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23. 悪魔の穴(2)

 しばらく走ると前方にさっきと同じ姿勢のまま倒れたヨルクの姿が見えた。


「父さん!!!」


 ジャンの腕から飛び降りるとアリューシャがヨルクの側に駆け寄る。


「…………アリュー……シャ?」


「父さん!! 待って、すぐに止血するから」


 指先を震わせながら、アリューシャがヨルクの上着とシャツのボタンを開く。


 傷口を見たアリューシャの手がピタリと動きを止めた。

 銃創の場所が悪い。

 太い血管を傷つけているのか出血量も多く、今話せている事が不思議なほどだ。

 医者として判断するならそれは致命傷と言ってよい。


 急いで自分のスカートの裾を破くと傷口にそれを強く当てる。


「何か……治療できる物持ってませんか!?」


「船にはあるんだけどね」


「じゃあ、急いで父さんを船に……!」

 

「アリューシャ……」


「父さん! すぐだから! 今から船に行くからね」


 ヨルクが身を起こそうと頭を上げる。


「父さん。動かないで! じっとしてて」


「アリューシャ……聞きなさい。……置いて、逃げ、なさい」


「黙っててったら!!」

 アリューシャが必死に傷口を押さえつける。


「もう……十分だ」ヨルクが力なく微笑む。


「やだやだやだ!!! お願いだからそんなこと言わないで!!」

 アリューシャが首を振り泣き叫ぶ。


 荒く息を吐き出しながら、ヨルクが笑みをたたえている。


「……アリューシャ……どうか笑っておくれ


 そんな父親の笑顔をアリューシャは涙越しに見ていた。


「君は……ほんとに生まれた時から……奇跡としか言えないほど愛らしくて。……父さんも母さんもどんなに幸せだったか」


 アリューシャが目元を擦り涙を拭うが、それは次々に伝い落ちてくる。

 鼻をすすりながら無理矢理笑顔を作ると、真っ直ぐに父親の顔を見つめた。


「……その笑顔が見たかったんだ」

 安心したかのようにヨルクは一つ息を吐く。

「これ……を……」


 ヨルクの手の中には指輪のネックレスが握られていた。


「父さん」


 ネックレスを受け取ったアリューシャの頬にヨルクがゆっくりと手を伸ばした。


「君を……ずっと、見ているよ。どうか、大切な人と……しあわ、せ……」


 ヨルクの手ががくがくと震えだす。


「父さん!!!!」


 アリューシャがヨルクの脈を取ろうとするが上手くとれない。

 必死になって胸部に両手をあて、蘇生処置を行うがヨルクはぴくりとも動かない。


「父さん!!!」

 最後は拳で胸を叩きつけるが、呼びかけには何も返らない。


「……アリューシャ」

 ジャンが背後から静かに話しかける。


 それでもアリューシャは汗だくでヨルクの胸を押し続けた。


「アリューシャ。もうお父さんは亡くなってる」


「いいえ!! まだ大丈夫です!!」


「アリューシャ!」

 カサンドラが背後からアリューシャの両手を掴み上げる。

「あんたも倒れちまうよ」


「止めないで!!!」


「アリューシャ!!!」


 息を切らせながら泣き叫ぶアリューシャに、今度はカサンドラが静かに語りかける。


「……アリューシャ。もうお父さんを眠らせてやろう」

 カサンドラの声にアリューシャがカサンドラを振り返った。


「だって、こんなの、こんなのって無いです! 生きてたのに! せっかく生きてもう一度会えたのに!!」


 顔を歪ませたアリューシャがカサンドラの胸に抱かれて号泣する。

 カサンドラがそっとアリューシャの頭を撫でた。


「お父さんの顔を見てごらんよ。あんたが最後にやってくれたことを誇らしく思ってるようじゃないかい?」


 ヨルクの顔には恐怖の色は微塵も浮かんではいなかった。

 娘への愛と希望で満ちあふれたように安らかに――――まるで眠っているようだ。

 

 アリューシャが血のついて汚れたヨルクの顔を自分の袖口で拭った。

「父さん……愛してる……」

 そう言って静かに白い頬にキスをする。

 握りしめていたあのネックレスを眺める。


 血のついたそれを拭うと碧の石が炎を映して輝く。

 アリューシャが呼吸を整えながら息を吐くとそれを自分の首にかけた。

 小さなその金属の重みが、アリューシャの淋しくなった首元を包み込む。


 涙が収まってきたアリューシャにカサンドラがそっとささやいた。


「アリューシャ。キーファが待ってるよ」


「…………キーファさんも?」


「ああ。もちろんだよ。あいつが来ないわけないだろ?」


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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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