14. 冷たい雨(1)
飛空船は三日の飛行の後、首都のエーデルシュタインに到着した。広い飛空場のアレキサンドライト専用離着陸場に向けて上空からゆっくりと下降していく。
甲板でその光景を見下ろしていたアリューシャが驚いた。
数え切れないくらいの建物が広場と時計塔を中心にびっしりと放射状に建ち並ぶ。
時計塔の鐘がゴーンと響くと一斉に鳩が飛んでいくのが見えた。
「凄いですね」
「エーデルシュタインは初めてかい?」隣にいたカサンドラが興奮気味のアリューシャに目を細める。
「はい」手摺りから身を乗り出していたアリューシャがカサンドラに顔を向けた。
「観光にでも行ったらいいよ。あたしが連れていってあげたいんだけど、しばらくはここではやることがあってね」
「そうなんですね」
「キーファにお願いしてみな」カサンドラがウインクする。
「え!? そ、そうですね」
「3小隊は明日が非番だよ」
「……はあ」
カサンドラの言葉を受けて曖昧に答えたアリューシャだったが、実際どんなタイミングでキーファに切り出したらいいのか考えていた。
そもそもキーファさんってどこで会える??
医務室で薬品棚の瓶を並べながらキーファの勤務について思い返していた。
食堂が会えそうだけど人が多いし……
鳥見台に行っても会えることなんてほとんど無いし
「アリューシャ」ジャンが開いていた扉からひょっこりと顔をのぞかせた。
「なあ、仕事が終わったら一緒に船下りてみないか? 俺が街中案内してやるから」
「え?」
キーファを誘おうとそればかり考えていたアリューシャは上手く頭が回らない。
「えっと」
「ダメだった?」
「いえ、ダメじゃ無いんですが」
「じゃあ決まりな! 17時に部屋に迎えに行くよ」
約束を取り付けたジャンがさっさと行ってしまった。
部屋に戻ったアリューシャがため息をつく。
「そんなにため息ばっかりついてると幸せが飛んでいっちまうよ?」
「そうなんですか!?」慌ててアリューシャが今吐いた息を吸い込む。
「どうしたんだい?」
カサンドラがにやつきながらアリューシャの顔を覗き込んだ。
「もしかしてキーファを誘えなかったんだろう?」
「それは……」
トントット、トン
部屋の扉がリズム調にノックされた。首をかしげたカサンドラが扉を開ける。
「アリューシャ!」満面の笑顔のジャンの顔が瞬時にひきつる。
「げ!? 姐さん!? 今日本部じゃねーの!?」
「今からだよ! ったく人の顔見て『げ』は無いだろ?」
短い金髪を上に立てて小洒落た格好をするジャンを訝しげに見る。
「……アリューシャまさかこいつと行くのかい!?」
「『まさかこいつ』は無くない?」
「あたしは賛成しかねる」
「なんだよ!? いくら姐さんでもその言いぐさは酷いだろ!?」
カサンドラがジャンの目の前でノブを引く。
「わー、待って待って! とにかく邪魔しないでくれよ」
ぐいぐいとカサンドラを押し退けると、急いでコートを羽織ったアリューシャと目があう。
「……かわいい」小さな声でジャンが呟く。
その惚けた顔を見て、心配になったカサンドラがジャンの首根っこを掴むと廊下に連れ出した。
「姐さん!? 何すんの?」
「『何すんのぉ?』じゃないよ! あんたわかってるね? アリューシャはポゼサーに狙われてんだよ!? そんなぼーーーっとして守れるのかい!? 人だってこの街にはわんさかいるんだよ?」
「わかってるよ! 俺だって伊達に副隊長やってんじゃないし」
カサンドラは疑いの目つきだ。
「あーもう! わかってるに決まってんだろ!? 好きな女死んだって守り通す!」
ジャンの顔がぽっと赤くなり、カサンドラは顔を引きつらせた。
「止めとくれよ! 鳥肌たったわ。あー寒っ!」と腕をさするカサンドラにジャンが不満げな顔を向ける。
「というわけだから心配無いよ」
ジャンがもう一度扉を開くと部屋の中で戸惑っていたアリューシャの手を掴んだ。
「行こう! アリューシャ」
「は、はい」
カサンドラが額を押さえてため息をついた。
「あの……行ってきます、カサンドラさん」
「ああ、気をつけるんだよ」
手に持った書類をぶんぶんと振ってカサンドラが手を振った。
タラップに向かうジャンとアリューシャの二人を見て、誰かが声を上げた。
「わ!? ジャンのヤツ抜けがけか?」
それに反応したのは第2小隊隊長のロックだ。
「おりょ? キーファのヤツいいのかよ?」
丁度仕事を終えた第一小隊のシリルがタラップを上ってきた。
「隊長、お疲れ様です!」ジャンがきびきびと挨拶する。
「ああ、お疲れさん」
そのシリルのすぐ後ろを上ってきたキーファとジャンの目が合う。
「……お疲れさん」渋い顔をしてジャンがとりあえずと声をかける。
「お疲れ…………アリューシャ?」
キーファがジャンに連れられたアリューシャの腕を掴む。
「どっか行くのか?」
「今からどっか行くんだよ。手離せ」ジャンが答える。
「どこに? ……俺も行くよ」
「はあ!? 何言ってんだよ!?」
「いいですね。キーファさんもご一緒に。ジャンさんが観光に連れて行ってくれるそうなんです」
言っているアリューシャの手が前方にぐいんと引っ張られた。
「キーファついて来んなよ!」ジャンが睨みをきかせる。
タラップを駆け下りるジャンにアリューシャが引きずられるようにして下りていった。
キーファがゲートへ向かう二人を甲板から見下ろした。
「……シリルさん。俺やっぱりちょっと行ってきます」
「ああ、報告は俺がしとくよ」第一小隊のシリルが微笑む。
キーファが制服のジャケットを裏返しながら、20メートルほど高さのある甲板から飛び降りた。
「マジか!?」
その光景を嬉々として見ていたロックが声を上げた。
「シリル! 俺の隊もお前に任せた! ちょっくら行ってくるわ!」
シリルがロックの首に手を回す。
「お前は行くな!!」