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14. 冷たい雨(2)

 人の行き交うエーデルシュタインのメインストリートを、ジャンの後ろをついてアリューシャが歩いていた。

 広々とした歩道には、花文様を表すように色の違う煉瓦が交互に敷かれ、建物の一つ一つも空を隠すようにそびえたつ。

 

「最初はフライハイツの大時計かな? やっぱりこの街で一番の見所だし」

 鼻歌を交えながらジャンが明るい声を出す。


「すごく大きな時計ですよね。飛空船が着陸するときにちらっと見えました」


「時計塔は中も入れんだよ。面白い仕掛けもいろいろあってさ」


「……でもレーベンの噴水もいいんじゃないか? とりあえず観光客で溢れてるって事は見所なんだろ?」


「ああ、あそこは…………キーファ!?」

「キーファさん!」振り返ったアリューシャの瞳が輝く。


 ジャンが目を白黒とさせる。

「なんでお前がついてきてんだよ!?」


「俺も行くって言っただろ?」


 本気で苛立つジャンとそれを見据えるキーファの間にアリューシャが割り込んだ。


「ジャンさん! 私早く時計塔見てみたいです。3人でもいいじゃないですか。ね?」

 アリューシャが残念そうにジャンを見上げた。

「……ダメですか?」


「い……行こう! アリューシャ」

 



 時計塔の最上階まで上り、景色を眺めた三人は次の観光地のレーベンの泉を目指して再びメインストリートを歩いていた。


「腹減ったしなんか食おう」先頭を行くジャンがアリューシャを振り返る。

「甘いの好き?」


「はい」


「この街はチョコレートが有名なんだよ。チョコは?」


「俺は大好きだ」キーファが答える。


「お前には聞いてねえ」


「私は……」


「アリューシャはマシュマロが好きなんだよな?」


「それはうちの母さんです。……って私も好きですけど」


「だよな? 俺も焼きマシュマロは好きになった」


「ってことはマシュマロ苦手だったんですか?」


「いや、フツーだった」


「普通って……」くすりと笑うアリューシャがジャンの視線に気づいた。ジャンがじっとりとした目で二人を見ている。


「あ! ジャンさん、私もチョコ大好きですよ」


「そんじゃクールリラっていう店に行こうか? 名店なんだよ。この時間ならいてるかなあ」


「クールリラならこっちの道が近いんじゃないか?」


 我慢ならなくなったジャンがキーファの肩に手を回し、道の端に移動した。声を殺して抗議する。


『おい、キーファ。お前はついて来てるだけなんだからいろいろ口出すんじゃねえよ』


「お前こそ楽しく観光できないのかよ?」


『お前がいなきゃ100倍楽しめるわ!』



 二人がこそこそと話す中、手持ちぶさたのアリューシャが周囲に目をやる。

 ふと前方から歩いてくる女の子に目がいった。


 かわいい日傘だなあ


 大ぶりのフリルをはためかせた純白の日傘が揺れている。前に傾けていた傘を背後にやると愛らしい少女の顔が見えた。

 白金の緩やかなウェーブのかかった髪をツインテールにしている。

 髪の色より少し濃い、金色の瞳がアリューシャに注がれた。



 アリューシャの周囲から音が消えた。

 スローモーションのように情景が流れる。



 私は――――


 私はこの顔を忘れない



 不気味に盛り上がった小山の上で翻る幾重にもなったレースのスカート。振動によって引き起こされた風にそれが舞い上がる。

 険しい目元とは違って薔薇色の唇は微笑むように口の端を上げていた。

 地響きがしてアリューシャの全てを飲み込む。


 ハ……

 ……ハ……


 アリューシャの息が切れる。

 首元を握りしめると、巻いていたマフラー越しに丁子石のペンダントの楕円のカタチが手に伝わる。


 日傘の下で少女がこちらを向いて微笑んだ。あの日と同じような可憐な姿のままで。


 少女がくるりと踵を返し、アリューシャに背を向けて歩き出した。

 あっという間に人の波の中に消え、かろうじて日傘の先端だけが見える。

 アリューシャが少女の後を追い、一目散に走り出した。



「……アリューシャ!!」

 反応したのはジャンの方を振り返ったキーファだ。


「え!? アリューシャ!?」

 ジャンもそのキーファの反応に急いで振り返る。


「アリューシャ!! 待て!!」

 人の波をかき分けてキーファが走る。ぶつかった男が大声で文句を言うがキーファは目もくれない。


「アリューシャ!!」

 叫んでもアリューシャは止まろうとはしない。


 その時大量の荷物を積んだ馬車が通りを塞いだ。人混みをすり抜けていく小さなアリューシャの姿が完全に見えなくなった。


 瞬間、キーファは青ざめ全身に鳥肌がたつ。

 迷い無く人の群れから跳び上がると馬車を越え、露天に出されていた大きな山積みのワイン樽の上に着地した。

 周囲にいた人間がどよめく。


 どこだ!? アリューシャ!!


 3ブロック先の角を曲がろうとするアリューシャの栗色の髪が見えた。


 いた!

「アリューシャ!!」


 そのままそこから風を使い煉瓦の建物から突き出た庇に飛び移る。

 下から見ていたジャンもキーファの後を追い、軽く馬車の屋根の上に跳び上がった。


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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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