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14. 冷たい雨(3)

◇ ◇ ◇ ◇  

 角を曲がる少女が日傘の下から顔を覗かせるとアリューシャの方を見て冷笑する。


 待って!


 必死に走るアリューシャが道を曲がり石畳の坂を上る。

 縫うように複雑な路地を追いかけていると、いつの間にか市場から閑静な住宅地、そして坂を下ってスラム街へと町の様子が変わっていることに気づいた。


 四方にくすんだ壁がそびえ立ち、原色のペンキで落書きがされている。寂れた町並みには市場の様な活気は無く、住民の息づかいすら感じる事は無い。


 どこに行ったの?


 はあはあと息を切らせながらアリューシャが周囲に目をやる。

 ゴミ箱を漁っていた野良犬と目が合った。


 ドゴン


 何かが地面から響いて振り向くと、崖になった高台から更に下へと抜ける階段が見えた。音はそこから響いたようだった。

 アリューシャが一歩その階段へ足を踏み入れると、石造りに見えた地面は薄い氷のように頼りなく、パリンという音と共に抜け落ちた。



「きゃあ!」



 落下したと思ったアリューシャだったが、目を開くとふかふかの草地に仰向けに寝転んでいた。下にある河川敷の原っぱが5メートルほど円形にせり上がっているのだ。



「ねえ、いいこと教えてあげましょうか?」


 白い日傘を差した少女が西日を逆光に、転がっているアリューシャを見下ろした。

 アリューシャが無言で体を起こすと、少女につかみかかった。


「わっ。あなた意外と凶暴ね」ひらりと少女が体をかわす。


 倒れ込んだアリューシャが体を起こして振り返った。

「絶対に許さない! 父さんを返して!!」


 少女がふわりと花のように微笑んだ。

 

 アリューシャのすぐ側に少女がぴょんと跳び、屈み込む。


「あなたは大切な人を守りたいでしょ?」


 アリューシャの顔が歪む。

「……何を言ってるの?」


 にこりと笑った少女がアリューシャの背後に目をやった。

「あーん、ダリアの言ってたお兄さんが飛んでくるわ。これじゃあ難しいわね」


 アリューシャの耳元にそっと唇を寄せた。

「じゃあ、また今度ね」




 アリューシャから目を離さず後ろ向きに歩いた少女が、高くせり上がったその草地から足を踏み出す。

 アリューシャが這って少女の飛び降りた崖から下をのぞき込んだ。


 少女の足場程度の広さの草の階段がそこには作られていた。軽やかな足取りで階段を降りていくと、ぼろぼろと土の階段は崩れ落ちた。

 少女が河川敷を川下の方へと走っていく。



 大切な人……?


「アリューシャ!!」

「アリューシャ大丈夫!?」

 キーファとジャンがアリューシャの元へと上の道から飛び降りて来た。


 いびつにせり上がったその草地を見回し二人が顔をしかめた。


「ポゼサーだな」

 呟くキーファがアリューシャの見ていた先を睨みつける。そこに消えてしまった少女の後を追いかけようと立ち上がった。


「待って下さい!」

 アリューシャがキーファの腕を慌てて掴んだ。

「ダメです。キーファさん」怯えた瞳をアリューシャが向ける。


「ジャンと一緒にいろ!」


「嫌です! 行かないで!」


「ジャン! アリューシャを頼んだぞ!」その言葉を聞かずにキーファがせり上がりから大きく飛び上がった。


「キーファさん!!!」


 一緒に飛び降りる勢いのアリューシャを慌ててジャンが引き留めた。

「危ない! アリューシャ落ち着いて。あいつは大丈夫だから」


「大丈夫じゃ無いです! キーファさんに何かあったら……」



 少女の言葉がぐるぐると頭の中を巡る。


(大切な人を守りたいでしょ?)くすりと薔薇色の唇が笑う。



 大切な人を守りたい



 ゾクリと背筋を冷たいものが撫でつける。

 


 でも……もしも守れなかったら?




 涙がほろっと零れたアリューシャを見てジャンは拳をギュッと握りしめた。

「アリューシャとにかく船へ戻ろう」嫌がるアリューシャをジャンが力尽くで抱き上げた。


「ここで待たせて下さい! お願いします」声を震わせながら懇願するアリューシャが腕に力をこめてジャンを押し返す。

 

 ジャンが構わずアリューシャを抱きしめた。

「頼むからジッとして。アリューシャの安全が最優先だ」

 いつもは聞くことの無い真剣なジャンの声にようやく強ばらせていた腕の力を解いた。



 キーファさん――――どうか無事で


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