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17. 籠の鳥(3)

 アリューシャはこの頃時間があると鳥見台に来ることが増えていた。そっと中を覗いて、キーファがいないかどうか確認して中に入る。


 ツイールという種類の白い鳥はアリューシャによくなついていた。

 アリューシャを見ればクィクィと啼いてアリューシャを呼び、近づくと顔を寄せてくる。「キッキ」と名前を呼べば首を傾け、話しかければ相づちを打つかのように首を上げ下げしてくれる。

 アリューシャはこのキッキに会いに行っては今の自分の思いを話していた。


「ねえキッキ。私がんばるよ。立派なお医者さんになるし、カサンドラさんみたいな素敵な女の人になる。それでキーファさんにフラなきゃよかったなーって後悔させてやるの」


 白い鳥は頭を上下に振る。


「私ならやれるって?」


 また上下に振るキッキを見てアリューシャが笑った。


「キッキは励まし上手だね」


 ガタッ


 デッキへ続く薄い鉄板の扉は閉まっているが、その外から音がした。


「……何?」

 恐る恐るデッキへ続くその扉を引くと顔を覗かせたのはキーファだ。


「よお……」


「なんでそんなとこにいるんです!? ヤダ! もしかして聞いてました!?」


「勝手にぺらぺらしゃべりだしたのはアリューシャだろ?」


「もお……これで二度目ですからね!?!?」


「もう少し周囲に目を配れよ。だいたいここは俺の場所だし」


「居ないこと確認してたのに!」

 恨みがましくアリューシャがキーファを睨みつける。


「……どこから聞いてたんですか?」


「聞いてたんじゃなくて聞こえたんだよ!」


「キッキ! キーファさん酷いよね」


「なんだよ! キッキにいろいろしゃべるなよ! 覚えるだろ!」


「お……覚えるんですか?」

 アリューシャが目をまん丸に開く。


「そりゃキッキはそんな見た目だけどオウムの仲間だって言っただろ?」


「ウソ! 私いっぱい話しかけちゃった」

 アリューシャは顔面蒼白だ。


「まあ、繰り返してなきゃ大丈夫だけど……何て言ったんだ?」

 面白くなったキーファがアリューシャに顔を寄せた。


「な、何でも無いです」


「さっきの宣言みたいなヤツか?」

 アリューシャの顔がボッと赤くなる。


「もお! キーファさんのバカああ!」


『キーファサン、キーファサン』

 キッキが高音の鳴き声混じりに繰り返す。


「ヤダ……ほんとに覚えてる」


 たまらずキーファが笑い出した。


「キッキ! ほら! 飛んでおいで」

 アリューシャが空に向かって腕を振ると喜んだキッキが大空へ向かって飛び出していく。




 上昇気流に乗っていたキッキが鳴き声を上げた。

 雲の合間から覗いた夕陽に重なるようにしてキッキが飛んでいる。その光景を眩しそうにアリューシャは眺めていた。


「やっぱりアリューシャも外へ出たいよな?」


「え? ……そうですね」

 気まずそうな顔をしてアリューシャが笑う。

「キッキみたいに飛べたら楽しいでしょうね。だれにもバレないようにここから飛んで、そっと戻ったりして」


 キーファがアリューシャに手を差し出す。

「ほら」


「何ですか?」


「手だよ」


 よくわからずにアリューシャがキーファの手の平の中にちょこんと自分の手を置いた。

 その手を引き寄せ、軽々とアリューシャを抱え上げるとキーファは手摺りに足を掛け一歩空中へ歩き出す。


 アリューシャを抱えたままキーファが空中を散歩し始める。

「うそ……浮いてる……。キーファさんこんな事までできるんですね」


「バランスとるのが難しいんだよ。あと疲れる」


「凄い……」


「このままどこか行ってみるか?」


 甲板からは見られない街の景色を眺める。時計塔の先端だけでなく市場の通りまでがよく見えた。


「いいえ。これだけで十分です。とっても満足です」


 幸せそうな顔をするアリューシャを見てキーファが息を吐いた。

 

「そんなわけあるかよ。これじゃあ、籠の鳥だ」


「籠の鳥でも全然平気ですよ? こうしてキーファさんも一緒にいてくれるし」


 夕焼け空を映したようにアリューシャの頬が染まる。


「やだ! えっとそういう意味じゃ無いんです! ほんとに……」


 照れたようにうつむくアリューシャにキーファがそっと顔を寄せた。


 アリューシャの吐息にキーファの息が混じる。

 眩しかった夕日が陰になった事に気づき、アリューシャがうつむいていた顔をふと上げる。

 唇と唇が一瞬かすめると今度はゆっくりと触れた。


 キーファの竜の紋章の刻まれた銀色のイヤーカフが目の前にある。

 アリューシャの瞬きが時間を忘れたように停止した。



「――――それならこのまま二人で船で暮らすか?」


 アリューシャの鼻先でキーファが呟く。

 大きく開いた蒼い瞳からポロンと涙が一滴ひとしずくこぼれ落ちた。


「悪い! 嫌だったか!?!?」

 涙を見たキーファがしどろもどろに声を出す。


 アリューシャがキュッと唇を真一文字にすると鼻を鳴らした。

「逆です。 ほんとですか? 冗談とか言いませんか?」


「冗談」


 アリューシャがその言葉に絶望的な顔をする。


「……なんて冗談でこんな事するかよ」


「もおぉぉ!!」

 アリューシャがキーファの肩を思いっきり叩きつけると、絶妙なバランスを保っていた気流が乱れた。

「うわっ!!」

 後方へのけぞるようにして二人が落下する。

「きゃ!!!」


 キーファが急いで風をコントロールすると、なんとか鳥見台のデッキに落ちた。


「あー……危ねぇ」


「大丈夫ですか!?」

 アリューシャがキーファの胸に両手をついて体を起こした。

「キーファさん?」


 心配そうにアリューシャの顔が覗き込んでいる。


「……まさか押し倒されるとは」

 

「そんなんじゃ無いです!」


 アリューシャが慌てて離れようとすると、キーファが腕を掴んで引き止めた。

 フッとキーファが笑ってうつむく。


「キーファさん?」


「俺はガキのまんまだな。アリューシャに向き合うのが怖いし、でもジャンにつきっきりで二人でいられるのは嫌だ」


「それってまさか焼きもちですか?」


「……まさかのな」

 キーファが手を顔にやる。


「それってつまり……」


 


 二人の真上を飛んでいたキッキが羽根を広げて降りてくるとキーファの顔に威嚇した。

「わ! こいつ手の平返しやがって」


 キッキがわざとキーファの顔に羽根をぶつけるとアリューシャの肩にちょこんと飛び乗った。


「キッキだけは私の方が好きみたいですね」

 アリューシャが吹き出す。


「そんなわけあるかよ」


 立ち上がったキーファが掴んでいたアリューシャの腕をひょいと引き寄せた。

 キッキの乗っていない方の耳元に顔を寄せ囁く。


「俺の方がアリューシャ好きだしな」


 そのままアリューシャに背を向けさっさと鳥見台を出て行った。



 アリューシャの体から力が抜け、その場にへたり込んだ。


「い……今の何!? これって夢!?」

 アリューシャの額から汗が噴き出す。

「ねえ、キッキ現実だと思う??」


 首を上下に振りキッキがクィンと鳴いた。


「そっか、現実なのね」


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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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