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12. いつか(1)

 フィッシャーの喝を受けた団員達はむやみやたらに医務室を訪れる事は無かった。だが昨日の件もどこ吹く風、懲りない男がまだここにいた。


「アリューシャ、仕事終わった?」

「あ……ジャンさん。お疲れ様です」


 医務室のカーテンを閉めながら振り返ると扉の側にジャンが立っている。


「俺、今日非番なんだよね」


「そうなんですね」


「移動中が一番仕事無いんだよ。俺たちはトレーニングと見張り番くらいだし」


「3隊でって事ですか?」


「そうそう。今日はキーファんとこが当番だな」


「一日中見張るんですか?」


「そうだよ。二人組で交代。夜とかさみーぞー?」


「そうですよね。風邪とかひいちゃいそうですね」

 アリューシャはフォンデルス山よりも更に強風で気温の低い状況を想像する。


「でも冬の夜は星が綺麗なんだよな」

 ちらっとジャンがアリューシャを見た。

「よかったらだけどさ、今夜一緒に甲板の散歩でもしない?」


 考え事をしながらアリューシャが医務室の扉を閉める。


 寒いなら……やっぱりあれだよね


(苦いの嫌いだしね……)

 アリューシャがボソリと呟きながら上の空で階段へ向かう。


「……アリューシャ? 聞いてる?」


「すみません! 私やりたいことあるんでこれで失礼します!」

「え!?」

 アリューシャは振り返りもせず階段を下っていった。


「……アリューシャよお……返事はよお?」




 階段を下ってアリューシャが向かったのは食堂だった。そこからキッチンを覗くと調理台の上で盛り付けをするマックスの姿が見えた。


「マックスさん、忙しい時間にすみません」


「おーアリューシャか。もう飯できるからな」


「あのお、夕食終わってからでいいんですが、ポットに紅茶とかもらえますか?」


「夜飲むのかい? もちろんいいぜ」


「ありがとうございます。じゃあ、後で伺います」



 部屋に戻ると自分のショート丈のコートを羽織り、ストールを首に巻いてみる。


 火を焚いてないからこれじゃ寒いのかな?


「アリューシャ何やってんだい?」


 姿見の前に立つアリューシャに戻ったカサンドラが声をかける。


「え……っと。夜、甲板に出てみようと思うんですけど、これじゃ寒いですか?」


「そうだねぇ」カサンドラがしげしげとアリューシャの格好を見る。

「それじゃ寒いかな」


「そっか」


「ちょっと待ってな」

 カサンドラが自分のベッドの横に運んだチェストを引き出し、山積みの籠の中もひっくり返す。


「あったこれこれ」


 カサンドラがマフラーと手袋とロング丈の分厚いオーバーコートを出した。

「ちょっとデザインが若いから、しまいこんでたんだけど。よかったらアリューシャ着るかい?」


「いいんですか!?」


 マドラスチェックのマフラーと手袋は揃いで、オーバーコートの丸い襟と大きなボタンは愛らしく、アリューシャにはピッタリだった。


「似合うじゃない」


「凄くステキです。ありがとうございます」


 カサンドラが目を細める。

「今日の見張り番は3小隊だもんね」


「そんなんじゃ無いんですけど……」


「そうだ! これも持って行ってやんな」

 壁に取り付けられた棚からカサンドラがクッキーの包みを出してくれた。

「あいつは甘いのが好物だからね」


「あ……ありがとうございます」


「熱いお茶も持って行ったほうがいいよ。寒いからねえ」


「それは、マックスさんにお願いしたんです」


「用意周到じゃないか」カサンドラがぷっと吹いて笑い出した。

 アリューシャの体温が上がりぽっぽと赤くなる。




 夕食を済ませて部屋へ戻るとアリューシャはそわそわと部屋で過ごしていた。


(22時頃に一度休憩するはずさ)

 と教えてくれたカサンドラは、ベッドで寝息を立てている。

 部屋の明かりを消し、小さなランプの下でアリューシャはフィッシャーに借りていた、医学書を広げていた。ページをめくっているのだが一向に頭に入って来ない。


 時計を見ると針がもうすぐ10を差そうとしていた。


 アリューシャは山葡萄の蔓で編まれた籠に、お菓子とポットとカップが入っていることを確認すると、ランタンを手に持った。


『行ってきまーす』

 眠っているカサンドラに気持ちだけ声をかけて、扉を開いた。



 甲板は昼間と変わらず風が強い。上空の冷たい北からの風が夜になると一層寒気を強めていた。


 ビョオォォォ――――


 強く吹きつけた風に煽られながら、ランタンの光を頼りに歩く。


 キーファさんどこにいるんだろう?


「あれ? アリューシャちゃん?」

 

 キーファの隊のユリウスが声をかけてきた。

 第3小隊の末席のユリウスはアリューシャの一つ年下で、まだ少年の騎士団員だった。カールのかかった髪が風に揺れている。

「どうしたの? こんな夜遅くに」


「えっと、もう休憩かなあと思って」


「そうだね、そろそろ休憩に入ると思うけど……」

 ユリウスがきょろきょろと辺りを見回す。

「隊長船首にいるんだよ」


「今は二人で見張り番してるの?」


「そうだよ。僕見張り台の上にいたんだ。今日はあんまり風も吹いてなくて快適だよ」


「私は風が強くてびっくりしちゃった」


「じゃあ、ここにいて。その階段の横は風があんまり来ないよ。隊長呼んでくるね」

 にっこりと笑顔を見せるとユリウスが跳ねるようにかけていった。



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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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