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11. 医務室の主(3)

「さて、うるさいのはいなくなったし。えーっとアリ……何だったかな?」


「アリューシャです」


「アリューシャはセカンドならもう臨床の研修もやっとるんだろ?」


「はい。学校でも研修は受けていましたし、帰省時には父の手伝いをしていました」


「アンダース医師か……気の毒な事だったな。アトメン病の研究をしとる噂は聞いとったからわしがジェイドの紹介状を書いたんだよ」


「はい。そうお聞きしています」


「いろいろあったから無理せんでいいが……」


「いいえ。ただお世話になっているのも申し訳なくて。もしよければ私にお手伝いさせて下さい!」


「まあ、気負いなさんな。ここの連中は治療に来いって言ったって全然きやせん。だからいつも閑古鳥が鳴いとるわ」

 フィッシャーが髭をさする。

「まあ……カルテの整理からやってくれると助かるわな」


「はい! がんばります」


「ああ。明日からでいいからな?」


「あ、でも」


「これは医者としてのわしの診断だ。今日は体をゆっくり休めること」


「はい!」アリューシャは満面の笑顔で答えた。


 

◇ ◇ ◇ ◇

 ツインエンジンが火を噴くと、両翼にそれぞれある三つのプロペラが回り出した。

 旗でサインを送るマーシャラーの合図を待つと、飛空船アレキサンドライトがゆっくりと上昇し始める。


 アリューシャはカサンドラと一緒にその光景を甲板から見ていた。

「すごいですね。こんなに大きな飛空船が飛ぶんですね」


「そうだろ? この国でも3本の指に入る容積だよ」


 アリューシャの三つ編みとカサンドラのポニーテールにした髪が風で舞い上がる。


「今から3日は空の旅さ。飛ばされないように甲板に出る時は気をつけるんだよ」


「はい」


「それで今から?」


「フィッシャー先生のところでお手伝いしようと思います」


「ぼちぼちやんなよ」


「はい!」

 アリューシャは手摺りや壁に身を沿わせるようにして医務室を目指した。きっちりと閉じられている扉をノックする。


「先生、アリューシャです」


 薄暗い医務室をのぞき込むが、そこにはまだフィッシャーの姿は無かった。


「よし! とりあえず片付けとお掃除しよう!」

 

 奥にあった箒とぞうきんを持ち出すと、乱雑に置かれたカルテをとりあえずキレイにまとめて置く。机の上を吹き上げ、本棚の埃をはたきで落とす。それからアリューシャはせっせと床を磨き上げた。




「今大丈夫かな?」

 開け放っていた扉から若者が顔を出した。


「はい。えーっと先生なら」


「いや、ちょっと頭痛いだけだから、横になりたいんだけど」


「すみません! 掃除してて。あの、そこの椅子に座って下さい」


 慌ててアリューシャが手を洗うとカルテの山に手を伸ばした。


「あ……お名前を……すみません。まだ皆さんの事把握できてなくて」


「2小隊のセディだよ」


「セディさんですね……」


 先ほど重ねたカルテの中にその名前は無い。本棚を見てみると彼の名前だけを記した真っ白な紙が出てきた。


「あ、ありました。お名前だけ。初めて罹られるんですね」


「あ、そうなんだ。ハハハ」


「じゃあ、お熱を計って脈を診せてくださいね」


「どちらも異常無しですね」

 アリューシャが奥に置かれた二つのベッドに目をやる。埃っぽくてくシーツにはしゃくしゃと皺がついている。

「よかったら鎮痛剤を出しますので自分のお部屋で横になられたほうが……」


「いや! 俺そういうの全然気になんないから。あ、頭が」


 額を押さえるセディにアリューシャが手を貸す。


「それじゃベッドにいいですか? 氷嚢で少し冷やしてみましょう」




◇ ◇ ◇ ◇

「やっぱり念のために昨日の傷は診てもらおう。化膿とかしてたらヤバイしな」

 ジャンが独り言をいいながら医務室に向かう。

「先生はまだ食堂で新聞読んでたからな。いるならアリューシャだけだ」


「アリューシャ」

 ひょこっと顔を出したジャンの顔が見る間に引きつった。

 狭い医務室の中、若い団員達が列を成していたのだ。

 皆大げさに腹を押さえたり、足を押さえたり、しゃがみ込む者までいる。


「お前ら何やってんだよ!?!?」

 ジャンが団員を押し退けて中に入ると、更にベッドには一人が横になっていた。

 ジャンが大きく息を吸う。

「ぜんいん……」


 その時悠然と甲板を歩いてきたフィッシャーが医務室の入り口で固まった。

「な…なんじゃお前ら!?!?」

 そして目を剥き出しにすると大声を上げた。

「こんのうすらとんかちどもぉ!! 仕事に戻れい!!」


 フィッシャー医師の激怒に、部屋にいた団員達が慌てて部屋から飛び出した。


 入り口すぐにいたジャンが腕を組んで頷く。


「ったくあいつらアリューシャ目当てっスよ。何考えてんだ」


 そのジャンの顔をフィッシャーが睨みつける。

「おーまーえーもーだろがー!!」


「そ、そんなあ! 俺は純粋に怪我してたとこ診てもらおうと。ほら、ほら!」


 ジャンが肘を突き出して見せると、貼られたテープをフィッシャーがバリッと勢いよく剥がした。


「いってぇえ!!」


「もう治っとるわい!」 


「せんせ、そんなに怒ると血圧上がるよ。血圧」


 杖を振り回すフィッシャーをひょいと避けながらジャンがアリューシャを振り返った。

「また、後でね、アリューシャ!」


 後ろ向きで手を振りながらジャンが行ってしまった。


 嵐の後のように静まりかえった医務室で、アリューシャが小さくなってフィッシャーを出迎える。


「先生……あの……すみません」


「お前さんは別に何も悪かあない」

 腰に手を当てたフィッシャーがはああと息を吐く。

「ただ、一つだけアドバイスしていいかい?」


 肩をすぼめたアリューシャがフィッシャーの言葉の続きを待つ。


「ここの奴らはバカばっかだから真剣に相手にしなさんな」


「は、はあ」


「それと困ったことがあればわしにすぐ言うんじゃぞ?」


「は……はい!」


「そんじゃあ今日はこれで解散じゃ。わしゃもう疲れた。明日から……まあゆっくりやろうや」

 

 ぽんぽんとアリューシャの肩を叩くと、えっちらおっちらフィッシャーが船室に向かって歩き出した。



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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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