10. 飛空船アレキサンドライト(1)
翌日、太陽が真上に来る頃にアリューシャは目を開いた。
キーファと話してからソファに横になったアリューシャはまたすぐに眠りに落ちていた。半日以上を眠っていたことになるが、頭は思いがけずスッキリとしていた。その反面何も口にしていなかったので喉もカラカラでお腹もぐるぐると鳴る。
扉をそっと開くがそこにキーファの姿は無かった。
当たり前だよね
部屋から出てみると、階段を上ってくる人があった。
「おや? 眠り姫のお目覚めだね?」
目が合ったのはキーファと同じ制服姿の美しい女性だった。
ルイーザとあまり年は変わらないように見える。
ダークブラウンのストレートヘアを後ろにくくり上げ、キリッと上がった眉と力強い瞳。赤い唇が口角を上げて微笑む。
「こんにちは……」アリューシャがぺこりと頭を下げた。
「起きたのなら、シャワーか……」
ぐうぅぅ
アリューシャが自分のお腹を慌てて押さえつけた。
「腹は正直だね! よし、ちょっと遅いけどランチにしよう!」
ついてきなと言った女性が歩きながら自己紹介する。
「あたしは第五騎士団所属、本隊付き副長のカサンドラ=ネイルだよ」
長い足で速く歩くカサンドラの後を小走りでアリューシャは続いた。
「私は、アリューシャ=アンダースです」
「アリューシャね。オーケー。あたしはカサンドラでいいよ」
「あ、はい」
階段を下り、角を右に曲がり左に曲がり、また階段を下る。
ここで彼女とはぐれたら迷子になるとアリューシャは必死について歩いた。
食堂の扉をくぐると、6人掛けのテーブル席が6つ並んでいた。
人は閑散としていたが、端のテーブルには3人の男達が座って遅い昼食をとっている。
入ってきたアリューシャに男達が注目した。
「お! その子キーファのコレじゃねえか?」チキンでぎとぎとになった小指を男が立てた。
「キーファのコレじゃないよ! 黙って食いな」
そっちを見もせずカサンドラがカウンターから頭を厨房に出した。中に居たコックに声をかける。
瓶のジュースを2本受け取ると、近くの席に座った。
アリューシャもカサンドラの前の椅子に座ると瓶のジュースを受け取った。
勢いよく瓶を口に含んだカサンドラをぼーっと見ていると「ほら、アリューシャも飲みな」と声をかけられた。
慣れない手つきでそろそろと瓶を持ち上げると唇をつける。
瓶の傾き加減がわからず、勢いよく口に流れ込んできた液体にゲホゲホと咳き込んだ。
「ソーダ飲めないのかい?」
「いえ、飲めます」今度は慎重に瓶を傾けごくりと飲み込んだ。
ふーっと息をついて瓶を置いたアリューシャと、それをジッと見ていたカサンドラの目が合った。
「大変だったね」
「はい……」
「ここはさ。イェーガーだらけで侵入者なんてネズミ一匹いないんだ。安心していいよ」
アリューシャのカラカラになった心に、冷えたソーダと同じくカサンドラの優しい言葉がすっと染みこんでいく。
「カサンドラ」
調理場から声をかけられてカサンドラが立ち上がると、皿にはオムレツと冬キャベツのソテー、黒パンが二つ乗っていた。
「朝飯みたいだね?」
「もう昼の残りは奴らが食っちまったんだよ」
コックのマックスが顎をしゃくってむこうに座る集団を示した。
アリューシャの目の前に皿が置かれる。
「さあ、どうぞ」
「いただきます」
「俺のオムレツは絶品だぞ? お嬢ちゃん目ん玉飛び出すんじゃないか?」
「はいはい」カサンドラが苦笑いを浮かべた。
調理場からの視線も受けながらアリューシャがオムレツを一口食べた。きのこの芳しい香りと共に中からとろんとチーズが溶け出た。
「おいしい」
目を輝かせるアリューシャを見てマックスがカサンドラにどや顔をみせる。
「ほんとに凄くおいしいです」
「よかったよ」満足したマックスはまた調理場に引っ込んだ。
「団長は夕方には帰るだろうからもうそろそろだね。落ち着いたら話を聞きたいとさ」
口をもぐもぐとさせたアリューシャがごくんと飲み込む。
「大丈夫そうかい?」
「はい。今日はもう大丈夫です」
「食べたら部屋に案内するよ。当分はここにいなくちゃいけないだろうし」
「ありがとうございます」
ぱくぱくと黒パンを急いで口に押し込む。
「ゆっくりでいいよ。悪い悪い、急かしてるわけじゃ無いんだよ」
「あのお……この船には何人くらい人がいるんですか?」
「キーファは何にも説明してないのかい?」
「えっと、私も特に聞かなかったので」
「この船はイェーガー専用の船なんだ。第五騎士団は3つの小隊から組織されてる。1小隊に隊長一人と副隊長、隊員は3人。キーファはあれで第3小隊の隊長だからね?」
そういえば船に乗り込む時見張りの若者がキーファをそう呼んでいた事を思い出した。
「キーファさんって偉いんですね」
「あいつは若いけどしっかりしてるし、何より……」カサンドラが物言いたげにアリューシャの瞳を見つめる。
「まあ、キーファは置いといて、イェーガーは総勢17人。占有者としてカウントするなら団長を入れて18人だよ」
「思ったより……」
「少ないかい?」
アリューシャがコクンと頷く。
「ドラゴンストーンは貴重な石だからね。より選ばれし者だけがドラゴンを従える――――ってね」
「カサンドラさんも?」
「ああ、私もイェーガーだよ。グリーンドラゴンさ」
そっかこの人も同じ……
「キーファと一緒だよ」
考えを見抜かれたようでアリューシャの頬が赤くなる。
「イェーガーの他にも今いた料理人のマックス。航空士に機関士、医者にいろんな連中がいるから合わせて乗員は23人だよ」
「お医者さんも乗ってるんですか?」
「口の悪いじいさんが一人ね」カサンドラがウィンクする。
「ああ、そっか。あんた医者をめざしてるんだよね?」
「……はい」
「じゃあ先生手伝ってやったら喜ぶかもしれないね。最近は小さいもんが見えないとか肩が痛い腰が痛いってしょっちゅう文句垂れてんだよ」
お医者様……