15. そのままで(4)
今度身を乗り出したのはカサンドラの方だ。
「そんな事言ってていいのかい? キーファはどうしたんだよ」
「そ……それは」アリューシャが顔をひきつらせるとがっくりとうなだれた。
「……実はこの前フラれました」
カサンドラがバサリと書類を落とす。
「まさか!?」
「もう何も言わないで下さい! やっと自分の気持ちを落ち着けたとこなんです」
「いやいやいや、だって! ……どうしてだい!?」
「そんなの聞く勇気は無いです」
「あたしが聞いてやるよ」
「わあーー!! 止めて下さい! いいんです。私もう」
「もうってあきらめるのかい!?」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「そうじゃなくて……こっそり好きでいようと思うんです。だからこれ以上触れないで下さい。そっとしといて下さい」
「あーもう!!」ドンとカサンドラがテーブルをグーで殴りつける。
「あの腰抜け坊主が」
おもむろにカサンドラが立ち上がり窓から外を眺めた。照りつけてくる夕日に顔をしかめる。
「あのお……カサンドラさん?」
言葉を鈍くしながらカサンドラが話し始める。
「あいつはさ……子どもの時大変な目に遭ってるからね」
「ご家族が亡くなってるんですよね?」
「キーファに聞いたのかい?」
「はい。ベラージュにはお墓参りで行ったって」
「それだけ? 他には?」
「他には何も……」
水差しからコップに水を注ぐとカサンドラが一気にそれを飲み干す。
そしてもう一度椅子に座り足を組んだ。
「……20年くらい前のことさ。あの頃世間を騒がせてた強盗団がいたんだよ。〈ミスト〉っていう血も涙も無い集団で女子どもにも容赦が無い。しかもその頭がポゼサーだったもんだから被害は尋常じゃなかった」
思い出したカサンドラが不快感を露わにする。
「キーファの住んでた村がそいつらに襲われてね。あたしのいた隊と当時副長だった団長が奴らをなんとか捕縛したんだ。あの時キーファは狭いベッドの下に隠れていて助かったのさ」
カサンドラが息を吐き出しながら手を口に当てた。
「ベッドのすぐ側にはキーファのお母さんが倒れていてね。5歳のキーファは母親が死んでいくのをずっと目の前で見てたんだ……」
アリューシャも息を飲んだ。
「あいつは今でこそああしてるけどさ。未だにベッドの下から出てこられない子どもなんだよ。自分にとって『大切な人間』を決めちまうのが怖いのさ。愛する人を失うことがおっかないんだよ」
幼い子どもの身の上にふりかかったあまりの悲劇に、アリューシャは心が引き裂かれそうになる。
キーファさん……
「でもずっとそうやって隠れているわけにはいかないだろ? それじゃいつまでたっても独りぼっちさ」
私は余計なことをキーファさんに求めてしまったのだろうか?
暗く沈んだアリューシャの表情にカサンドラが気づいた。
「これを話したのはね、あんたが後ろ向きになる為じゃないからね? あたしはあんたこそがキーファをベッドの下から引っ張り出せると思ってんだよ」
「私……でももうフラれちゃったし」
「あいつをあきらめないでやっておくれよ。あいつはきっと……」
カサンドラの言葉がそこで途切れる。
「私、言いましたけどこっそり好きでいようって決めたんです」
「逆にあんたを縛り付けちまったかい?」
「そんなこと無いです。私はそれでも……ここで一緒にいられるだけで幸せなんです」