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13. ドラゴンの末裔(2)

 ぴょこんと腕に乗ってきた鳩に、キーファがちぎったパンを与える。少年のような笑顔を見せると鳩もクルクルと喉を鳴らし首を傾ける。

 アリューシャがそのキーファの笑顔をじっと見つめた。


「……鳥って昔ドラゴンだったそうですよ」


「そりゃあ、おとぎ話か?」


「おとぎ話なんかじゃ無いです。そういう研究をしてる人がいるんです。まだまだ仮説の域を越えてはいませんが、面白いでしょ?」


「巨大なドラゴンの生まれ変わりが……こいつ?」


 首を右に左に傾ける鳩がキーファの持つパンを啄む。


 キーファが我慢できずに笑い出した。

「女の子ってのはロマンチストなんだな」


「そういう事じゃ無いんですから。だってやっぱりキーファさんってドラゴンと相思相愛なんだなって思っちゃったんです。鳥とこんなに仲良いし」


 アリューシャがキーファの座る一つ下の段に腰掛けた。


「みんなが言ってました。キーファはドラゴンの寵愛を受けてるって。それって石の透明度が高いって事ですよね?

 私が見てきたものは表面がぼこぼこしてたり、内包物があったり、亀裂が入ってたりして原石から抜け出せていない物ばかりでした」


 キーファのイヤーカフの向こう側にアリューシャは視線を向けた。


「キーファさんのストーンの名前は……えっとみんなついてますよね?」


「俺のストーンは〈エルフの得難き口づけ〉だよ」


「……すごい名前ですね」


「俺がつけたんじゃ無いからな!? 誤解するなよ? 神官のじーさま連中がつけてんだよ! どういうセンスだ」

 

 アリューシャがクスクスと笑った。


「笑ってないで…………よかったら近くで見てみるか?」


 アリューシャの顔がパッと明るくなる。

「はい」


 キーファが首を傾けて制服の襟をずらした。アリューシャがもう一段上に座り顔を近づけた。キーファの耳の後ろを見ると、透明度の高い、まさに宝石と呼ぶにふさわしいグリーンドラゴンがそこにある。


 森林の中の湖のような透明度の高い碧緑色の中に、風のようにコバルトブルーがひと筋線を描いている。


「触ってもいいですか?」

「ああ」

 そっと人差し指の先で触れると、冷たく滑らかな感触がある。


「キレイ……」あまりの美しさにアリューシャが魅入る。

「すごく綺麗です。本物の宝石みたいですね」

 

 その声にキーファが思わず顔を向けると、アリューシャの鼻先にキーファの唇が近づく。


「悪い」

 慌ててキーファが顎を引いた。


「い、いえ、私のほうこそ」


 アリューシャの心臓はドッドと音を立てる。


「き、綺麗な緑色でエメラルドに似てますよね」


 汗が噴き出すアリューシャが早口で言葉を続ける。


「うちの母さんの誕生石がエメラルドで結婚指輪に小さいのがついてたんですよ。すごく可愛くて子どもの時『ちょうだい』ってねだったな」


 沈黙を避けるようにアリューシャが会話を見つけ出す。


「……そういえば、キーファさんの誕生石は何ですか?」


「俺はトパーズだよ」


「……エメラルドじゃ無いんですね」


「なんだ? その空気読めないみたいながっかり感」


「別にがっかりしてませんよ」


「アリューシャは何だよ?」


「私はガーネットです」


「……今月誕生日か!?」


「……そうです!! やだ、もう1週間も過ぎてる! 自分の誕生日すっかり忘れるなんて」


 アリューシャが両手を頬に当てる。


「バタバタしてたからな」


 今までキラキラと輝いていたアリューシャの瞳が、微かに色を失うのをキーファは見逃さなかった。


「嬉しくないのか?」


「あー……今年はそれどころじゃ無いなあって。毎年…………やっぱりいいです」


「しょうがないから俺が祝ってやるよ」


「え!? ほんとですか!?」


「何がいい?」


「何かくれるんですか!? うっそ!? ホントに!?」

 

「嘘ってなんだよ?」

 キーファがアリューシャの額をトンと指で押して笑う。

「ほんとに何がいい?」


「何でもいいです。キーファさんがくれるなら! 何だって喜びます!」


「何でもねえ……」

 そう言ったキーファがジッとアリューシャを見つめる。

 そして自分の首からかけていた革紐のペンダントをおもむろに取り出すと、アリューシャに差し出す。

「ほら」


「え!? いいんですか!?」

 アリューシャの頬が緩む。


「ああ、お古でもいいなら」


「すっっごく嬉しいです!」


 ペンダントトップは細い革紐が網目状になっており、その中に入れられた楕円の白い石が光沢を放つ。


「ミルク飴みたいですね」


「間違っても食うなよ」 


「食べませんよ」

 アリューシャ口をとがらせてみせる。

「ただ、初めて見た石です。一番近くて真珠かなあ」

 光に当てるようにしてアリューシャが石を凝視する。


「そいつは丁子石ちょうじせきだよ」


「へえ……とっても綺麗ですね」


「昔団長にもらったんだ。ガキの時にさ」


 石から目を離したアリューシャが驚いたようにキーファに目をやる。

「そんな大切なものいいんですか!?」


「もう俺には必要ないからな」


「嬉しい……」

 アリューシャがきゅっと石を握りしめた。

「私絶対、ぜーったい一生大切にします!」


「そんな大げさな」キーファがクスリと笑った。





 部屋に戻ってからもアリューシャはどこか夢見心地だった。

「はあ」と自然とため息が落ちてベッドに転がった。


 手の中のペンダントをうっとりと眺める。

 今し方まで話していたキーファの言葉や表情をもう一度頭の中で再生させる。

 そして自分の中で大切にしまっていたあのキーファの言葉を思い出すとアリューシャは身もだえた。


『いつか俺がつれて行ってやるよ――――』


 ……私ってそんな場合じゃ無いのに


 辛くて悲しくて苦しい気持ちが心を占めているのに、熱くて泣きたくなるよう幸福感が同時に存在していた。

 

 

 ――――溺れる人がただ何かにしがみつきたいだけなのかもしれない



 そうやって自分の心の内を頭で考えて目を瞑る。

 でも自然と出てくる甘いため息をアリューシャは止められないでいた。

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