11. 医務室の主(1)
日が暮れるとカサンドラとアリューシャは、食堂へと向かった。
昼には閑散としていたテーブルは男達で埋め尽くされてる。
その光景にアリューシャが気圧される。
「カ、カサンドラさん。男の人ばっかりですね」
「まあ、そりゃ仕方無いね。イェーガーに女はあたしだけさ」
「カサンドラさんがいてくれて良かったです」
泣き出しそうなアリューシャを見て思わずカサンドラは吹き出した。
「まあ、気のいい連中さ。怯えずにリラーックス」
カサンドラの横の席にちょんと座るが、借りてきた猫のようにアリューシャは小さくなっていた。大声で騒いでいる男達の集団の中に一生懸命キーファの姿を探す。
どこに居るんだろ……? キーファさん
チンチンチン
グラスがフォークで鳴らされ、食堂の前方に並んだテーブルを見ると、クラウゼンとシルヴィオが座っている。
「皆、大統領警護ご苦労だった!」
クラウゼンがワインのグラスを掲げると、皆も一斉にグラスを上げる。 アリューシャも慌ててグラスを持ち上げた。
「今日この魂を捧げよう、エンドルフに! 民に! ドラゴンに!」
グラスを上げた後皆が周囲とグラスをぶつけるのでアリューシャも両手でそれを持ちぶつけてくるカサンドラと、正面に座ったコックのマックスに合わせた。
「すでに皆には通達が出ているが、新しい仲間がこの船に加わった。皆彼女をあたたかく迎えてやってくれ。アリューシャ=アンダースだ」
言葉の後で優しい目線をそっとクラウゼンがアリューシャに向けた。
『アリューシャ、簡単でいいから挨拶してごらん』
カサンドラが肩にポンと手をやる。
『大丈夫だよ。名前を言って頭下げりゃいいんだ』
目の前のマックスも声をひそめて教えてくれるので、アリューシャは恐る恐る立ち上がった。
「あの……アリューシャ=アンダースといいます。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、方々から声が飛んできた。
『よろしく、アリューシャちゃん!』
『かわいいねえ!』
顔を赤くしながらもう一度頭を下げるとホッと椅子に腰掛けた。
「上出来だよ」カサンドラが微笑む。
「すごく緊張しましたあ」
「じゃあ、俺の自慢の料理を食おうじゃないか。とりあえずほら、飲んで飲んで」
アリューシャが差し出されたグラスをごくごくと飲み干した。
「あれ?」カサンドラがアリューシャのグラスに目をやった。
「それラーガじゃないかい?」
「そうだけど?」
「アリューシャあんた酒大丈夫なのかい?」
「え? お、お酒ですか?」
アリューシャの顔が一気に赤くなる。
「大丈夫じゃありませーん」そう言うとテーブルの上に突っ伏した。
◇ ◇ ◇ ◇
歓迎会ですぐに潰れてしまったアリューシャは、おぶられて部屋まで帰ると翌朝までぐっすりと休んだ。
同じ部屋のカサンドラが朝から何度もアリューシャに謝っていた。
「ほんとにもう大丈夫ですから」
「悪かったね。初めての酒を一気飲みさせちゃうなんて」
「いいえ。私も確かめなかったので」
「あいつはちょっと間の抜けたとこがあるんだよ。料理は一流なのにさ。これはマックスからだよ」
アリューシャのベッドの脇にマックス特製のハーブティーのポットをドンと置く。
「とにかく今日は一日ゆっくり過ごすんだよ。それがあんたの仕事。ほんとはついててやりたいんだけどね」
「大丈夫です。ほんとにありががとうございます」
アリューシャのベッドから立ち上がるとカサンドラもバタバタと書類を抱える。
「いいかい? 暇ならそのへんの本も読んでていいからね?」
「はい」
出て行く間際までアリューシャに気を配るカサンドラが、大荷物を抱えて仕事へ向かった。
そういえば明日にはバルバロスを起つって言ってたよね
ゆっくりと過ごしたらいいとカサンドラが気を遣ってくれてはいたが、そうは言ってもただ本を読んでるだけじゃ悪いような気がしてきた。
ここにいる人間は明け方からみんなきびきびと働いている。
アリューシャはせめて船内の見取り図を覚えようと、歩いて探検することにした。
木製のドアを開いて続く階段から甲板の様子を伺うと団員達が忙しそうに行き交っている。
気配を消すようにそこを移動していくと見慣れた十字の印が目に入った。
この船の医務室だ。
おそるおそるその室内を外から伺ってみた。
消毒液の匂いがしてなんだか懐かしい気持ちになる。
「……ごめんくださーい」
中には誰もいないようで、シンと静まりかえっている。
お医者様は今日はお休みなのかな?
静かに足を踏み入れると、雑然としたカルテが並び、奥のベッドには薬品が箱積みにされていた。
薬棚にはきちんと使っている物が並んでいるが、デスクにはカルテと包帯と体温計が出しっぱなしだった。