15. そのままで(2)
アリューシャが厨房から戻ると手の中の籠には林檎にオレンジ、キウイに杏などが山盛り入っていた。
「どれがいいですか?」
「……果物屋かよ……」ケホッと咳をしながらキーファが突っ込みを入れる。
「喉痛いのに、そういう事は言うんですね」アリューシャがぷっと笑った。
「全部食べます?」
「食えるかよ……!」
「じゃあどれがいいですか?」
「……林檎」
厨房から持ち込んでいたフルーツナイフでアリューシャが林檎の皮をむき始めた。
「料理できるのか?」
「できますよ! 皮むきが料理かどうかはこの際置いておきますが、これでもアンダース家の厨房は私が預かってたんです。帰省した時だって私が作ってましたから」
「意外だな」
「失礼な。私の手料理食べてほっぺがおちても知りませんよ」
話しながらもスルスルとアリューシャが林檎を櫛切りにしてしまう。
フォークで刺すとキーファの顔の前に差し出した。
「食べられそうですか?」
キーファがアリューシャが持ったままのリンゴにパクッとかじり付いた。
アリューシャの目がまん丸に開く。
しゃくしゃくと音を立てながら「ほっぺが落ちそう」とキーファが呟いた。
「そ、そうでしょ」ハハハとアリューシャがぎこちなく笑う。
「もう一個どうですか?」
「ああ」また差し出したリンゴにキーファが口を開けた。
「もう腹いっぱい」
「お薬のんで寝たほうが良さそうですね」アリューシャが準備した粉薬を飲むとキーファがベッドに潜り込んだ。
「すぐに眠くなると思いますよ」
「……もう帰るか?」
「はい。もう出ますからゆっくりと眠って下さい」
「うん」と小さくキーファが答えるので最後におでこの上に手を乗せ熱を確認する。
「アリューシャの手……冷たいな」
「寒かったですか!?」
引っ込めようとしたアリューシャの手をキーファの熱い手が引き留めた。
「気持ちがいい……って意味。昔ジェイドさんがそうやってくれたの思い出したよ」
「そうですか……」
アリューシャが次は左手を乗せてみる。
「しばらくこうしててもいいですか? クラウゼンさんの手みたいに」
「ジェイドさんの手とは全然違うよ。あの人の手めっちゃ大きくてごつごつしてて安心できたんだけど重くてさ……」
フーッと息を吐いたキーファがとろんとしていた目を閉じた。
「アリューシャの手は…………やわかい」
アリューシャの顔は今や高熱のあるキーファよりも真っ赤になっていた。目を瞑っているキーファはそれには気づかない。
「眠るまでこうしてましょうか?」
「……うん……」
キーファが子どものように答えて、安らかな呼吸を始めた。
――――……
「アリューシャ……」
「……んん……」
「アリューシャ……」
「先行って……サリー……」
「サリー??」
低い声に突然我に返ったアリューシャが勢いよく体を起こす。
「遅刻!?」
「遅刻は……してないと思うぞ?」
驚いて半笑いのキーファとアリューシャの目が合う。
「あ……おはようございます……あれ?」
「盛大に寝ぼけてるな。何の夢見てたんだ?」
「えっと…ルームメイトと試験勉強しててー……って」
昨夜までベッドの上で具合が悪そうにしていたキーファが制服姿で立っている。
「まだ寝てて下さい!」
アリューシャが立ち上がると手を伸ばしてキーファのおでこに手をやった。
「あれ? ……よかった。下がってる」
アリューシャがフフっと笑顔を浮かべた。
「さすがの回復力ですね」
「一晩中いてくれたんだな」
「すみません。いたんですけど割と寝てて。重かったですか?」
キーファのベッドに上半身を伏せて寝ていたアリューシャが申し訳なさそうな顔をする。
「いいや。…………いや、重かった」
「どっちですか?」
アリューシャが笑うとキーファも自分の発言が可笑しくて笑う。
いつの間にか普通にキーファと話せている自分にアリューシャはほっとした。キーファの方もなんらいつもと変わりのない口調だ。
「やっぱり冷たい雨にあれだけ濡れたのが原因だったんでしょうね」
(あ!)
という言葉をアリューシャはぎりぎり飲み込む。視線があからさまに泳いだ。
「アリューシャ……」
「あの!」
両手を突き出してアリューシャがキーファの言葉を遮った。
「昨日の朝はすみませんでした。なんだかどんな顔したらいいのかわかんなくて、思いっきり避けました」
「いや俺のほうこそ」
「キーファさんは何も言わないで下さい! この前のことはすっかりさっぱり忘れて今まで通り、こんな感じで」
アリューシャの顔がカーッと赤くなる。
「……ああ……」
アリューシャがホッと息を吐く。
「じゃあ、私はこれで。お邪魔しました」
「アリューシャ」
キーファが呼び止めると、閉めかけた扉をもう一度開いた。
「……ありがとな」
アリューシャがにこりと微笑む。
「いいえ、どういたしまして」