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11. 医務室の主(2)

「先生!」

 入り口の方から声がしてびくんとアリューシャが振り向いた。


 肘の所を押さえた若者が「痛てて」と言いながら入ってくる。

「先生! いないのかよ?」


「あ、先生はいらっしゃらないみたいで」


 中にいたアリューシャと若者の目がバチリと合う。


「先生呼んできましょうか? 場所を教えてもらえたらですけど」


「……いや、いいよ。こんくらいで呼びつけたら怒られそうだから」


「よかったらですけど、私が診ましょうか?」


「えっと……いいのかな?」


「あ、私医学生の…アリューシャ=アンダースです」ぺこりと頭を下げると


「あ、ジャン=リードです」若者もぺこりと頭を下げた。



 押さえていた手を離すと、布には血が染みこんでいて、まだ傷口が滲んでいる。


「深くは無いみたいですね」

 

 ガラス容器の中の綿で消毒すると、ガーゼを切って傷口に張り付けた。

「もう少しで血は止まると思います」

 アリューシャが微笑むとジャンがじっとその顔を見つめる。


「え……っとおしまいです」


 ジャンが椅子からパッと立ち上がった。

「アリューシャ……」


「はい」

 名前を呼ばれ返事をしたもののジャンがその後を続けない。

 長い沈黙があってようやくジャンが口を開いた。

「…………明日もここへ来たらいい?」


「いいえ、明日は大丈夫だと思います。化膿でもしなければ」


「化膿…………」


「…………化膿です」

 言葉をただ繰り返すジャンが『化膿』という言葉の意味がわからないのかとアリューシャは心配になる。


 説明したほうがいいのかな?



「…………ありがとう、アリューシャ」


「いいえ。どういたしまして」


 アリューシャの方を見ながら診療室を出ていくジャンが派手に扉にぶつかった。

「大丈夫ですか!?」


「大丈夫!!」頭を押さえながらジャンが勢いよく振り返った。


「あ! あの……こちらのフィッシャー先生はどこにいらっしゃるかご存じですか?」


 ジャンの顔が明るく輝いた。

「たぶん自分の部屋に居るよ! 俺が案内してあげる!」



 医務室から出たジャンは、さっきとは打って変わったように言葉が軽快に飛び出して来る。

 

「俺昨日の歓迎会の時見張りに出てたからさ!」


「そうだったんですね」


「交代して戻った時にはアリューシャいなかったし」


「そうなんです。間違ってお酒一気飲みしちゃって」


「そりゃ災難だったね」


「はい。今度から気をつけます」


 照れ笑いするアリューシャの顔をジャンが眺める。

「でも今日出会えて良かったよ。アリューシャに。ほんと」


「そうですね。お役に立ててよかったです」


「え?」ジャンがポカンとする。


「あ、ほら、傷の……」

 アリューシャがジャンの肘を指さした。


「そう! そうだった! そうだそうだ」

 ジャンがガーゼの上から傷口をバンバンと叩く。


「ジャンさんって……楽しい方ですね」


「そお!? よく言われる」


 それを聞いてアリューシャがぷっと笑った。


「イェーガーの人たちってやっぱりいい人が多いですね。キーファさんが最初は一番怖かったなあ」


「そうなの!? あいつめ! 俺キーファと同じ年なんだよ。言っといてやるから! アリューシャに優しくしろって!」


「いえいえ、すっごく優しい人です。最初は私の方が感じ悪くて。キーファさんのこと困らせちゃったんです」

 思い出すように含み笑いをしたアリューシャの横顔をジャンが見つめる。


(キーファめ。タイミングのいい男だ)


「え?」


「いや何でも無いよ。ところでフィッシャー先生には何の用があるの?」


「私、一応医学生だし、何かここでみなさんのお役に立てたらなって。それでお手伝いできないかお願いしようかと」


「それ、めっちゃイイじゃん!!!」食い気味にジャンが声をあげる。


「絶対賛成だよ! 俺も一緒に頼んであげるよ!!」


「あ、ありがとうございます」あまりのジャンの勢いに、またアリューシャの笑い声が漏れる。


「あっと、ここだ、ここ!」


 ジャンがドンドンドンドンと扉に拳をぶつける。

「先生! せんせー!! 居るんだろ!?」

 言いながらも何度も何度もドアをノックする。

「先生よお!!」


 叩きつけるジャンにアリューシャはハラハラとしながら立っていると急にその扉が開いた。


「なんだ!? 五月蠅いヤツだな!! 誰だ!?」


「先生おせーよ」

 フィッシャーがジャンの顔を見てうんざりとする。

「小僧か? 何の用だ?」


「先生の希望の天使を連れてきたんだよ」


「え!?」とアリューシャが困惑してジャンの顔を見る。


「あー、医学生の嬢ちゃんか」


「こんにちは、アリューシャ=アンダースです」


「お前さん昨日の酒は大丈夫だったか? アホのマックスが勧めやがったんだろ?」


「いいえ、私が間違って飲んじゃいまして」


「よりによってラーガを一気飲みか」


「そうです」


「まあ、わしの処置がよかったからな。全然大したことは無いわ」

 老医師がわしゃしゃと笑う。


「ありがとうございました」


「それで何じゃったかな?」


「だからよ。先生が探し求めてた助手の件だよ!」


 フィッシャーが思い出したように手を打った。

「わしもずっと助手が欲しいとジェイドに言っとんのに、連れて来やせん」


「団長だって忙しいっつうの」


「こっちだって急務じゃい」フィッシャーがジャンを睨めつける。


「まあ、いい」そう言ってフィッシャーがジャンの横に立つアリューシャを上から下からじっと観察する。

「嬢ちゃん今いくつだ?」


「18です」


「じゃあマエスターの3年生か?」


「はい」


「サードの資格は持ってたりするか?」


「はい! 持ってます! セカンドまで取りました」


 ほおとフィッシャーが顎髭を触る。

「よっしゃ入りな」


 勇んで入ろうとしたのはジャンだ。

 フィッシャーがポカンとその頭にげんこつする。


「お前は帰れ」


「えーー!? 俺が連れてきたのに!?」


「お前は五月蠅い」


「そんなあ」


「あの、ジャンさん、ありがとうございました」ぺこりとお辞儀をするアリューシャの顔をジャンはぼおっと眺める。


「ほれ、お前はどけ」フィッシャーがジャンをどついた。


「先生、俺アリューシャが助手すんのに1票ね!」

 フィッシャーは何も答えずに扉を勢いよく閉めてしまった。

 


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ルーセント・ムーンの獣」ルーセント・ムーンシリーズの第一作。現代と異世界の間で心が揺れ動く女子大生の冒険ラブファンタジーです。こちらもよければご覧ください。
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