17. 籠の鳥(4)
翌朝医務室へ行く準備をしていると部屋がノックされた。
「アリューシャ出ておくれ、シルヴィオが資料持ってくるって言ってたからさ」
「はーい」
扉を開くとそこに立っているのはシルヴィオでは無くキーファだった。
アリューシャの顔が一気に沸騰する。
「おはよう」
「お、お、おはようございます」
大きなバッグを抱えたカサンドラも顔を覗かせた。
「なんだい、あんたかい。朝からどうした?」
「えっと……」
「なんの用だい? 時間が無いんだよ」
要領を得ないキーファを急かすカサンドラが、ふと隣に目をやる。アリューシャの顔はこれでもかというほど真っ赤になっていた。
カサンドラが二人を見て思わず吹いた。そして目の前のキーファの肩をぼんぼんと叩く。
「あんたアリューシャのこと大事にしなよ」
さすがのキーファも顔を赤くした。
「いや……」
「ああ、いいから、もう! あたしは仕事に行くよ。若い二人の邪魔なんて野暮な事はしないさ」
カサンドラがアリューシャの耳に顔を寄せて囁く。
「良かったねえ。後で聞かせなよ」
言い残してカサンドラが部屋から出て行った。
「あの……よかったらどうぞ」
アリューシャがキーファを招き入れ扉を閉めた。
「昨日のことは夢じゃ無いんですね? 私の妄想だったらどうしようかと思ってたところです」
「あれは……たぶん現実だ」
「昨日キッキに聞いたらキッキも現実だって教えてくれました」
「キッキに聞いたのかよ?」
キーファが笑う。
「変なこと覚えさせるなって」
「気をつけます」
アリューシャもフフと笑った。
「それで……仕事が終わったらキッキ達の様子見にいかないか?」
「誘いに来てくれたんですか!?」
アリューシャの胸が高鳴る。
「行きます! 絶対行きます!」
前のめりなアリューシャにキーファが微笑む。
「じゃあ、後でな」
アリューシャは一日中浮き足立っていた。
会えない時間も幸せで、会うともっと幸せな気持ちになる。
アリューシャとキーファはそれからアレキサンドライトの船の中、できる限り二人の時間を過ごした。
団員の目に付かないように気をつけていたものの、二人の幸せな空気から自然と皆が気づいていた。
そしてそれを冷やかす者ももういなかった。
辛い日々を過ごした二人に与えられた至福の時――――
勤務を終えたキーファが丁度ジャンに出くわした。最近顔を合わせることも少なく、キーファはジャンにきちんと話すことができないでいたのだ。
「ジャン」
避けるようにしていたジャンが通路の向こう側で足を止めた。
「ジャン! 待てって!」
回れ右をすると階段を跳ぶように下っていく。
「止まれって!!」
急に立ち止まったジャンに上から思いっきりキーファが突っ込んだ。
「痛ってー!!」ジャンが頭を押さえる。
「急に止まるなよ!!」キーファも鼻を押さえる。
「お前が止まれって言ったんだろ!?」
「そうだけど」
「何か用かよ?」
「…………あの、ア」
「アリューシャの事ならいい!」
憮然としてジャンが立ち上がった。
「そういうのはいらん」
「……そうか」
「そうだよ。俺はアリューシャが幸せならそれでいいんだ」
キーファも立ち上がる。
「だから、アリューシャ泣かすような事したら、お前は俺の火で黒焦げにしてやるからな」
「……しないよ」キーファが微笑む。
「あーーー!! だからそういうのはいらん!!」
ジャンがキーファにビシッと指を向けた。
「別に何があろうと俺はアリューシャのこともお前のことも嫌いになれねえんだよ」
キーファが力強くジャンを抱きしめた。
「……俺が女ならよかったな」
「何でだよ!? マジで燃やすぞ! 離れろ!!」
ジャンがうんざりとしてみせた。
「お前が男で心底よかったよ」
そう言いきってその場を去ったジャンだったが、幸せそうな二人を見かけるとドンと胃の辺りが重くなる。
「女は星の数ほどいるってのになんで好きなんだろ……」と独りごちる。
「あいつら似合いだもんなあ」
ジャンの後ろにはロックが立っていた。
「そういうことわざわざ言いに来ないで下さいよ。俺マジで凹んでるんすから」
そう言うとはあと息を吐く。
「キーファは俺の欲しいもの何でも持ってんすよ。石は最高峰のグランツ(石の輝度)だし、同じ年なのに隊長やってるし、アリューシャだって……」
「なんだよ。お前案外僻みヤローだったのか?」
バンバンとロックがジャンの肩を叩いた。
「あの二人見てると、美しいと思わねえか?」
「美しい!? 勘弁して下さいよ。鳥肌立った-。ロックさんの口から『美しい』なんて言葉出るんすね」
「だってよ、二人は俺たちが当たり前に持ってるもんを失って来たわけだ。嵐の中を寄り添って木に止まる鳥だよ」
「……なんすか? 変なもん食ったんですか?」
「はあ!? 俺の将来の夢は詩人になることだぞ? どだ? この例え」
「何も言えないっす」
「よし、俺の詩集貸してやっから読め」
「それ何の罰ゲームっすか? 勘弁してくれよ」
ロックがジャンの首に太い腕を回した。
「その態度なんだコラ? よし、今から飲みにつき合え。俺の詩を披露してやる」
「俺は今日は夜勤なんですって!」
「俺がシリルに言ってやるから安心しろ!」
「俺の貴重な休み使いたく無いっすよ! 隊の若いの連れてったらいいじゃないっすか!?」
「ちょっと大人になったお前に話してやるって言ってんだあきらめろ」
ロックがジャンを引きずり歩いて行った。