23. 悪魔の穴(4)
ジャンが濁流の中、何か方法がないかと目を凝らす。
波の間から小山が見え、エーデルシュタインで見かけた少女が見えた。
その隣に立つ見慣れた人影にジャンが息を止めた。
「マジかよ……」
ジャンがよろりと後ろに下がった。
「信じらんねえ」
呆然とするジャンの胸もとをアリューシャがギュッと掴む。
「ジャンさん! お願いです! キーファさんを助けて」
アリューシャの言葉に我に返るとジャンがギュッと握り拳を作る。
もう一度入り口から身を乗り出し、状況を把握する。
2対1の戦いなら通常は人数が多い方が有利だ。しかしポゼサーにおいては全く当てにならないのが常だ。
そしてすぐにジャンにはわかった。
キーファがこの場を制していると言って良い。
濁流の渦も、時折はね上がる汚泥の波も主導権は風が握っている。
「あいつ……コントロールできて無いんじゃねえか?」
上空で浮いているキーファに目をやる。
表情からは何も読み取れないが、アリューシャやジャンには気づいていないようだ。
「アリューシャ、ちょっと下がってて」
ジャンが両手を真っ直ぐに土砂の渦へと向ける。炎が勢いよく噴射され、土砂の水分がそこだけ乾燥し、黒く焦げ付きながら固まっていく。
波間をえぐるようにそこに壁ができた。
縦坑の中にいた人間が一斉に炎の上がった坑道に目をやる。
風の音が少しだけ和らいだ。
まだ熱気の上がる通路からそっとアリューシャが顔を出したのだ。
「キーファさん!!!」
アリューシャの姿がようやくキーファの目に入った。
「……アリューシャ……」
キーファの意識がアリューシャへと向けられる。
その好機を逃すまいとリリーヴァレーがキーファの背後の壁から土槍を作り上げる。
「キーファさん!!!!」
それを見ていたアリューシャの顔が青ざめた。
空中に浮かぶキーファがアリューシャに柔らかく笑んだ。
(やっと会えた……)
土砂の渦も嘘のように凪いでしまう。
周囲の風がまるでそよ風のように変わり、髪も頬も背中も指先も、アリューシャの全てを優しく包みこんだ。
「キーファ!!!! 後ろだ!!!!」
ジャンが大声を出し、坑道から炎が作った道へと飛び出した。
しかしリリーヴァレーが操る土砂がまた唸りをあげ、その声は届かない。
重力を無視した土槍が、キーファの背中へ向かって伸び続ける。
アリューシャが口を両手で塞いだ。
言いしれぬ恐怖が全身を侵していく。
もしも……
もしも私に翼があったなら
今すぐあなたの元に飛んでいきたい。
あなたを傷つける全ての物から
あなたを守ることができるなら
この手を血で穢し
罪に塗れようとも
全てを受け入れるから
だから
だからどうか……
私に翼を下さい
(帰ろう……アリューシャ……)
風の中、キーファが子どものような無垢な笑顔を見せる。
愛おしさに胸が熱く震える。
思わずアリューシャがキーファに両手を伸ばした。
だって彼は私の光
闇を行く私の
――――ただ一つの美しい宝石
羽根を広げた鳥がアリューシャのもとに舞い降りるように、キーファが両手を広げて風を受け止めた。
背後から悪魔が忍び寄っていた――――ドラゴンの魂を食らいに
ザシュッッッ!!!!
形を成した土槍が勢いよく体を貫いた。
血飛沫が、煙るように空間に舞い上がった。
その場にいる全員が言葉を失った。




