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9. 慟哭(3)

(ひとりぼっちの可哀想なアリューシャ)


 暗闇の中、嗚咽を漏らしうずくまるアリューシャの耳元で誰かが囁く。


 可哀想なアリューシャ

 お前を守る者などいない

 お前を愛する者などいない

 天涯孤独の可哀想なアリューシャ 


 誰かを傷つけて

 大切な人を苦しめて

 お前は何を守ったのか?


 朦朧としていて夢なのか現実なのかわからない言葉がアリューシャを責め立てる。

 

 ごめんなさい

 ごめんなさい


 誰に謝ったらいい?

 

 父さんに?

 母さんに?


 巻き込んでしまったおばさまに?

 ルカに?

 グラートに?


 

 ――――キーファさんに?


 息をしているのか不安になるほど深い眠りについた彼の横顔を見た。

 傷を負い、血を流し、頬が白くなり目元が蔭る。


 キーファさん


 キーファさんごめんなさい



 彼の温かく大きな手がアリューシャの冷え切った頬を包んだ。

 寒風がまとわりつく、まだ明けない墨色の空の下で


(一人になるなと昨日言っただろう――――)



 ハッと気がつくと日はとっぷりと落ち、辺りは夜の帳の中だ。

 小さなランプが扉の側のスツールの上に乗せてある。部屋の中のチェストや絵画やシャンデリアが下からの光で陰影を延ばし、天井に輪郭を映し出している。

 起き上がるとアリューシャの体に掛けられていたケットがはらりと落ちた。


 重い体を引きずるようにして歩くと応接室の扉を開いた。

 扉のすぐ横に椅子が置いてあり、キーファが足を組んで座っていた。

「起きたか?」


「キーファさん」


「そのまま眠っていていいんだぞ? 大丈夫か?」


「大丈夫です」


「腹減ってないか?」


「……お腹は空いてません」アリューシャがふふと力無く笑った。


「どうした?」


「キーファさんってなにげにいつも『腹減ってないか?』って聞いてくれるなあって」


「そりゃ腹減ってると元気出ないだろ? 飯が一番大事だ」


 アリューシャがそれを聞いてまた笑った。

「ここにずっと居てくれたんですか?」


 キーファの椅子の横には空っぽになった皿とジュースの瓶が置かれている。


「あー……いや、隊の連中がうるさいからここに逃げてただけだよ」


「ありがとうございます。あれ? キーファさんなんだか」

「ん?」


「その姿初めて見ました」


「ああ、これか? 船に戻ったしな」

 キーファはいつも来ていたブルゾンを裏返しにしていた。

 スモーキーブルーの制服には銀色のボタンが光り、腰にナイフの装備された大きなベルトを巻いている。


「騎士団の人みたいです」

「騎士団の人なんだよ」キーファが笑う。



「それにしても……ひどい顔だな」


「え!?」


 あれだけ泣いたのだから目はぱんぱんに赤く腫れ上がっていた。


「やだ。そうだろうけど普通女の子にそういう事言いますか?」

 うらめしげにアリューシャがキーファを見た。


「キーファさんモテないでしょ?」


「はあ? 俺はモテモテ人生爆走中だ」


「うそ!? 結婚してるんですか?」


「いや、結婚はしてないけど」


「じゃあ、彼女がいるんですか?」


「いや……まあ、いないけど」


 アリューシャがプッと吹き出した。


「モテるから選べないだけだからな?」


「そうでしょうね?」

 今度はアリューシャがお腹を抱えて笑う。


「元気そうで良かったよ」そのアリューシャの顔を見てキーファはほっと安堵した。


「ご心配おかけしました」


「今夜はこの部屋で眠っていいから」


「キーファさんずっとそこにいるんですか? 中に入りませんか?」


「そういうわけにはいかないだろ?」


「え?」


「今まではそりゃ、安全な場所じゃなかったから一緒だったけど、ここは国でも五本の指に入るくらい安全な場所だよ」


「そっか。そうですね。普通はそうですよね」


 今まで当たり前のように側に居てくれたキーファとの間に、初めて距離があることを知った。


「気がついたなら俺は自分の部屋に戻るよ」


「ありがとうございました」


 キーファの背中を見送っていると、またさわさわとアリューシャの心に寂しさがわき起こる。


「アリューシャ」

 階段を下ろうとしたキーファが振り向く。


「寒いからちゃんと上着て寝るんだぞ?」


「はい」


「寝相が悪いから心配だな」


「そんなこと無いです!」


「そんな事あるよ。どれだけ俺が蹴られたと?」


 顔を真っ赤にして反論するアリューシャの顔を見てキーファが笑う。


「じゃあな」


「キーファさん……ほんとにありがとうございました」

 空瓶を持った手をあげるとキーファがタンタンタンと階段を下りていった。


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