ジャックという悪魔
悪魔から解放されていつもの景色に戻ってきたケイは思わず呟いた。
「もう、夜じゃないか…」
精神的に相当疲れたケイはすぐにでも休みたいとまっすぐ家に向かった。家への帰路を歩いていると前方に人影が見えた。
「ケイ…君?」
「ハル?」
ケイが前方の人影がハルだと気付いた瞬間、彼女はケイの胸に飛びついた。
「よかった…ケイ君まで失っちゃうのかと…私…私がしっかりしてないから…」
ケイは自分の胸の中で彼女が泣いてる顔を見ると途端に悲しくなった。
「ごめんハル…イノシシに追い回されちゃって、気づいたら道に迷ってたんだ、でもハルのせいじゃないよ?だから泣かないで」
(俺は…この子をいつも悲しめせるな…)
自虐気味にそう思っていたケイの胸の中でひとしきり泣いたハルはケイの体を確かめ始めた。
「うん、怪我はないみたいね、よかった…」
気づいた時にはケイの手首についていた痣も無くなっていた。
『ケケケ、誰がイノシシだ』
家に帰ったあと、ケイは帰ってきたゴートおじさんに死ぬほど怒られて、死ぬほど抱きつかれて、死ぬほど泣かれた。ゴートおじさんや村のみんなが一日中自分を探してくれていたという事実に、ケイは自分の幸せを感じ、そして心配をかけたことに申し訳なく感じた。
「お前のせいだぞ…」
ケイは何かに向かってそうつぶやいた。
ケイの失踪事件で遅くなった夕飯の最中、ケイはゴートおじさんから森の中で起こっていた動物たちの変死体の話を聞き、そしてしばらく注意しろろと言われた。
「ご飯の時に言わないでよ!」
ゴートおじさんは娘と嫁に怒られていた。
『それは俺の仕業だナァ』
「お前…ふざけんなよ…」
ケイがそう呟いた。
「ん?ケイ君何か言った?」
「あ…いや、なんでもない」
現在、ケイの横には小さな、マスコットのような悪魔が立っている。いつものサイズで四六時中付きまとわれるのは視界的にウザいとケイに注意された悪魔が愚痴をこぼしながら姿を小さくしたのだ。
悪魔の話によると、自分から姿を見せようとしない限り悪魔の姿は召喚主以外には見えないらしい。現在、悪魔の姿はケイ以外には見えていない。
『悪魔の食事は生物たちの負の感情なんだゼェ、むごい殺され方をした動物たちの嘆きは美味なんダァ、特に人間の負の感情なんて最高だゼェ』
悪魔のその言葉にケイは頭を抱えた。
食後、ゴートの家に用意された自室でケイは現状の整理をしていた。小型化した悪魔はケイのベッドに横たわっている。
『ケケケ、地球…日本カァ、平和ボケした人間どもがウヨウヨいやがる、一度でもいいから言ってみたいゼェ』
悪魔は契約を交わした後、ケイの魔力だけでなく、ケイの記憶も手に入れた。自分が見たことも聞いたこともない世界が存在したことに相当興奮しているようだ。
「お前みたいなのが地球にいなくてよかったよ…」
悪魔にとってケイと契約したことは、全てがメリットというわけではない。契約上、ケイが死ぬまで自分の力を貸さなくてはならないし、何より好き勝手できなくなったのだ。今までは誰からも召喚されることなく自らの力でこちらにきたから動物を殺したり、ケイを捕らえたりと好き勝手できたのだが、ケイと契約した以上、ケイを通さないとこちらの生物に干渉できなくなった。つまり自ら生き物を殺すことができなくなったのだ。現在のこの悪魔はそんなこと気にしている様子もないのだが…。
「っていうかお前の名前ってなんなんだよ」
『ケケ、お前には俺と慣れ合う気はないと思ったんだがナァ、名前なんて聞いたら愛着が湧いちまうゼェ?』
悪魔のその言葉に、お前に言われなくてもわかっているとケイは顔をしかめるが
『…そうだナァ、悪魔にとって実名を教えるのは危険な行為だからナァ、【ジャック】とでも名乗っっておこうカァ』
「ジャック…」
ジャック、と名乗ったこの悪魔によると悪魔にとって名前の力というものはとても大きく、実名を知った人間と魂の繋がりができてしまうそうだ。その繋がりはどちらかが死ぬ時える【契約】という繋がりよりもかたく、死後にも続く面倒なものようだ。
ジャックは背中にはえた小さな羽をパタパタと動かし、ベッドに腰を下ろしていたケイの頭に乗って尋ねた。
『ところでケイ、お前はこれからどうするんダァ?俺様が力を貸すんだ、今のお前はなんだってできる。このフィルロード王国を蹂躙することだって、いや、この世界を征服することだってできる。どうせ俺様はお前の一生に付き合わされるんダァ。どうせならでっかいことをしようゼェ。今の俺様は最強だ、最強の魔力に世界を超えた知識だって手に入れた、これからのことを思うと期待で死んじまいそうだゼェ』
「俺は…ハルを救いたい…だから…」
『…わかってるって。だがな、ケイ、今のお前は以前のお前とは違うんだ、もっとわがままになれヨォ、明日から俺様がお前が見たこともない世界をたくさん見せてやるからヨォ』
悪魔のお得意の誘惑だ、ケイは頭ではそう思っていたものの、心の奥底ではどこか期待のようなものを感じていた。
(俺の知らない世界…俺は…なんだってできる…)
そんなケイの頭上でジャックは笑っていた。
翌日、ゴートとハルは喧嘩をしていた。おばさんはやれやれといった感じで食器を片ずけている。
「だから、私は他の大人たちより強いのよ!?いつも通り狩りに行かせてよ!!」
「ダメだ!確かにお前の中身は女らしさのない、悪魔のようなやうだけど!一応は女なんだ!今日はケイと俺に任せて母さんの手伝いをしてなさい!」
「一応ってなによ!っていうかケイ君も外に行くの!?危険よ!昨日あんなことがあったのよ!家でママの手伝いでもしてなさい!」
そうハルに言われたケイは狼狽えてしまう。
「だあああ!お前も残るんだよハル!パパのいうこと聞きなさい!」
そんなときケイの肩に乗っていたジャックがケイに微笑んだ。
『ケイ、お前はハルが抱えているものをなんとかしたいんだロォ?』
「ゴートおじさん、ハル!」
突然呼ばれた二人は言い合いをやめてケイの方を見る。
「俺が狩りに行くよ」
「「?」」
「魔法が使えるようになったんだ」
「「「へ?」」」
ケイのその言葉には思わずおばさんも手を止め三人で間抜けな声を出してしまった。