12. いつか(2)
丈長の外套をまとったキーファがユリウスと一緒に船首から戻ってきた。
「アリューシャ、夜中にどうした?」
「えっともうすぐ休憩だって聞いたから、差し入れです」二人に籠の中身を見せる。
「やった! 隊長休憩にしましょうよ」
「そうだな」キーファが言いながら黒いグローブを外した。
アリューシャが脇に抱えていた大きな敷布を広げてカップとお菓子を籠から出す。
「なんだか夜のピクニックみたいだね」
「そうでしょ? いろいろもらってきたの」
アリューシャが熱い紅茶を注ぐと白い湯気が上がった。
どうぞと二人にカップを渡し、木製の器に並べていたチョコと胡桃のクッキーも差し出す。
「いただきまーす」
「お、クッキーだ」二人がつまみ上げて口に運ぶ。
「それはカサンドラさんからよ」
二人の手がぴたりと止まった。
「倍返しだって言われませんか?」
「……ありえるな」
「そんなことカサンドラさんは言いません。私がもらったんですから」
「じゃあ大丈夫かな」
二人が安心したのか食べ始める。
「なんだか楽しい休憩ですねえ」ユリウスが満足してお茶をすする。
「いつもと全然違いますよね? 隊長」
「そうだな」とキーファもカップに口をつける。
アリューシャが首にきつく巻き付けていたマフラーを緩めた。
「強い風も止みましたね。甲板に出てきた時はビックリしちゃったけど」
「ああ、それはたぶん……」ユリウスが明るい声を出すと同時にキーファの視線が釘を刺してきた。
「そうだね。良かったよねぇ」
キーファが風を抑えていることを言いかけたユリウスが、誤魔化しながらクッキーをほおばる。
「アリューシャは星でも見にきたのか?」
「そうです。甲板から見る星も綺麗だって言ったのキーファさんですよ?」
「風邪ひくぞって言ったよな?」
「見て下さいよ。これだけ厚着してたらへっちゃらです」
「まさか……本気でここで寝る気だろ?」
「それでもいいんですけど……急にさっきみたいな風が吹いたら飛ばされちゃうかなぁ」
「飛ばされるよりもあれじゃないか? 自分でころころ転がって行きそうだよな? 気がついたら船の舳先にでも引っかかってるかもしれないぞ?」
「そんなこと言うのキーファさんだけですからね? 私自慢じゃ無いけど宿舎の小さな二段ベッドからだって落っこちたこと無いんですから」
アリューシャがわかりやすく口をとがらすとキーファが笑った。
お茶を啜りながら二人のやり取りを見ていたユリウスが大げさに声をあげた。
「あ! 僕、副隊長に呼ばれてたんですよ! 忘れるとこだったなあ。アリューシャちゃんごちそうさま」
「え? まだクッキーもたくさんあるよ?」
「大丈夫。お腹いっぱいだし。お二人でどうぞ」
ユリウスがそそくさと立ち上がると船内へと入って行った。
「じゃあ食べよう」とキーファが一気にクッキーを二枚口に入れた。
「私の分残してて下さいね」
フーッと吹いて紅茶に口をつけるアリューシャにキーファが顔を向けた。
「船には少し慣れたか?」
「はい。皆さんいい人達です。キーファさんが言ってたように」
「そうか」とキーファがアリューシャを見て嬉しそうな顔をする。
見つめてくるキーファの瞳に急に居心地が悪くなり、アリューシャは星空を眺めた。
「ここは空が近いですね。フォンデルス山で見た星も綺麗だったけど、空の上で見ると全然違います」
「そうだな。何も邪魔しないよな。山も木の枝も雲も何にもないからな」
星の一つ一つが瞬き、光の洪水となって夜の世界を美しく飾り付ける。
キーファが後ろに手をつき、立てていた膝を伸ばした。
「……人の魂は星になるんだとさ。俺が子どもん時よく団長が言ってたよ」
「そっか……。じゃあ、この星空にはきっと父さんも母さんもいるんですね。キーファさんのご家族も……」
冬の澄んだ空気をすり抜け、並んで見上げる二人の頭上に、星の光が降り注ぐ。
「シルヴィオさんに聞きました。父さんの腕は母さんのお墓のすぐ隣に埋めたって。だからグラートに謝るだけじゃなくって、レイテ村にはお墓参りにも行きたいんです。私はいつか……」
アリューシャが目を細め遠くを見つめる。
星となった誰かに語りかけるように言葉が紡がれる。
「俺がいつか連れて行ってやるよ」
驚いたアリューシャがキーファに目を向けた。
「レイテ村にもフリージャにも俺が連れて行ってやるよ。アリューシャが行きたいとこにさ」
アリューシャはグッと胸の辺りで息が詰まるのを感じた。
「……なんだよ? 『いつか』じゃ不満か?」
「いえ……そうじゃなくて。それは任務でですか?」
「どういう任務だ?」キーファが笑う。
「個人的に連れてってやるって言ってんだよ」
胸の詰まりが全身に広がったように苦しくて、アリューシャの手も目も唇も、体も小刻みに震える。
「キーファさん……ありがとうございます」
ようやく絞り出せた言葉にアリューシャは自分の体がいつの間にか熱くなっていると気がついた。
キーファの瞳からアリューシャは抜け出せず、ただまっすぐ見つめ返した。
「まあ、休暇中は割とヒマだしな」と言ってキーファがまた夜空を見上げる。
アリューシャはその横顔から目を離せないでいた。
どうしよう……
アリューシャはすこし長いオーバーコートの袖口を握りしめた。
――――私、この人が好きだ




