リング(1)
海岸線に向かって4人は山を下った。朦朧としているキーファにジャンが手を貸し、坑内から脱出するために力を使い果たしたカサンドラをアリューシャが肩で支えていた。
「確かこの辺に……」
ジャンが海岸線を見回す。しかしどこにも乗ってきたマラカイトが見当たらない。
「ジャンさん、あれ!」
アリューシャが指さしたのは沖の方だ。
「クソ!! 波にさらわれてやがる!! 何でだ!?」
呼吸を荒くしたカサンドラがそれに答える。
「……団長の水だろうよ。あの縦坑には……潮の香がしてた。それに巻き込まれたのさ」
「どうする!?」
「シルヴィオが援護を出してくれてるだろうが……」
「それじゃ間に合いません!! キーファさんには時間が!」
「姐さんが岸まで飛ばすのは……?」
「今のあたしじゃ……ちくしょお!!」
カサンドラが言葉を吐き出す。
「そんな……」
ジャンの肩に腕を回していたキーファの懐にアリューシャが入り込む。
「キーファさん、聞こえますか?」
「……ア、リュー……」
なんとか立っていたキーファがそこで力尽きる。
「キーファさん!!!」
完全に意識を失ってしまった。
「やだ……! まだ待って下さい!!」
アリューシャの目からは涙が溢れ、キーファを抱きしめた。
「誰かーー!!!」
廃墟の島にアリューシャの叫び声が虚しく響き渡った。
「……アリューシャ……泣くのはおよし」
アリューシャはキーファの頭を膝に乗せ、腕に抱きながらむせび泣いている。
「アリューシャ……静かに。何か聞こえるんだよ」
「俺も聞こえる」
ヒタと泣くのを止めたアリューシャも耳を澄ます。
「プロペラの音だ!」
「シルヴィオかい!?」
太陽の方角からピカッと光を反射しながら小型の飛空船がこちらに向かって飛んできているのがわかった。
「マラカイトかい?」
ジャンが目を凝らす。
「いいや……民間機だ」
「他にも敵が!?」
カサンドラの言葉にジャンが飛空船に向けて手をかまえる。
「撃ち落とすか?」
3人が飛空船を仰ぎ見る。
「……待って下さい! あれって……」
船体に描かれた大きな文字がアリューシャの目に入る。
〈HAL〉
「ハース、エア、ライン!?」
『おぉい!! アリューシャ!!』
小型飛空船から聞き覚えのある声がする。
「ルカ!!!」
海岸線に着陸するとルカが勇んで飛び降りた。
「良かった! アリューシャ無事だったんだ!」
「ルカ!! どうしてここに!?」
「あいつから電話があってさ、なんだか慌てててアリューシャの事教えてくれなかったから、騎士団の無線盗聴してたんだ」
腕を組んだルカが得意げに鼻を鳴らす。
「キーファの奴大げさなんだよ……って、こいつ! なにアリューシャに膝枕なんか……」
アリューシャがルカの袖口を掴む。
「お願い!! 今すぐ船に乗せて!!」
涙声でアリューシャが叫ぶ。
ルカがキーファの顔を覗き込むとようやくその状況を察知した。
よく見るとキーファの顔は蒼白く、ぐったりとしていて意識を失っている。
「ど! ど! どうしたんだよそいつ!?!?」
「今すぐ飛んで!!」
ルカの飛空船に乗り込んだアリューシャがキーファの脈を確認する。
「ここで石は取れるかい!?」
「いいえ、ここじゃ無理です。設備が整っていないと」
アリューシャの手がキーファを失ってしまう現実を前に震える。
「どうしよう、どうしよう」
「アリューシャ! こっちを見な!」
カサンドラがアリューシャの肩に手をやり顔を向けさせた。
「落ち着いて考えるんだよ。何が必要か、どこへ行けばいいのか」
「必要なのは……器具と電気設備と薬と……」
「それはどこにあるんだい?」
カサンドラの言葉にアリューシャが冷静さを取り戻す。
「ここからなら……」揺れいていたアリューシャの瞳が一点集中する。
「ここからならレイテ村が近い……」
冷静さを取り戻したアリューシャが操縦席に座るルカに叫んだ。
「ルカ! お願い! レイテ村に飛んで!!」
――――どうかキーファさんをお守り下さい
アリューシャはキーファの手を握りしめたまま額に当て、祈りの言葉を囁き続けた。




