23. 悪魔の穴(3)
顔を上げるとカサンドラが優しく微笑む。
「団長と一緒にこの先の広い空間で待ってるよ。そこで落ち合う事になってんだ」
アリューシャの涙に濡れた瞳が大きく開き、興奮して赤くなっていた顔色がすっと白くなる。
「キーファさんとクラウゼンさんが一緒なんですか……?」
「ああ、団長もあんたが心配なんだよ」
「クラウゼンさんは彼らの仲間です!!」
「え!?」
二人が虚を突かれて唖然とする。
ジャンがハハと笑う。
「な……何言ってんだよ? まさか」
「本当です。クラウゼンさんはこの島にいたんです。この前話もしました」
「アリューシャ……いくらなんでもそんなわけ無えよ」
すぐに信じてもらえなくとも仕方が無い。
アリューシャ自身もこれがどうか悪い夢でありますようにと、何度願ったことだろう。
「いや……可能性はあったんだ……。団長だろうが」
カサンドラが何かを振り切るように歯を食いしばる。握りしめた拳が赤く鬱血する。
アリューシャは横たわる父親の隣に跪くと、頬に手を添えて語りかけた。まだ微かな温もりがあり今にも目を開けて答えてくれそうだ。
「父さん……ここで待っててね」
アリューシャは立ち上がり、転がっていたカンテラを掴むとさっきまでいたあの縦坑へ向かって走り出した。
「アリューシャ!!」
ジャンが慌てて後を追う。
続こうとしたカサンドラだったが、背後から吹き付けた鋭い風に自分も思わず風を繰り出しそれを相殺する。
「…………行かせない……」
さっきジャンが弾き飛ばした黒髪の大男が、壁に手を付いて立っている。
「あんた、もうボロボロじゃないか。止めておきな」
ダリアがそれを聞かずに今度は小さなかまいたちを無数に放つ。
カサンドラが大ぶりの風を起こして、根こそぎそれらを吸収してしまう。
しかし体に似合わず素早い動きで間合いを詰めていたダリアの拳が、カサンドラの脇腹に当たり土壁に叩きつけられる。
カサンドラの息が止まり肋骨が嫌な音を立てた。
カサンドラがゲホッと息を吐いた。
脇腹に手を当て顔を歪ませる。
「……女だからって……容赦しない」
「そりゃこっちのセリフだよ。手負いの奴だろうがあたしは全力で潰すよ」
ダリアの怪我はカサンドラの比では無い。
腰の辺りには坑道に置かれていた木製の杭が刺さっている。流れ落ちる血が足をつたい、キャメルのブーツを真っ赤に染めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
奥まで走ったアリューシャとジャンは足を緩めた。そこから見える縦坑の状況に言葉を失った。
「…………なんだよ? これ」ジャンが呆然としてそれを見る。
土砂の海が縦坑の中を渦巻き、時に龍のように上空へと舞い上がる。泥の波がぶつかり、アリューシャの立つ坑道にしぶきが上がった。
アリューシャは目の前に広がるこの既視感に息をのんだ。
傾いた樫の大木に打ちつけていた大波を思い出す。
「とにかく、先にアリューシャだけでも脱出しよう!」
危険を感じたジャンがアリューシャの腕を掴む。
その手を振り払うようにアリューシャが縦坑の入り口ギリギリまで身を乗り出す。その目は縦坑の内部に釘付けだ。
今にも波間に飲み込まれそうな崖の上に、リリーヴァレーの姿が見えた。その横にはクラウゼンが立っている。
アリューシャの胸がギクリと嫌な音を立てた。
「キーファさんは……?」
クラウゼンと一緒だと言っていたはずなのに、キーファの姿はどこにも無い。
まさかこの土砂の中に……
自分の中にこびりついた、あの土砂の海に大切な人を失う悪夢が蘇る。
金縛りに遭ったように動かないアリューシャを見て、ジャンも縦坑の中に身を乗り出し強く吹き上げている風の進路を注視した。
上空、風の渦の中心にキーファがいることがすぐに見て取れた。
「アリューシャ! キーファは上だよ」
アリューシャが柱に手を付き、同じように身を乗り出す。
「キーファさん!!!!」
轟音にかき消されてアリューシャの声は届かない。
「ジャンさん!! 私をキーファさんの所へ連れてって下さい!」
「ダメだ! 危険だよ」
「お願いします! キーファさんの所に行きたいんです!!」




