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リング(2)

 上空から見た生家は目を覆いたくなるほどの惨状だった。

 あの日のまま、時が止まったように赤いとんがり屋根が大地に沈み込んでいた。


 教会のすぐ側の野原に飛空船が着陸する。


 一番に跳び降りたアリューシャが自宅の裏手に回り込んだ。

 

「良かった! 離れは無事だわ!」

 木製の階段を上り、ドアノブを勢いよく回すが鍵が掛けられていて空回りする。

 横にある診察室の窓も鎧戸も閉じられていた。


「アリューシャ! 鍵は持ってないのか?」

 キーファを背負ったジャンが声をかける。


「たぶん鍵はグラートが持ってるはずで……」

 

「……アリューシャ、どいてな!」

 ルカに肩を借りていたカサンドラが、体を引きずるようにして扉の前に立った。


「下がって」

 アリューシャにそう言うと、左足を軸に体を思いっきり回転させ右足でドアを蹴破った。



「……!!」

 痛みでうめき声すら出ない。脇を押さえながらカサンドラが顔を歪ませる。


「ねえさんスゲー」

 キーファをおぶったジャンが呆けた顔でカサンドラの荒技を賞賛する。


 明るい日が差し込むと、診療所の中を舞う埃が反射して光の筋を作りだす。

 

「キーファさんを奥の手術室へ!!」





◇ ◇ ◇ ◇

 淡い光が溢れる真白な世界を、翠色の体に青く長い尾が伸びる小さな鳥がスイスイと飛び回る。

 キーファはその鳥を、眩しそうに目を細めて眺めていた。


(そっか。オレ……もう一人じゃ無いんだ)


 小さな手をのばすと鳥がフワリとキーファの肩に止まった。

 

 チチチと鳴き声を出し、顔を首筋にすり寄せて来る。

 その喉元を指で触ると柔らかい綿毛に触れる。


 鳥がまた翼を広げるとキーファの肩から飛び上がった。


 キーファの周りをまた何度も飛び回ると、次第にその輪は大きく広がる。


 くるくると鳥を目で追うキーファが不安になりもう一度手を伸ばす。


(おいで!)



 しかし鳥はその輪を更に大きく広げてしまうと、キーファに尾を向けて光の方へと飛び去って行く。



(待って! 待ってよぉ! オレをおいて行かないでよ!)


 幼いキーファが泣きじゃくりながら青い鳥の後を必死に追いかけた。



 キーファ……


 キーファ……


 真っ白い空間に声が響く


 

 この声……

 キーファが辺りを見回す


(ねえ! 誰!? オレのこと知ってるの?)


 目元を腕でぐいぐいと一生懸命拭いながら、大きな声を出す。


(ねえ! 誰かオレの小鳥を捕まえてよお!!)



 キーファ……



 小さな風がキーファの前髪をゆらす。


 甘く優しい香りがしてキーファを白い腕が包み込んだ。



 キーファさん

 もう大丈夫ですよ


 その白い腕の向こう側に手を伸ばしてキーファも何かを抱きしめた。



 俺は知ってる

 この匂いもこの柔らかさもこの温もりも――――




「キーファさん……?」


「……あ……アリュー……しゃ」

 キーファの伸ばした手をそっとアリューシャが両手で包み込む。


「気がつきましたね。もう大丈夫です」

 

「夢じゃ……ないよな?」


「夢じゃないですよ」


 それを聞くとアリューシャの手の中からキーファの手が離れ、ふらふらと空中を動く。


「キーファさん?」


 その手がアリューシャの白い頬まで来るとむずんとつまんだ。


「ほんとに痛いか?」


「だから夢じゃないですゅって。痛くはないけど」

  

 笑顔を見せたアリューシャが自分の頬にあるキーファの手を両手で包み込んだ。目をつぶると愛おしそうに唇を寄せ、深く息を吸い込んだ。まるで温もりを確かめるように。


「キーファさんが無事でよかったです」


 キーファの胸に今までの全ての感情がなだれ込んだ。


(無事で良かった……)

 細い声で呟くと左手をアリューシャの首に回し引き寄せた。


 アリューシャの体重がかかると背中に痛みが走る。


「痛って、やっぱ夢じゃないな」

「当たり前ですよ。動かないで下さい。傷口に障りますから」


「ドラゴンストーン……?」

 キーファが視線を落として呟く。


「どうしてわかったんですか?」

 驚いたアリューシャが、キーファの顔を覗きこむ。


「なんとなくな」


「すみません。キーファさんホワイトアウト起こしちゃってて、それで仕方なかったんです」

 

「わかってるよ」


 キーファが柔らかく微笑む。

 その目には切なさと喜びと悲しみがない交ぜになった色あいで浮かんでいた。


 それでも――――

 何を失ってでも一番大切な物が自分の手の中に還ってきたのだ。

 

「アリューシャ。もうどこにも行くな」


「どこにも行きません。キーファさん、ほんとにごめんなさい」


「謝るなよ。お前がここにいるならそれでいい」


 コンとキーファの顎に固い物があたった。


「これ……?」


「丁子石のペンダントです。キーファさんが取り返してくれてたんですね。ずっと握ってましたよ」


「ああ、でもこれは?」

 キーファが小さなリングを指で挟んだ。


「これは母さんと……父さんの形見の指輪です」


「言ってた指輪か。綺麗な碧色のストーンだ」


「……そうでしょ?」


 アリューシャの蒼い瞳に涙が揺らめいた。


「いつか……」

 キーファが指輪から目を上げた。


「はい?」



「いつかこれをアリューシャの薬指にはめさせてくれるか?」

 静かな黒い瞳がまっすぐにアリューシャをとらえた。


 驚いたアリューシャが、ほどけたように笑顔を見せると涙がするりと頬を伝った。


「……はい」


 アリューシャを引き寄せ頭を上げようとしたキーファがまた痛みに一瞬目を瞑る。

 そのかわりに、キーファの顔を覗き込んでいたアリューシャがベッドに手をつき身を乗り出した。

 

 ゆっくりと顔を傾け瞳を閉じる。


 シャランと指輪のチェーンが下がり、アリューシャとキーファの間で乳白色のペンダントに絡みついた。



 窓から見える蒼穹では白く美しい鳥が円を描くように羽ばたいていた。




 ――完――

皆さま最後までお読みいただきありがとうございました。


本編はこれにて完結いたしますが、おまけとして騎士団のその後を描いた『カサンドラ=ネイルの憂鬱』、アリューシャとキーファのその後を描いた『windfall』を今後続き部分で公開いたします。超短編ですがそちらにもよければお付き合いくださいm(__)m

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