パッチもン
1990年代爆発的にヒットしたたま○っちをご存知ですか。私が小学校低学年の時に流行っていたのを覚えています。回りの子は、皆持っていました。ただ私は、母子家庭ってやつでそんなおもちゃを買って貰えるなんて思ってもいませんでした。なので、欲しいとも言ったことなかったのに、おじいちゃんが買ってきてくれたときは、びっくりしましたよ。まあ、偽者のやつだったんですけど…でも、嬉しかったですよ、その優しさが。そして、私はあることに気付き、偽者だと友達に馬鹿にされようがおじいちゃんが本物を買ってきても、私はその偽者の子と遊び続けました。でも、案外お別れは早く来てしまうのでした…
いきなりで恐縮です。私はパッチもンのハゲちっちというもんです。はい、皆さんが困惑している顔が目に浮かびます。知らないのも無理ありません。私はいつか流行ったた○ごっちのパチもののパッチもんというゲームで、見た目がそのた○ごっちとそっくりなもんですから、当時のお父さんやおじいさま方が娘の為にと間違ってパッチもんを買われて、プレゼントされることが多々あったようです。もちろん娘さん方は本物のた○ごっちが欲しいものですから、貰った途端に
「これ、偽物。いらない」
と捨てられておりました。そんなゲームのキャラクターで、さらにただ禿げたおっさんの顔に手だけが生えた気持ちの悪いみてくれの私のことなんか、誰も知らないのも無理はありません。ただ今回、私が皆さまにお話したかったのは、実はちょっとした自慢をしたくてなんです。
そもそも、私どもの存在について説明させてもらいますと、皆さんの認識でいうところの妖精みたいなものになります。確かに私はデジタルな存在なんですが、そのデジタルな存在でさえも持ち主が愛情深く接して頂くと、私のように自我を持つことができます。もちろん人間の方にはそれを認識するとこはできません。私は持ち主の方が、私を愛情深く育てていただけたために、こうやって自我をもつことができました。しかし、人の記憶というものは消えていくもののようですね。実はいくら自我を持てたキャラクターも持ち主の記憶から消えてしまうと、ホールという世界に行くことになるのです。そこがどんなところか知人から聞いた話では、何も無いところということでした。私は何匹もホールに召されるキャラクター達を見てきました。私なんていつお迎えがきてもおかしくないため、常時覚悟していました。しかし、私にはお迎えが来てくれませんでした。いや、我々ような者からしたら冥利につきることなんですが、さすがに私自身もここまで忘れられないものなのかと疑問に思っていました。もしかしたら、持ち主にも忘れられ、お迎えに来て頂ける方々からも忘れられているのではないかと不安もありました。そんな落ち着かない感情を持ちながら私は、暗い世界の中で何年も待ち続きました。持ち主との楽しい思い出を何度も何度も思い返しながら。
持ち主との記憶は、私が自我を持ちはじめてからになります。持ち主はおさげの似合う小さな少女でした。その少女は私がお腹が空いたというサインを出せばご飯を与え、部屋が汚くなれば掃除までしてくれたり、ミニゲームをして遊んでくれました。時には少女からお母様に怒られたことや友達と喧嘩してしまったことや、テストでいい点数を取ったことを私に話してくれました。そうだ、少女が学校に私を持っていった時、先生にばれてしまい私が没収されたことがありました。その時の先生は、とても凄みのある方で謝りに来るまで私を返しませんなんていうもんですから、あぁ私このまま少女とは会うことは無いだろうと内心思っていました。その少女は、ちょっと内気な性格で、時折私に話してくれる中で、その先生のことが苦手だというのを話してくれていたので、多分このまま先生の机の中で忘れられるんだろうなと思っていたのです。しかし、その思いとは裏腹に少女は、その日の放課後に先生のもとに泣きながら謝罪に来て、私を返して欲しいと懇願してきたのです。おかげで私は少女の手元に帰ることができました。いやぁこの時はすごく嬉しかったんです。手元に戻って来れたことじゃなくて、少女が勇気を出してくれたことにです。人間とは成長できる生き物とは知っていましたが、こうも早く成長できるものなんですね。感心しますよ。その時くらいからですかね、少女の少しの成長が私の楽しみになっていきました。
それから、少女がもうすぐ3年生になると言い始めた頃、急に私の回りの世界が真っ暗になったのです。もう迎えが来たのかと思ったのですが、どうやら故障してしまったようです。原因は不明。そりゃ安物の偽物ですから大事に使ってもらってても、ガタがくるのはしかたありませんよ。深い海の底の世界にいるような感覚になり、耳を澄ませば遠くに少女の笑い声とか泣き声が聞こえてくるような気がしていました。
それからどれだけの月日が経ったのかわかりません。暗い世界で少女の笑い声も泣き声も全然聴こえなくなっていました。そのころには私は目を閉じていました。この状態こそ話しに聞いたホールという場所ではないか、いつしかそのように考えるようになりました。しかし、ホールには何もない場所ということは、そこには希望も期待も無い世界ということですからそこに行きたいとも思いませんでした。もう一度少女の顔を見たいそんな希望と期待は持っていましたから。
目を閉じ、いつか少女の顔を見ることを期待して、待ち続けてる私の瞼に久しぶりの光が入り込んできました。あぁこれがお迎えかと思い、ゆっくりと目を開きました。私の目に映ったのはどこか見覚えのある女性の顔でした。そこにいた女性は真珠のように純白のドレスを綺麗に着飾って、私に微笑みかけていたもんですから、女神か天女かと思いましたよ。私は我にかえり、気付きました。この女性はあの時の少女だと。こんなにも綺麗な女性になったのか、どんな経験をしてどんな思いで生きてきて、何を見てきたのか、何を夢見てきたのか、嫌いな人参は食べれるようになったのか、なぜ今まで私のことなんかを忘れないでいてくれたのか、一瞬で色んなことを頭の中で考えました。早く私に語りかけて欲しいと思っていると、女性は
「本当に直った。良かったぁ。私のウェディングドレス姿を君にも見せたかったんだ。綺麗でしょ。」
と語りかけ、ふふっと微笑むのです。
その姿があまりにも綺麗で私の頭の中は払拭されました。頭の中をすっきりさせた私は周囲を見回しました。ここは、少女と過ごした家の中ではないことはわかりました。女性の隣には白いスーツを着たハンサムな男性と黒い和服を着て、大きめの写真を前方に向けて抱えている女性が一人、少し離れた場所に青い作業服の男性の計三人確認できました。青い作業服の男性は私のことが見えてるかのように睨んできたので、黒い和服を着た女性が抱えてる写真に目を向けました。そこに写ってた人物を見て私は驚愕しましたよ。だって、私と瓜二つの男性が写ってたんですもん。なるほどそういうことだったのかとわかり始めた時、女性が口を開きました。
「ほら、見てやっぱりそっくりでしょ?死んだお父さんと。」
やはりそうだったのかと確信しました。それから彼女はこれまでのことを話してくれた。
彼女のお父様が亡くなられたのは彼女が小学1年生の時だそうで、毎日のように泣きわめいていたようです。そんな彼女を見かねて彼女のお祖父様が私を買ってきたようなのですが、やはり偽物だと一目で気付いたようなのですが、お祖父様の優しさに答えたくてとりあえずやってみたところ、死んだお父様と私がそっくりだっため、ついつい遊んでしまっていたようです。彼女いわく見た目もそっくりで仕草もなんとなく似ていたもんですから、お父様が小さくなって会いに来てくれたと喜んだらしいです。それからはずっと、かた見放さず私を持ち歩き、時には先生やお母様からお叱りにあったことも微笑みながらお話ししてくれました。私と出会ってから寂しさも忘れ、3年生に上がる頃に私が故障してしまい、私と出会うことが出来なくなり、寂しい思いが再び蘇ってきたことそれでも、いつかまた出会えると信じて、机の中に大事に私をしまっていたそです。それからは自分で寂しさを乗り越えて、前向きに彼女なりに生きてきて、1年前にそこにいる男性からプロポーズを受け、本日結婚式を開くことになったようです。しかし、私にもウェディングドレスを見せたいと思っていたところ、一昨日、作業服を着た男性が家に訪れてきて、壊れているポケットゲームあれば無料で修理しますよと言われ、めちゃくちゃ怪しんだようですが、修理して欲しい物はあるが、今は持っていないため、結婚式の時に母親に持ってきてもらうからその時に修理してくれと頼むと、作業服の男性は快諾され去っていかれたようです。とりあえず半信半疑のまま、壊れた私をお母様に持ってきてもらい、ウェディングドレスに着替え終わったころに、作業服の男性が訪れてきたのでとりあえず、私を修理してくれと頼んだところ、作業服の男性は電池のフタをあけて、新しい電池を入れた。そんなことなん十回と試したと彼女は作業服の男性に言おうとしたところ、ピロンっと音がして私が画面に映し出されたようです。
彼女が話しを終え、私はなんとも言えない感情を持ちました。人間であれば涙というものがあるようですね。感情が昂ったら目から水分が溢れてきて、少しだけ感情を慰めてくれるものだと私は認識しております。しかし、私にはそんな優れた能力を持ち合わせておりません。この昂った感情を現すためには、大きく何度も跳び跳ねてみせることしかできませんでした。そんな私の姿をみて、彼女は
「なんか楽しそう。祝福してくれてるのかな。ありがとう。」
と涙を浮かべながら、微笑むのです。違うよ、いや祝福もしてる。けどそれ以外にももっと伝えたいことが沢山あるんです。感謝も謝罪も私の感情全てを伝えたいのですが、跳び跳ねるだけじゃ伝えられないもんのですよね。もし、私に涙を流す能力があれが少しは彼女に伝えらたのでしょうか。私がにんげんだったら。しかし、無い物ねだりはいけません。私は目一杯跳び跳ねて見せるのでした。そんなとき、スーツの男性が
「もう時間だ。行こう。また終わったらお話しようよ。」
と彼女の肩に手を置きました。彼女は静にうなずき、私に背を向けました。私は何となく悪い予感がして、ドアに向かって歩く彼女に対して、ピロンと音を鳴らしました。彼女は振り返って私にニコっと笑ってドアを開けて部屋を出ていくのでした。多分もう会えないかもと思い。
しかし私は、まぁこうして直ったことだし、また彼女と楽しい日々が続いていくのだろうと安易に考えていたところ、急に
「おい。こっち見ろ、ハゲ。」
と作業服を着た男性の方から聞こえてきました。反射的にその方向に目を向けると、腕を組み私を睨んでいる作業服の男性がいました。皆様部屋から出ていったのかと思っていましたから、びっくりしたのですが、それよりも私に話しかけてきたことにびっくりしたのです。まさかと思ったところに、
「お前に話しかけてんだよ。いいか、お前に伝えなきゃなんないことがある。一回しか言わない。心して聞け。」
とぶっきらぼうに話します。やはり私に話しかけてる、しかも私の存在を確信を持っているように。言われてみたら、この男性には不思議なところがいくつもあるんですよね。電池を変えただけで私を修理したこととか考えたら、そんなことあるのかと疑問に思っていたところ
「俺は神様の使いだからな。それとなく自然な流れでお前の前に現れてやったのだ。」
と神様の使いは顎を少し上に上げて言うのです。なるほどと自分を納得させ、心半分で聞くことにしたのですが、実はここからが私の自慢なんです。神様の使いは続けて
「単刀直入にいうとお前を転生させることにした。しかも、さっきの二人の間の子供にだ。あの二人はもうすぐ子供を宿す予定だ。その子供にお前を転生させようと神様が言うのだが、お前の意思も尊重したいとのことで、こうして俺が出向いたのだ。さあ、どうする。」
いやいや、何をおっしゃってるのやらと思っていると
「まあ、何言ってんのかわからないよな。こんなこと、今までにないことだ。俺もよくわからんからな。とりあえず転生するしないにもどっちにしても条件がある。」
と説明してくる神様の使いですが、何分説明下手なので私が要約していくつかの条件をいうと
・転生する際は、今までの私の記憶やら感情やら全て消える。まあ、そりゃそうでしょう。
・転生しても、私の存在は彼女の記憶から消えない。それは、彼女次第ではあるようです。
・転生しないとすれば今まで通りだが、またいつ故障するかはわからない。古いし、作りも雑なんで致命的に壊れたら修理の仕様がないため。
と、まあこんな感じです。正直こんなこと自分でも信じられなく、その神様の使いに伺ってみたところ、
「俺も神様に聞いたんだ、なぜこいつなんですかってね。そしたら『いや、なんかこの二人の関係っていいなって思ってね。』っとしか言わないから、俺も諦めてこうやって言われた通りに動いているわけよ。で、どうすんの?」
そんなこと決まっているじゃないですか、転生するの一択と決まってるでしょう。正直すごくないですか。神様が私らの関係を認めてくれて、私を人間に転生させてくれるんですよ?そりゃ、今までの記憶は無くなるのは寂しいかもしれませんが、私の記憶なんて人間になれることに比べたら、ちっぽけなもんですよ。これが私の自慢です。私は史上初デジタルのキャラクターが人間に転生する存在なのです。
私は今から神様の使いに転生したいことを伝えます。
長いなこいつ、まあこんなこと初めてのことだし、迷うのも無理ないか。俺はあんまり待たされるのは好きじゃない。しかも今回は正直よくわからん仕事内容だし、早く切り上げて家でゆっくりしたいんだけど、今回ばかりはもう少し、考えさせてくれと言われてもそうさせるしかないかな。とりあえず、睨んでおくかと目をあのハゲに向けたらあのハゲが
「転生させていただけませんか。」
と申し訳なさそうに俺に言ってきた。再びその意思を確認するのも面倒だったんで、俺は黙ってハゲの上に手をかざした。転生させるためにはこうした状態を五秒ほど維持して力を送る。1、2、3心の中で数えていたところ、俺は思い出してしまった。転生させるための条件を一つハゲに伝えていないことを。俺はあっ、と言って慌てて手を引こうとしたが、時既に遅し。不安そうな顔をしてハゲはゲームの画面からスーっと消えていった。
やってしまった。まぁ本来なら、その条件を満たすためにアプローチするのはルール違反だが、自分がしたミスであのハゲが可哀想な目に遭うのは気が引ける。ここは俺がそれとなく、アプローチしてやるか。おっ、そう思っていると早速あの花嫁が来た。
「もうこのゲーム動かないので、ぶっ壊したらどうですか。」
と言って花嫁に金槌を差し出した。
そう。その条件というのは、ゲームの本体を花嫁にぶっ壊させること。こんな古くて、ちんけなもの、動かないと解るとすぐにぶっ壊すだろうと思っていた俺は、この行動は完璧だと思っていた。実際、動かないと分かれば、すぐぶっ壊すもんだと思っていたから、あのハゲにもこの条件を伝え忘れていたんだと思う。
俺は金槌を花嫁に差し出し、どうぞと目配せした。すると、花嫁は金槌を受けとる素振りを見せず、その美貌に似合わないほどの怒った表情を見せ
「何でそんなこと、あなたに言われなきゃなんないですか。」
と花嫁は言った。いや、あの…と、これは軽い感じでは収まらないなと察した俺は必死で頭の中でちゃんとした弁明を考えた。続けて花嫁は、
「直してもらったのは、感謝します。ただ、もう動かないと何であなたが決めるんですか。それに、動かないからって何で壊さないといけないんですか。例え、見てくれも悪い何の役にも立たないものでも私にとっては宝物なんです。今回もしも、直らなくてもこの子はここに持ってくる予定だったし、今後も私の宝物としてとっておこうと思っているんです。それをあなたから簡単に壊せって言われる筋合いはないでしょ!」
と端からみれば、ヒステリックに見えるほどの声量で俺に言ってきた。ただ、こういった感情を出すのは慣れてないのだろうということは俺にも伝わった。
よくよく考えたら、この花嫁のこのゲームの執着心はただならぬものがあった。それがあったからこそ、こういったことになってるんであって、俺の行為は軽率だったことを思い知った。これ以上俺に出来ることはない。それにあのハゲに伝えていようが伝えなかっただろうが、この花嫁がゲーム機本体をぶっ壊さなければ意味が無いのだ。多分、どうしてもこの花嫁はこのゲーム機をぶっ壊すことは無かったと思う。ん、でも、もしこうなることをあのハゲが分かってたら、あのハゲは違う決断していたのでは、もう少しじっくり考えていたのではと引っかりを持ってしまった。
俺は、じゃあ後はお好きにと言って立ち去ろうとも考えた。しかし、どうしてなのかわからないが、
「あいつのため、あなたのためなんです。」
もうこれ以上のことは言えない、意味深に言ったからか、花嫁も怒りの表情が消え、ポカンとした表情に替わっていた。二人の間には沈黙が生まれていた。俺はこのままこの場を立ち去ろうと思い、いつの間にか下がっていた頭を上げた。すると、花嫁が入ってきたドアのところに花嫁の母親が口角を上げただけの笑みを浮かべて立っていた。俺に対して向けた笑みなのかわからなかったが、その笑みは俺をそこに立ち止まらせた。花嫁も母親の存在に気付き、ゆっかりと母親の方に首を向けた。それと同時に母親は歩きだし
「あら、もうそのゲーム動かないの?残念ね。」
と花嫁に近寄ってきた。
「もう動かないのなら、捨てちゃおっか。これ。」
と母親はゲーム機を掴み、花嫁に向けた。驚いた花嫁が、でも、というのを遮るように母親は続けて
「なんだか、わかんないけどもう動かないのでしょ。さっきまでは動いていたのに、おかしなものね。」
上がっていた口角が下がり、母親は花嫁に背を向けた。
「私ね、あなたがこのゲームを大切にしてるのをとても誇らしく思えていた反面、ちょっと心配もしてたのよ。だって、嫁入り前なのにまだこんなもの持ってるのって。だってそうでしょう、人様から見たらおかしなもんじゃない。私は事情も知ってるし、あなたがとっても優しい子だっていうのは、知ってるから理解できるのよ。きっと祐太郎さんもそこんところ理解してくれてるわ。」
母親はくるりと体を反転し、花嫁に体を向け花嫁と目を合わしてから、俺の方に体を向け、右手に持っていた金槌を手に取り
「お借りしますね。」
と、俺の返事の無いまま取り上げた。母親は、左手に金槌、右手にゲーム機を持ち、花嫁に近づいた。
「もしも、あなたが結婚するということの本当の覚悟とその意味をわかっているのなら、今ここで、これを叩き壊すの。本来、お嫁に行くというのは、嫁いだ先に一生全てを捧げることなのよ。今の時代にこんなこと言うのは間違ってるかもしれないけど、私のお母さんもそうやって来てたし、そして私自身もその覚悟を持ってパパと過ごしたの。まぁ結局、事故とはいえ私はパパを守りきれなかったんだけどね。」
そう言うと、母親は顔を下げ何かを堪えただろうというのが分かるほどの間をあけて、ぐっと顔あげまっすぐに花嫁に向き
「あなたが、これをパパと重ねて大事にしてきてくれたことは、私にとってはとっても嬉しいのよ。でも、これはもう動かないし、あなたはお嫁にいくの。中途半端な気持ちじゃ私は胸をはってあなたを送り出すことできないわ。私たちのことを心配してくれるのも大事にしてくれるのも、とても嬉しいけどあなたには、あなたたちの家庭を守ることだけを考えてて欲しいの。そんなに器用な子でもないでしょう、あなたは。」
花嫁は何かを思いついたように、フッと笑った。母親は、スッと金槌とゲーム機を差し出す。
「別にこれを壊して、パパを忘れろとかいうんじゃないの。何か形として思いを繋いでいかなくとももう十分よ。天国のパパもずっとあなたを見守ってくれているわ。」
花嫁は差し出された金槌を受け取った。母親はなぜか俺の方に顔を向けて、微笑む。よく笑う人だなと思いながら、俺は無言のまま花嫁たちのいる部屋を出た。俺は確信した。花嫁はまた一つ成長し、そして幸せな家族ってのを作っていくのだろうということを。
「ふーん。それが今回の仕事だったの。んで、神様には何て報告したの?」
「ありのままを報告したよ。ママに伝えたのと一緒。」
ここは、神様の住む天界。そこのある町のとあるスナックである。夜も深くなり、店内には男と店のママの二人きりだった。この男こそ神様に命を受け、ゲーム機に転生するかどうか聞いた使いの者である。神様の使いというだけあって、下界に降りてた時のように作業服ではなく、白色の神様の使いっぽい服は着ているが、頭の被り物を深々と被っているのは、変わらない。男は飲み過ぎているのか顔をさげたままだが、寝ている様子ではない。そして帰る様子もない雰囲気を感じとったママは、
「でも、これであなたも出世ね。出世してもこの店においでよ。」
「わかってんん…」
瞼が閉じかけてる、顔も全然あがらない。完全に寝られたら迷惑だ。しかし、ママはこの男がこうなった時の処置を心得ている。
ママは、スッーと息を吸い、男が頭に被っている物に手をかけ、
「起きろ!」
と言うと同時に、被り物を一気に男から離脱させた。すると、男はさっきまでの状態とは一変し、慌てた様子で被り物をママから奪い返し、瞬く間に深々と装着した。気のせいか先程より深々と被っている。
「やめてよ、ママ。」
情けなく力なく男はママに言った。
「偉くなるからって、店では寝ないでよ。それに、ハゲ、ハゲってゲームの子を言ってたけど、あなただって、それ隠したくてそれをお店の中でもずっと被ってるんでしょう。」
「うるさいな。」
図星だったのか、男はそれ以上の反論もなく、ショットグラスを口に運んだ。
「それで、ゲームの子は転生できたのかかしらね。」
「さぁ、俺は出来るだろうと思ったけどね。」
「男の人ってそういうところあるわよね。最後がどうなったのか気にならないのかしら。」
男は反論することなく、グイっとグラスに残ったお酒を飲み干し、アッーと唸り、ポケットからお金を取り、テーブルの上に置いて
「ごちそうさん。」
と右手をヒラヒラさせて店を出ていくのであった。
「神様、定期の報告がこちらです。」
ドンッと机の上に置かれたのは、山積みに積まれた書類の山であった。新しく積まれた山の横には同じように積まれている山がいくつもあった。
「えーもう無理だよ。」
「あなたが、仕事ほったらかしにして、遊んでるからでしょ。神様なんだからちゃんとしてくださいよ。それに、神様の突然の思い付きについては、我々はほとほと呆れているんですよ。以前の件だって我々がどれ程、頭を抱えたか。それに上手くいったから良かったものの。本当にいい加減にして欲しいもんです。」
フンッと鼻息を吹き出させて、使いの者は部屋を出ていった。
ガバンッと勢いよく閉められたドア、呆気にとられた神様の前に、ドアの風圧で山積みの書類の中から巻き上げられた2枚の書類がふわふわと降りてきた。神様は二枚の書類を手に取り、
「うん。やっぱりこの二人てか、三人なのかな。本当に面白いな。まさに神のイタズラだね。瓜3つ。…プククッ」
と肩を震わせ一人で笑う神様なのでした。
実際にあのキーチェーンゲームが流行しているなかに何とも言えない偽者が蔓延していたような気がする。うろ覚えで申し訳ないですが、何かワゴンセールだったり、投げ売りみたいなのが行われていた気がします。それが、本物だったのか偽者だったのかわかりませんが。さて、今の時代、何もかもがリアルで現実とバーチャルだったり、現実と色んな世界に境界線が曖昧になってきている気がする。私が物心ついた頃は、まだまだはっきりしていたその境界線は私の想像力を育ててくれたと思う。スパルタ的に。今の子供たちは、その世界でどのような感性をもつことになって、どんな物語を作っていくのか。その頃には年老いてる私にはついていくのはやっとだろうな。正直に言って歳を取るのは嫌だな。