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19. それぞれの覚悟(1)

 今日という一日を噛みしめるように、アリューシャは日常を過ごした。

 もうすぐ夜が来る。

 それを恐れるように建物の向こう側に沈む夕日を見送った。


 朔の夜――――

 アリューシャは黒いハーフコートを羽織り黒いスカート、黒いタイツに黒いブーツを履いていた。


 まるでお葬式みたいね……とブーツの紐を結ぶ。


 クロスをかけた籠を持ち、立ち上がるとカサンドラが声をかけてきた。

「はいよ。これ食べな。美味そうだろ?」


 パッケージにはチョコレートの入った大きなマシュマロのイラストが描いてある。


「マシュマロだ……」


「あれ? 嫌いだったかい?」


「いいえ、そんなこと無いです。大好きなんです」


「そりゃ良かった」


 嬉しそうな顔を見せるカサンドラにアリューシャは抱きついた。

「カサンドラさん。いつもありがとうございます」


「ただのマシュマロだよ? そんな大げさな」

 ぽんぽんとアリューシャの頭を撫でる。

「キーファと仲良く……って言われなくても仲良いか」


 アリューシャが力無く笑ったが、それはカサンドラの目には照れているように映った。


「じゃあ行ってきます」




 アリューシャはキーファの部屋のある廊下では無く、外へと続く甲板を目指した。


「お? アリューシャ? どうした?」


「ジャンさん……」


 アレキサンドライトの甲板では常に誰かが見張りについている。


 この船から自分だけで降りるにはどうしたら良いんだろう……


 短い時間でアリューシャは考えを巡らせたが、他に船外へ出る方法を見つけることができなかった。

 アリューシャが降船するならタラップに向かうしかないのだ。


 アリューシャが手に持つ籠にジャンはチラっと目をやる。


「……もしかして……キーファと待ち合わせ?」


「え? あ…………はい」


「そっか」ジャンが肩を落とす。

「まだあいついないみたいだぜ」


「そうですか……私ちょっとその辺を歩いて待ってようかな」


「そっか、それなら俺も……」



「ジャンさん!!」

 見張り台から団員の声がする。


「あっちのガス灯が燃え上がってるんですよ」


「何!?」


「あれ最近入ったやつですよね?」


「おかしいな」

 甲板からジャンがのぞき込むと飛空場の正面ゲート付近のガス灯から火が上がっている。


「お前はそこから目を離すな。無線でシリルさんに知らせろよ」

 上にいる団員に指示を出す。

「アリューシャ、何でも無いとは思うけど、とりあえず中に入っててくれよ」


「はい、わかりました」


 ジャンが甲板からひらりと飛び降りた。

 アリューシャが見張り台の団員にも目をやると彼もガス灯の周囲を警戒しているようだ。

 

 アリューシャが足下に手をやり、履いていたブーツを脱ぐと、音が出ないように注意してタラップへと向かった。


 今なら行けるかも

 二人ともごめんなさい




 真っ暗な夜の闇に紛れる。タラップを降りきったアリューシャは小走りでターミナルの建物の陰まで走るとようやくブーツを履いた。そっと背後を振り返った。


 飛空船アレキサンドライトが小さな下からの明かりに照らし出されてぼんやりと浮かび上がっているように見える。


 その船影を忘れまいと目に焼き付ける。

 ふぅと息を整えると、アリューシャは蔓籠からバッグを取り出し肩にかけた。


「あらま、すごい。一人で静かに降りてくるなんて」

 暗闇から聞き覚えのある男の声がした。


「あなた……生きてたの?」


「縁起でも無い。生きてたわよ」


 ハース家の屋敷で階段の崩落に巻き込まれたはずのダリアがそこには立っていた。黒いつば広の帽子に黒いロングコートを羽織っている。


「ドンパチ覚悟で来たのにね」

 その大柄の男の後ろにはあの少女の姿もある。この前とは打って変わって、彼女も黒いつば広の帽子に黒いコートとふんわりとした黒いスカートを身にまとっていた。


 3人の黒い影が闇の中で埋もれる。


「ほんとに……父さんは生きてるの?」


 少女が首を傾けにっこりと微笑んだ。

「もちろんよ。ヨルク先生が待ってるわ」




◇ ◇ ◇ ◇

 ジャンがガス灯を確認に行ったが、もう火は飛空場の憲兵によって消火されていた。何の異常もみられない。煤に火が燃え移ったことによる小さな火災だった。

 

 船の周囲にも特に変わった様子は無い。

 タラップを駆け上がるとそこにはシリルの姿があった。

「何もなかったか?」


「はい。異常はありませんでした」


「シリルさん、アリューシャは中にいましたか?」


「アリューシャ……? 俺が外へ出るときはいなかったけどな。こんな時間にいたのか?」


「はい……」


「それならきっと……」シリルが言いかけて口を閉じる。


「大丈夫っす! 本人がキーファと待ち合わせだって言ってて」


「そうか」

 シリルがボンボンとジャンの背中を叩く。


「じゃあ、俺、船の中確認してきます!」




 カサンドラの部屋の扉をノックすると「アリューシャかい?」と声がした。

 扉を開いてジャンの顔を見ると、カサンドラが不思議そうな顔をする。

「なんだあんたかい? どうした?」


 複雑な表情をして立っているジャンにつられるようにしてカサンドラも口をへの字に曲げる。

「何なんだよ?」


「いや……アリューシャ戻ってるかと思って」


「ああ、アリューシャなら……」


「キーファと待ち合わせなんだろ? 知ってるよ本人に聞いたから! ちょっとガス灯が燃えたから中にいるように言ったんだけどいなくてさ」


「それならキーファの部屋だろ」


「…………だよな」

 ジャンがわかりやすく肩をすぼめる。


「わかってるよ! あたしが見てやるからさ。ちゃあんと確認するなんて偉いじゃないか」

 カサンドラがぐりぐりとジャンの頭を撫でた。


「仕事だからだよ。子ども扱いすんな」


「この船の奴らはみんなあたしの子どものようなもんさ」カサンドラが笑う。


「じゃあ、頼むよ」


「あいよ」引き受けたカサンドラがそのまま部屋を出た。



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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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