3. 日常から遠い場所(2)
食事の後ビアンテ親子は奥の居室に引っ込んだ。店の中は暖炉の火がそのまま焚かれキーファとアリューシャの二人が残された。
「私の事を誰かに話したんですか?」
「ああ、報告入れとかないとな」
少し目線を落としたアリューシャの顔を見てキーファが口を開く。
「俺たちの情報が外部に漏れることは無い。事情があって身を隠していたんだろ? それで団長の元に行こうとしていた。それなら何の問題も無いよ。暗号を使ってるから大丈夫だ」
気遣うような視線を向けるキーファの表情からは、今まで見せていた険しさが消えている。
きっとこっちの表情の方がこの人の本質なんだろうとアリューシャは思った。
「本船の居場所も確認したんだ。ちょうど団長も船にいる。団長は忙しいから……会いたきゃこっちから行くしかないんだ。大分移動しなきゃいけないが平気か?」
アリューシャはコクリと頷いた。
「よし、そんじゃとりあえず今日はもう休もう。明日出発だ。旦那がさっきの部屋を使っていいって。俺はここで寝るからさ」
キーファは昼間アリューシャが横になっていた窓辺の長椅子を顎で示した。
「それなら私が……」
「いいから。俺はどこでも寝れんだよ」
「ありがとうございます」
もう一度キーファに頭を下げると、肩下げのバッグを持ちアリューシャは二階へと上って行った。
翌日ビアンテはサンドウィッチを作って二人に持たせてくれた。宿泊に食事にと世話になったアリューシャは銀貨を出したのだがそれはビアンテに返された。
「こいつのツケにしとくから遠慮すんな」
そう言って笑うとキーファが大げさに嫌そうな顔をした。
それを見てルディも笑うと、つられてアリューシャも笑った。
そのアリューシャの顔を見ていたビアンテが急に眉を寄せる。
「おっちゃん心配になってきたよ。こんな可愛い子がこんなむさいのと二人きりで大丈夫かよ?」
「誰がむさいのだよ。むさいおっさんに言われたくねえよ」
「そこじゃねえだろ」
キーファがビアンテの言葉の意味を飲み込むとアリューシャの顔を見た。
「えーっと……どうする? ここで待機しといて他の騎士団に応援を頼もうか?」
それを聞いてアリューシャがプルプルと首を横に振った。
「できればキーファさんだけでお願いします」
アリューシャの顔は強張り、少し青ざめたように三人には見えた。
「よっしゃ! そんじゃ何かあったら俺がギタギタにしてやっから戻っといで」
ビアンテがあのほっこりとしたような笑顔を浮かべた。
「あのなあ!?」
ムッとしたキーファがビアンテを睨みつけた。ルディがケラケラと声を上げて笑う。
「そんじゃ……出発するか?」
キーファが声を掛けるとアリューシャは肩から下げたバッグの位置を整え頷いた。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
ビアンテ親子に頭を下げると丁寧にお礼を言った。
「気いつけてな」
「お姉ちゃん、元気でね」
二人の言葉を受けてアリューシャは手を振りもう一度頭を下げた。
ベラージュの町が針葉樹の森に隠れ、教会の鐘楼のてっぺんもすっかり木々の間に埋もれてしまうとキーファが少し後ろを行くアリューシャに声をかけた。
「あのさ……旦那の言ってた事、本当に心配ないからな。関係者に手え出すとかありえねえし。もしよければ本当に他の奴を呼んでもいいんだぞ? 騎士団には女もいるんだ」
アリューシャはやっぱりフルフルと首を横に振った。
「あの……私も本当に心配していませんし、それにキーファさんだけの方がいいんです」
「騎士団の連中は皆信用できる。それでもか?」
アリューシャは足元に目をやり「はい」とだけ答えた。
「呼び名は……その姿で『アリューシャ』も無いよな。『フィン』でいいか?」
今度は笑顔を浮かべて「はい」と答えた。
そのアリューシャの笑顔を見るとくるりと踵を返し、またキーファは歩き始めた。
「とりあえず南に向かう」