契約
「グッ…グワアアアアッ…ッグ」
自分の死を覚悟したケイの前でその悪魔は突然苦しみだした。ケイは予想だにしていなかった悪魔のその行動にさらなる恐怖を感じていた。
(なんだよ…何してんだよこいつ…もう殺すなら殺してくれよ…)
ケイは泣きながら目の前で苦しみ、のたうち回っている悪魔を見つめていた。
「グッ…クッソ…やはり俺様の力だけでこの世界に居座ることは不可能なのかヨォ…」
悪魔が苦しみながら口にしたその言葉の意味を、ケイには理解できなかった。
「おい!!ケイ!!!」
突然自分の名前を呼ばれたケイは萎縮してしまう。
「おい!聞いてんのカァ!?」
「な…なんだよ…」
恐怖に襲われながら、なんとか言葉を絞り出したケイに悪魔はこう告げる。
「いいか?よく聞け…ケイ、俺様はこの世界に存在するはずのない、お前の正体を突き止めるためにわざわざ会いに来た…」
自分の存在が否定されたケイであったが、彼には悪魔のその言葉の意味がわからない。
「お前という異端の…遺物の存在を確かめた後は他の人間を殺しまくって、こっちの世界を満喫するつもりだったが…」
自分が殺された後、この悪魔はハルを襲いにいく、その事実を思い出したケイは再び強く抵抗を始めた。
「暴れるナ!!!!ケイ!!聞け!!!今からお前は…俺様と契約しろッ!!!!」
その言葉に驚いたケイであったが、徐々にその言葉を理解した。
「契約…?悪魔と…?冗談じゃない…悪魔なんかと契約したら俺の命がどうなるかわかったもんじゃない!!」
ケイはこの世界の悪魔について何も知らないが、前世での知識からそれが危険な行為であると理解していた。
「黙れ!!!」
そう叫んだ悪魔の顔は、ケイが見てきた中で一番恐ろしい顔であった。
「俺様も切羽詰まってんだヨォ…、気を抜いたらすぐに体が滅んでいまいそうだ…自力で魔界に帰れればいいんだが…今のままでは厳しいんだヨォ…」
そういった悪魔の体は確かに、先ほどより薄くなっている。悪魔は鋭く尖った爪をケイの喉元に突きつけた。
「悪魔は契約の際には嘘はつかネェ…俺様が求めるものはお前の魔力、そして知識…そして俺はお前が死ぬまでの間、俺の力の全てを貸そう。これは対等な取引だ…」
ゼェ…ゼェ…と息を切らしながら告げたその悪魔にケイは今まで生きてきた中で一番の勇気を振り絞って、笑いながらこういった。
「断る…道ずれだ…殺すなら殺せよ」
その言葉に驚きを隠せない悪魔であったが、すぐにケイに笑い返してこう言った。
「いいのカァ?今の俺様でも…死ぬ時にここら一帯、巻き沿いにできるんだヨォ…お前の大事な人間もみんな死ぬんだヨォ…」
それはハッタリであった。実際、悪魔にそんな力は残っていない、本当にギリギリの状態であった。しかしその言葉はケイの心を大きく揺さぶったのだ。
(ゴートおじさん…おばさん…村のみんな…ハル)
ケイの頭の中にたくさんの人々の顔が浮かんだ。悪魔はそんなケイの気持ちを見逃すわけがない。
「さぁ選べケイ!このまま村中の人間を道ずれにするカァ!それとも俺様の力を手に入れて最強の魔導師になるカァ!」
(最強の魔導師…)
村のみんなの命を天秤にかけられ、もはやケイの選択など決まっていたが最強の魔導師という言葉に大きく心を揺さぶられた。
(力があれば…ハルが背負っているもの…ハルに押し付けたものを全て肩代わりできる)
そうしてケイは精一杯悪魔を睨みつけてこう言った。
「村のみんなには手を出さないんだな?」
「あぁ、悪魔は契約の際には嘘はつかネェ」
「…契約する。お前は死ぬまで俺の言いなりだ!」
悪魔はニヤリと笑みを浮かべてこう言った。
「契約完了だ」
この世界では悪魔の召喚、契約が禁止されている。
人間よりもはるかに優れた悪魔は自力でこちらの世界に来ることは普通ならできない。魔界とこちらの世界では流れている魔力が違うのだ。当然両者の体内に流れる魔力が異なり、無理に悪魔がこちらの世界に来たとしても異なる魔力に押しつぶされて死んでしまう。
召喚された悪魔は契約により、人間の魔力をもらいこの世界にとどまる。その間悪魔はその力を召喚主に貸すのだ。召喚主が死ねば召喚された悪魔も強制的に魔界に帰されるのだが、悪魔の力を借りた人間による被害は尋常ではない。
そこで魔法協会は悪魔の召喚魔法を非公開にして、召喚、契約したものは一族に渡り極刑という規定を定めたのだ。
しかし、そんなことを知らず一人の田舎の少年は悪魔と契約してしまった。
それも人間ごときが召喚することのできない、最強の悪魔と。