの大きな揺れだ。
――――シーン・・・・
「・・・・・・・・・ん?」
その大きな振動が鳴り響いた後、何故か、咆哮も地響きもピタリと止んだ。
まるで何もなかったかのような、驚くほどの静けさ。
どれくらいの静けさか。
例えるなら、健やかな風がサーッと吹き、その風の音が聞こえるほどだ。
つい先程まで、空気が震えるほどの咆哮、地震かと錯覚するほどの振動が大暴れしていたのに・・・・
「・・・ど・・・どうしたんだ?」
もしかして、助かったのかな?
いや。そんな訳がない。
そんなに甘い訳がないんだ・・・
だって・・・
『自分が今、何かから強烈に見られているのが分かるから』
穏やかな静寂の中に、突き刺さるような鋭い視線を感じる。
何かがこっちをじっと見つめ続けている。
それだけじゃない。
視線は気配と共に、静かに足音をたてない様に、こちらへと近づいてきている。
ゆっくりと・・・
これってもしかして、僕の死亡フラグが立ってる?
ホラー映画なんかでよく見るシチュエーションだ。振り向いたら死ぬっていう・・・
振り向いたら熊がすぐそこに居て、僕を襲う瞬間だったっていう状況がすぐに思い浮かぶ。
これが映画だったら間違いない。
そして、僕は今、映画と同じその状況なのは間違いない。
分かるんだ・・・・
「フシュ・・・・フシュー・・・」
ほら、耳を澄ませば聞こえる、この空気が漏れるような音。
これは息遣いだ。息遣いがすぐ後ろから聞こえてくる。
もうどうしようもないんだな・・・・
きっと僕は殺される・・・
「は、ハハハ・・・神様なんているわけないのに・・・僕はさっき、何を馬鹿なことを言ってたんだろう」
そう・・・神様なんていないんだ。
自分で何とかするしかない。諦めるのはまだ早い。
最後の手段がある。それを全力で試すんだ。
番組ではこう言ってた。
『最後まで諦めてはいけない。本当に最後、生きるか死ぬかの状況になったとき。その時は覚悟を決めて戦うしかない』
生存の確立は決して0%ではない。
戦うしかない状況になった時、熊の鼻を狙ってパンチを浴びせれば、びっくりして熊は怯むときがある。
その隙に逃げれば、生き残る可能性はあると言っていた。
でも、それは至難の技だとも・・・
その理由は、熊の攻撃は、こちらが一撃あたっただけで、ほぼ死ぬということだ。
掴まれても死ぬらしい、引っ掻かれても死ぬらしい。噛まれでもしたら確実に死ぬ。つまりワンミスで死ぬっていうことだ。
だから攻撃の回避に全力を注ぎ、一瞬の隙を狙って鼻を殴るしかない。
攻撃を掻い潜り、熊の鼻に拳を命中させ、もし熊が怯んだら、その隙に逃げる。
これで、運が良ければ生き残れると言っていた。
でも・・・逆に熊が怒って猛追してくる可能性が高いとも言っていた。
攻撃のプランを成し遂げるだけでもほぼ不可能に近いけど・・・もう迷ってはいられない。
何もしなければ僕は絶対に死ぬ。生きたまま食われる。
だったら、いっその事・・・
「ええい、クソ!やってやる・・・」
不思議な闘志のようなものが体の底から湧いてきた!
ここまできたら覚悟を決めてやる!
「行くぞぉーー!!」
震える脚の力を振り絞って、勢いよく立ち上がる。
拳をギュっと固く握りしめながら、思い切って後ろへ振り向いた。
―――だが、振り向いた先を見て、僕の覚悟と共に拳に込めた力は消し飛んでしまった。
「・・・・え?」
先ず自分の思考が停止した。これは現実なのだろうか?
振り向いた先、そこに居たのは、自分の想像していたものではなかった。
いや、想像出来ないと言った方が正しいかもしれない。
自分は危機的状況にあって、死ぬかもしれない。
でも、命の心配よりも、今、自分が目にしているものは一体何なのか、という疑問で頭が一杯になってしまった。
「熊・・・じゃない・・・・?」
今まで熊だと思っていたものが、違う生き物だったのだ。
全く見たことがない生き物だ・・・でも、不思議だが、何故か『見たことがある姿』。
その『見たことがある』という記憶、そこが引っ掛かって疑問になっている。
命の危機よりも、その奇妙で大きな疑問が気になってしまった。
熊ではないものは、まさに怪物だった。
見た目は、とてつもなく巨大な体躯をしており、人型の姿だ。
どれくらいの巨大さかと言うと・・・余裕で2m以上はある。
全身が分厚い筋肉に覆われており、体の大きさに対して、頭は随分と小さい。
そして・・・・小さな頭の中心には巨大な目玉が一つ。
その巨大で血走った一つの眼玉が、僕を睨みつけている。
こんな生物が地球にいたのか?テレビやネットでも見たことがないぞ・・・
見たことは無いけど、なぜか知っている。見た記憶があるんだ・・・
何でだ?・・・これは何だっけ?
・・・そうだ!
ロープレゲームやファンタジー映画なんかで良く見たやつだ!
名前は確か・・・
「・・・サイクロプス?」
―――そうだ!
サイクロプスだよ、こいつ。
だから、見たことないのに、見た記憶があったんだ。
「グゥゥゥグゥウゥ…」
低い声で唸り、ボトボトとすごい量の涎が口から溢れ出ている。
血走った目は僕を睨み続け、アドレナリン全開のイカレた目をしている。
会話したり、餌付けして仲良くなれるとか、そういうレベルじゃないのが分かる。
戦って助かるとか、逃げ切れるとか、そんな甘いレベルじゃないのも分かる。
なんというか、破壊と怒りしか感じない。あと殺意もギンギンなのが分かる。
本当にヤバイ目ってこういうのなのか・・・初めてみたけど、完全に僕を殺す気だ。
「は、ハハハ・・もう、だめだな、こりゃ・・・・」
こんな化け物から逃げれる訳がない。
もう絶望的だ。
「・・・これ、夢だよな?」
これは夢なんだと思いたい。
でも・・・恐らくこれは夢じゃないってことが何となく分かる。
もう成す術はなく、あとは死を待つだけという状況にいる。
僕は、『自分はもう死ぬ』ということを理解した。
「あれ?・・・・なんで・・・・・・なんで涙が・・・・」
何故か分からないけど、涙と共に、あらゆる後悔が心の中に押し寄せる。
自分のこれまでの人生、出会った人たちの顔が、思い浮かんでは過ぎ去っていく。
僕は、今までの人生に悔いはないと言えるのだろうか?
自分のやりたいこと、達成したい目標を成し遂げたという思いが浮かばないんだ。
自分の人生を悔いなく生きたという実感がない。
その思いが、全てが、ごちゃ混ぜになって、次々と溢れだしてくる。
『彼女が欲しかったな。エッチもまだしたことがないんだ・・・』
『せめて、お店とか言って体験しておけばよかったなー』
『恋人を愛するということを知らないままで終わっちゃうんだな・・・恋人が居たらどんな気持ちなのかな?』
『僕は友達っていたのかな?本当に友人が居たと言えるのかな?』
『本音を話せる友人って居たんだろうか・・・』
『お互いに本音で語り合ったり、切磋琢磨したり、酒を飲んだり、苦労話や、自慢話をしたり・・・してなかった気がするな』
『もっと上司に自分の意見を言えばよかったな』
『自分の立場を守るために、ただ会社の歯車になっているだけだった』
『もし、自分の意志と意見を恐れずに言えたなら、環境を変えれたんじゃないかな?』
『海外旅行に行って見てみたかった』
『思えば、僕は、地元と就職のために出てきた街のことくらいしか知らないんだ』
『今まで僕は、世界にある出来事の1%でも体験したのだろうか?』
『何も知らず、世界の壮大さを体験することなく終わってしまうのか』
『親孝行・・・ろくにしていなかったな。ゴメン。父さん・・・母さん・・・』
『僕はあなたたちの愛情に対して、何も返してあげられなかった』
『最後にもう一度、会いたいよ・・・』
頭の中はごちゃごちゃになっているのに、不思議と心が落ち着いている。
世界が静寂に包まれているようだ。
ただ、その静寂の中で、二つの音だけが聞こえている。
一つは、キーンと甲高く鳴る耳鳴り。
もう一つは、次第に早くなっていく自分の心臓の鼓動音。
サイクロプスはもう目の前まで歩いてきている。
僕はもう終わりなのか。
「夢なら早く覚めてくれよ・・・」
後悔の念と、思い出が、涙と一緒に溢れだす。
でも、目の前の怪物は待ってはくれない。
サイクロプスが、巨大で丸太のような棍棒を、両手で大きく振りかぶった。
振りかぶった棍棒を眺めながら、僕は今、変なことを考えている。
「変だなぁ・・・なんで、こんな時に考えちゃうんだろう?」
さっきまで僕は、自分が『何も成し遂げていない』って思った。
でも、僕は一体、何をやりたかったんだろう?
いや、それ以前に、『僕がやりたいこと』って何だったっけ?
こんな死ぬ寸前になって、変な疑問だな・・・
一つ目の巨人が、巨大な棍棒を思い切り振り下ろした。
そっか・・・思い出したぞ。
ヒーローに憧れていたんだ僕は。アメコミが好きになったのもそこからだ。
自分を犠牲にしてでも、皆を助けるヒーローに憧れていた。
「あぁ~あ・・・もっとカッコいい自分になれるよう、努力すりゃよかったな」
巨大な棍棒が目の前数センチまで迫った所で、
「そうか・・・それがお前の求めるものか」
誰かが僕の耳元で囁いた。
「え?」
誰だ?もう棍棒が・・・・
ブチィィンン!!!
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