13. ドラゴンの末裔(1)
アリューシャは朝の食堂でキーファを探していた。
夜勤だったからまだ寝てるのかな?
ごく自然にキーファの所在について考えている自分にこそばゆくなる。
「それ不味かったかい?」
カサンドラがフォークでスープカップを差した。
「え?」
「一口飲んだきりぼーっとしちゃって」
「いいえ、全然! 美味しいです。マックスさんのご飯は全部」
ごくごくとアリューシャがカップのスープを飲み干した。
「じゃあ、あれかい? 昨日の夜、良いことがあって寝不足なのかい?」
顔を寄せてきたカサンドラにアリューシャの顔が赤くなる。
「そんなんじゃ無いです。あ、クッキー美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ああ、あれね。高かったからねえ。タダじゃ無いんだよ?」
「ええ!?」
「さあ、吐きな。良いことあったんだろ?」
「ほんとに何にも無いですって」
脇腹を突っついてくるカサンドラに笑いながら抵抗していると、そのテーブル席にロックが座ってきた。
「なんだよ女同士でいちゃいちゃと」
「あんたはあっちで食いなよ。まったく朝からむさ苦しい」
「俺だってむさ苦しいあいつらの顔みてるよか、こっちがいいんだよ」
ロックがにっかと笑う。
「なあ、アリューシャ」
「ええ? あ、はい」
「こんな大男が目の前にいたんじゃ、アリューシャが萎縮しちまうだろ?」
「いえ、そんな」
「いやあ、アリューシャとゆっくり話せなかったからよ?」
「あ、そうですね。よろしくお願いします」
「俺が聞きたいのはキーファとどうなってんのかって事だよ」
アリューシャの顔がかあっと赤くなる。
「そんなストレートな聞き方あるかい」
「じゃあ、なんて聞くんだよ?」
「そんな、本当に何にも無いんです」
「怪しいね」
「ああ、怪しい」
「怪しくないです!」焦ったアリューシャの額には汗が滲む。
「何楽しそうに話してんの?」
ロックの隣の椅子にプレートを持ったジャンが腰掛ける。
「ジャン。お前は聞かねえ方がいい」ロックが大げさにジャンの耳を押さえた。
「んだよ!? どういうことだよ?」
「じゃあアリューシャ戻ろうか?」空になった皿をカサンドラが持ち上げる。
「ええ!? もう帰るの? アリューシャはもうちょっといたら?」
「お呼びじゃねえんだって、ほれ、お前も急いで食えよ」
ロックがパンを丸ごとほおばった。
「ロックさんって楽しい方ですね」
「あいつはホントうるさいからね。ジャンといたら二重奏でうるさいよ」
アリューシャが二人の掛け合いを思い出しふふと笑った。
「……あんたが楽しそうにしてると、あたしも嬉しいよ」
「カサンドラさん……」
アリューシャがカサンドラの腕に手を回した。
「私もカサンドラさんが笑ってくれると嬉しいです」
その日はキーファには会えずじまいで、翌日の朝食時も第3小隊の姿は無くキーファには会えなかった。
キーファさんって、この船から出てないよね?
飛んでるしね……
ジャンが移動中はやることが少ないと言っていたことを思い出し、頭を捻る。
「アリューシャ、午後からわしゃ部屋で本でも読んで過ごすから、お前さんもゆっくりするといい。明日にはエーデルシュタインに着くからな。ちと忙しいぞ」
「はい。じゃあ私もゆっくりさせていただきます」
昼食の時、ようやく第3小隊の姿が見えたもののそこにはキーファの姿だけが無かった。
食堂を出て行くユリウスを慌てて捕まえた。
「ねえ、ユリウス。キーファさんってどこにいるの? ずっといないよね?」
「え? 今はいなかったけど、ずっと居たよ」
「そうなの? 私が会えなかっただけ?」
「……そうだね」笑いを堪えるユリウスにアリューシャの顔が赤くなる。
「見かけないから……その……」
「いいって。わかってるから」
何をわかっているのかとアリューシャが小さくなる。
「隊長ちょっと鳥見台に行くって言ってたから」
「とりみだい?」
「うん。緊急時のためにこういう船には鳥が乗ってるんだよ。知らなかった?」
「知らなかった。電話とか無線とかあるのに?」
「そうそう。でも今は験担ぎなとこがあるのかな? ほんとに緊急事態ならやっぱり通信に頼っちゃうからさ」
「そっか」
「僕が鳥見台に案内しようか?」
「お願い」
船尾まで歩き、階段を上ると通信室の入り口に出た。アリューシャにはあまり関係の無いフロアでここには初めて来る。その通信室の奥に小さな扉があった。
「ここだよ」
「ありがとう。あの、ユリウスも一緒に……」
「いいよ、いいよ。僕は戻るから」
笑いをこらえるユリウスに見抜かれたようで、アリューシャはバツの悪い顔をした。
アリューシャの背丈ほどしかない小さな木製の扉をそっと開くと風が吹き込んだ。
止まり木が壁際に並び、空の鳥かごも多く並んでいる。
その小さな部屋の奥には段を上がると物見台のようになっていて狭いデッキスペースが据え付けられている。
薄い鉄板の引き戸のすぐ側、階段部分にキーファが座っていた。黒い鳩に餌を与えていたようで驚いてアリューシャに目を向けている。
「アリューシャ? どうした?」
「ユリウスに聞いたらここだと聞いて。お昼食べないんですか?」
「ここで食ったんだよ。サンドウィッチもらってさ」
「そうなんですね」
アリューシャがその割と広いがガランとした部屋を見回す。
「ここが鳥見台なんですか?」
「そうだよ。といっても鳥もこいつらだけだけどさ」
キーファの側の手摺りに二羽の黒鳩がとまっていた。
「昔はたくさんの鳩がいたんだけどな。俺が子どもの頃はさ」
「子どもの頃に?」
「そうそう。団長に連れられてさ。この船に半年くらい住んでた」
クルクックと鳴いた鳩の喉元を触る。
「鳥が好きなんですね」
「昔ここにいたじいさんについて遊んでたら自然とな。こいつらは軍書鳩だよ」
「伝書鳩ってことですか? ルートを覚えさせる」
「ああ、そうだよ。そっちのヤツは違うけどな」
キーファが顎で示した方を見る。アリューシャが今入ってきた扉のすぐ横に、白い鳥がたたずんでいた。鳩の二倍ほどの大きさで嘴から長い尾羽根まで真っ白だ。
アリューシャがそっと近寄ると鳥が首を傾けた。
「きれいな鳥ですね」
「こいつは南方のトラキア諸島特有のオウムの仲間なんだよ。今じゃ数は減ってるが立派な仕事するヤツさ」
「オウムに見えませんね」
独特の丸みを帯びた頭と嘴をしておらず、その風貌は小さな鳶を思わせる。
「この鳥も軍書鳩なんですか?」
「まあ、そんなとこだ」