15. そのままで(1)
どんよりとした曇り空みたいな顔をしてアリューシャは医務室へ行く準備をした。
廊下の様子を伺いつつ外に出る。
誰もいない
ホッとして急ぎ足で医務室へ向かった。もうすぐ着くというところで前から歩いてくるキーファとユリウスに気づいた。
「あ、アリューシャちゃん! おはよう」
急角度で扉を開くと勢いよくアリューシャが部屋の中へ入った。
「あれ?? 聞こえなかったんですかね?」
「……さあ…………ッグシュン!!」
「隊長……大丈夫ですか? 酷くなってません?」
「気のせいだ。このくらい何でも無い」
医務室の扉に額を打ちつけてアリューシャは考え込む。
今のはわざとらしかったよね?
それでも今キーファの前で平静ではいられない。
今までどんな顔をして話していたのかわからないし、今からどんな顔をしたらいいのかわからない。
「アリューシャ……」
扉に貼り付いたまま固まってしまったアリューシャにフィッシャーが声をかける。
「お前さん何か忘れもんでもしたのかい?」
「いいえ……おはようございます」
午後になるとフィッシャーが若い団員を連れて薬品の買い出しへと出かける準備をしていた。
「アリューシャも連れて行ってやりたいんだがのお」
フィッシャーがそう言ってくれるがこれは仕方の無いことだった。
この前の一件のせいでアリューシャはクラウゼンに外出禁止を言い渡されていたのだ。
『アリューシャの安全が第一なんだ。すまんな』とクラウゼンが申し訳なさそうに話してくれたのだが、こればっかりは仕方が無い。
むしろ自分の無謀さの結果だと言ってもよい。
心配をしてくれるクラウゼンに、
『クラウゼンさんは気にしないで。当然だし、私の方こそ迷惑かけちゃって……」とアリューシャは頭を下げたのだ。
「お前さんにお土産買ってくるからな。期待しておれ」とフィッシャーは言い残して出かけていった。
留守を預かるアリューシャは空いている時間に、フィッシャーに習った緊急処置の方法を復習していた。
危険と隣り合わせのイェーガーを支えるためには必要不可欠の技術だ。
その時扉が遠慮がちにノックされた。
突然扉を開ける団員が多い中、そっと開いた扉から顔を出したのはユリウスだった。
「あれえ? アリューシャちゃん? ……先生いる?」
「ごめんなさい、先生今お薬の仕入れに行ってるの」
「そっかあ」とユリウスが腕を組む。
「あの……どうかした? 私でもいいなら診るけど?」
「実は隊長が熱だしちゃってて」
「え!? キーファさんが!?」それを聞いてアリューシャが慌てて立ち上がる。
「先生には言うなって言われたんだけど、熱高そうでさ。薬もらったほうがいいんじゃないかと思って」
アリューシャが鞄に薬や体温計を詰める。
「とりあえず私が行ってみる」
◇ ◇ ◇ ◇
そっとノックをして入ったキーファの部屋はカーテンが閉められていて、隙間からの光が部屋を薄暗く照らしていた。
シングルのベッドにはたくさんのブランケットが掛けられていてキーファが丸くなって寝込んでいる。
「隊長寝てますか?」
「……うつるから出てろよ……」ガラガラ声のキーファが目元に腕を乗せたまま答える。
「キーファさん……」ユリウスに続いてアリューシャもそっと声をかける。
「アリューシャ!?」
驚いたキーファが寝返って扉の方を向いた。
「フィッシャー先生おでかけ中なんです」
「寝てれば治るって言っただろ?」
キーファがアリューシャを呼んできたユリウスに厳しい視線を送る。
「イェーガーには医者嫌いが多いんだよ。気にしないでね、アリューシャちゃん」
キーファの視線を気にする素振りも無くユリウスがアリューシャに話を振る。
「別にアリューシャの事言ってないだろ……!?」
上半身を慌てて引き起こしたキーファがゲホゲホと咳き込む。
「大丈夫ですか!?」
キーファの隣に駆け寄ったアリューシャがキーファの背中をさする。
「あの、キーファさん。私で申し訳ないんですが診せてもらえますか?」
「……じゃあ……頼む」
「アリューシャちゃん隊長のことお願い。僕仕事に戻るね」
その様子を伺っていたユリウスが笑顔を浮かべる。
「うん、任せて」
アリューシャはてきぱきと鞄を開くとキーファに症状を聞く。体温を測ると水銀がぐんぐんと上昇する。
「ちょっと失礼しますね」両手をキーファの首に当てた後、聴診器で呼吸の音を確認する。
「肺は大丈夫そうですね」そう呟いて、鞄から薬を取り出す。
「これ飲んでください。食欲ありますか?」
「あんまない」
「キーファさんが食欲無いなんて困ったな」
顎に手をやると、キーファが食べられそうな甘い物を考える。
「キーファさんフルーツ食べられませんか?」
「……食えるかも」
「じゃあ、厨房から何かもらってきますね」




