21. 飛翔(2)
「この白い鳥がツイール?」
止まり木の上で微動だにせずツイールのキッキはたたずんでいた。3人が鳥見台に入ってきても何の興味も無いようにすましている。
「ああ、ツイールだよ。名前はキッキ」
「こいつがアリューシャのとこまで連れて行ってくれるのか? ホントに?」
「ツイールってのはね、大統領専用の追跡鳥なんだよ。ルートは関係ない。
丁子石ってのが……これはほんとは石じゃなくて木の結晶なんだけどね、人間にはわからない強い匂いを発してるのさ。ツイールの巣になる木だし、その木の実は餌になる。だからツイールは丁子石をどこにいたって探し当てる。匂いに惹かれて1000キロ大陸を渡った鳥だっていたそうだよ」
「スゲー鳥だな。そんな王家の鳥用の石をなんでキーファが持ってたんだよ?」
「団長に昔もらったんだよ」
カサンドラがポンと手を打った。20年も昔の出来事を思い出したようだ。
「キーファはよくアレキサンドライトの中で隠れちまってね。飯の時間になったって戻ってきやしない。そりゃあ見つけるのに骨が折れたもんさ」
あの頃の情景を思い出しカサンドラが微笑する。
「船ん中をキッキが飛んでたよ。……懐かしいね。あんたがいなくなる度にジェイドさんがどれだけ狼狽えてたか」
「それでその石はちゃんとアリューシャが持ってんのかよ?」
「…………」
アリューシャは手紙で「さよなら」とキーファに別れを告げていた。アリューシャがあの丁子石のペンダントを手放していればもう彼女を探す手がかりは何も無い。
「……キッキについて行けばわかる」
巨大な飛空船アレキサンドライトには少人数専用の小型飛空船も配備されていた。最後尾にある階段を下ると4隻の船がサイドの翼を畳まれた状態で二列に並んでいる。
カーゴドアに一番近い船体の燃料をジャンが確かめる。そしてキーファは中に乗り込み機体のチェックを始めた。
カサンドラが足止めをどけて船の周囲を確認した。
「この3人なら俺が一番操縦は上手いだろ?」
ジャンがレールをチェックしているカサンドラに声をかけた。
「いいや。私の方が上手いな」
背後から声がして振り返るとクラウゼンが立っていた。
「団長!?!?」
2人があっけにとられる。
「私が操縦しよう」
「団長! でもそれは……」
「それは困りますよ!」
クラウゼンの隣にはシルヴィオの姿もあり、大きくため息をつく。
「トップが現場に行っては誰が指揮を執るんです!?」
「団長代理はお前だよ。シルに任せる」
「それなら私が行きますから! 団長が残って下さい! まだ外交大臣の警護と本部への報告と山ほど調整があるんですよ!?」
シルヴィオの勢いにクラウゼンが怖じけずく。
「いや、アリューシャは娘のようなものなんだぞ!? 今度こそ私が助ける!」
その言葉にカチンときたのはシルヴィオだ。
「それを言うなら私だって妹のように思ってきたんです! 私が行きます!」
「ちょっとあんたら! とっとと出発したいんだよ! 早くしておくれ!」
カサンドラがうんざりとする。
「俺たちだけでいいっスけど?」
ジャンの言葉にクラウゼンとシルヴィオの二人が鋭く睨みをきかす。
「……すんません」
「じゃあカサンドラさんが残ってはどうでしょうか?」シルヴィオが甘い笑顔をカサンドラに向けた。
「おお、それはいい」
「あたしが行かなくてどうすんだい!?」
がやがやと言い合いをする中、マラカイトのエンジンが始動する。低いエンジン音が唸りはじめた。
「キーファのヤツ待つ気は無いらしい!」
クラウゼンとジャンが急いで船に乗り込んだ。それに続こうとしたシルヴィオに最後尾になったカサンドラが声をかける。
「ここはレディーファーストだろ?」
シルヴィオが慌てて道を譲るが「あ」と気づいた。
「カサンドラさん」
「あんたは紳士だねぇ」
にこやかに笑うカサンドラが飛空船のドアに手をやる。閉めようとするカサンドラの手に、シルヴィオが手を重ねた。
「是非、戻ったら食事に行って下さい!」
カサンドラの赤い唇が笑みを浮かべると、そっとシルヴィオに顔を近づける。
「考えとくよ」
扉が閉められ飛空船はレールをカタカタと揺られながら進んで行く。カーゴドアが開くと折りたたまれていた主翼が広がり、勢いよく飛び出した。そこから一気に上昇する。
ツイールの行動範囲はトラキア諸島周辺という狭いものだった。南方の鳥で品種の改良が進められ、気温への耐性と一日の飛行距離を十数キロ延ばしていた。
上空1000メートルを超えたところでキーファが小型船のトップライトを開いて半身を乗り出した。風を受けキーファの黒髪が吹き上がる。
「キッキ……頼む!」
キーファの腕から風に流されるように放たれた鳥は大きく飛空船の上空へと舞い上がった。
高度の上がった太陽を受け、一瞬キーファの目がくらむ。
円を描くように飛ぶキッキが太陽を斜めに受け真っ直ぐに飛び始めた。
「団長! 方角は東北東です!」
「OK」
キーファの声を受けてクラウゼンが操縦桿を傾ける。




