20. レジスタンス(1)
暗闇の中、アリューシャは少女に手を引かれて早足で歩いていた。月も街灯もランプも、一欠片の光すら見えない中で、ダリアと少女は夜を生きる獣のように迷い無く進む。
「父さんはどこにいるんですか?」
「少し先だよ」
「ダリア、そろそろいいんじゃないの?」少女が声をかけるとダリアがアリューシャを抱き上げた。
「何ですか!?」
「追っ手も来ないようだし、一足先にあたしと行きましょうね」
「でも」少女の顔を不安げにアリューシャ見つめた。
「そりゃそうでしょ? 私があなたを抱っこして行くなんて、疲れちゃうもの。ダリアがぴったり。グリーンドラゴンだしね」
少女が腕を上へと突き出しうーんと伸びをした。
「私はゆっくり帰るから。気も抜けちゃったし」
「この前も思ったんだけど、アリューシャちゃんって風みたいに軽いわね」
抱き上げられたままアリューシャがたじろぐ。
「そいつに襲われないように注意なさいね。雑食なんだから」
「リリーヴァレー」ダリアがツインテールの少女を窘める。
「安心して。私はこう見えても紳士よ?」
ダリアがアリューシャにウィンクをした。
暗い梢の間を枝から枝にダリアは飛び続けた。
ダリアに抱えられて飛んでいると、肩も腕も纏う匂いも何もかもが違うのに、風を受け浮き上がるような感覚がどうしてもキーファを思い起こさせる。
彼の事を考えると胸が熱く苦しくなる。
「聞いているかもしれないけどヨルク先生は左腕を無くしてしまっているのよ」
アリューシャがハッとする。
今考えるべきは父親のことだ。
「……はい。だから父は亡くなったと思っていました」
「あれは事故だったのよ。先生が抵抗するなんて予想外の事態で。あなたが家にいると思ってたから従うだろうってタカを括ってたの」
「……私を使って父のことも脅す予定だったんですね」
フーッとダリアが息を吐く。
「そうよ。弁解の余地無し。被害は最小限ってのがモットーなの」
アリューシャの手に力が入り、ダリアの黒いコートに皺が寄る。。
「そんなに抱きしめられるとどうしようかしら?」
「あなたはアンブロス先生を殺した研究所の人なんですか?」
ダリアが顔をしかめた。
「やだ、あんなサイコな奴らと一緒にしないでちょうだい。反吐が出るわ」
「じゃあ……」
「奴らはとっくの昔に片付けちゃったわ」
林が途切れダリアがふわりと木の枝から飛び降りた。
「私たちは正義の味方よ。かっこよく言うのならレジスタンスね」
いくつもの町や村を過ぎ、朝日が昇る頃アリューシャとダリアは小さな峠の町に出た。
「ここから乗り合い馬車を使うわ」
10人乗りの馬車に乗るとフーッとダリアが息を吐いた。
「さすがに疲れちゃった」
「……どこに向かうんですか?」
ダリアがにっこりと微笑む。
「着いてからのお楽しみ。ちょっと休憩しましょ」
帽子をずらすとダリアが体を背もたれにあずけ寝息を立て始めた。
アリューシャも反対の柱に体を沿わせる。
父さん……早く会いたい
いつの間にか眠っていたアリューシャが馬車の揺れが止まり目を開いた。馬の頭の向こう側に見覚えのある大きな塔の先端があった。
「さあアリューシャ、降りるわよ」
「……ここって」
「私ってお尋ね者だから町の中には入らないわ」
その声に目を向けると、ダリアの赤くて長い髪は見えず、黒く短くなった髪が揺れている。
「髪を……!?」
「あら、帽子で気づかなかった?」
昨晩着ていたあの黒いロングコートも羽織っておらず、丈の短いキャメルの上着を着ている。
長身で体格の良いダリアが男の姿をしていると、舞台俳優の様でいつもとは違う意味で目立っていた。
「変装って楽しいわね」
先に馬車から降りたダリアがアリューシャに手を伸ばした。
「さあ、行くわよ。アリューシャちゃん」
「もしかしてフリージャから飛空船に乗るんですか?」
「それは目立つから乗らないわ。ここからもう少し私と跳んでから、船に乗るのよ」
「船に!?」
アリューシャがこの辺りの地理を考える。
海まで出るならイースト街道沿いを進むはず。
レイテ村が近い……
考え事をするアリューシャをダリアが抱き上げた。
「キャッ」
「もう行くわよ。しっかりつかまって」
「あの……!!」
男性の姿をしたダリアがくっついてくると、急にアリューシャの体が固まってしまう。
「アリューシャちゃんを口説くのなら、こっちの恰好のほうがいいわね」
アリューシャが怯えた目を向ける。
「可愛い子ね。言ったでしょ? 俺は紳士だって」
イースト街道沿いを進んだダリアが降り立ったのは小さな漁村だった。アリューシャも何度か父親のヨルクの往診について行った事がある村だ。
「ここから船に乗るよ」
「……父は島にいるんですか?」
「ご名答」ダリアが微笑む。
「私の力じゃここから飛んで渡れないからね」
水平線に浮かび上がる小さな島を見つめた。
「あのお兄さんなら飛んで行けるだろうね。ドラゴンの寵愛をあれだけうけているんだからさ」
キーファの事を言われてアリューシャの胸が熱くなる。
キーファさん……
アレキサンドライトの鳥見台の上空で一緒に夕日を眺めた事が遠い昔のようだ。
難無くアリューシャを抱いて飛んだキーファの温もりを思い出す。
初めてのキスが甘く脳裏に蘇る。
「そんな顔しちゃって、ヤダ! お兄さんともしかしてイイ仲になっちゃったの!?」
「そんなんじゃ無いです!」
「やーん、唾でもつけときゃ良かったわ」
アリューシャがギョッとしてダリアを見る。
一体どっちに??
ダリアが含み笑いをしてアリューシャに顔を寄せた。
「もちろんアリューシャにだよ」
アリューシャが逃げ腰で体を引いた。
「し……紳士なんですよね!?」
「どうだろう……?」ダリアが怪しく微笑する。
涙目になったアリューシャを見てダリアが吹き出した。
「当分暇しないで済みそうだ」




