1. 少年(3)
フィンとキーファは結局ビアンテの店に舞い戻っていた。
テーブル席に着こうとしたキーファの袖をフィンはそっと掴んだ。
「あの、ここだと、その……」
ちらりとフィンがビアンテ親子に視線をやる。
「旦那たちは命の恩人だろ? 俺に話せる事なら、別にここでもかまわねえよ」
「だからです。恩人さん達だから迷惑はかけられません。何も聞かない方がいいんです」
また視線を足元に向け、要領を得ない事を呟くフィンに心の底からキーファはため息をついた。
「いいじゃねえか、今日は休みだし。上も開いてるからそこで聞いてやれよ。事情があんだよ」
ビアンテがそんな二人にカウンターから声をかける。
「しょうがないな……。そんじゃ悪いけど上の部屋借りるぜ」
そう言うとキーファが階段に向って歩き始めた。
ビアンテにペコリと頭を下げ、フィンはキーファの後に続く。
「これでいいのか? そんじゃ話してみろよ」
キーファは2階の部屋のベッドにどっかりと腰を下ろし、壁にもたれかかった。フィンには近くにある椅子に座るよう顎をしゃくる。
おどおどとしながらフィンは座ると、ちらりとキーファの顔を見た。
心持ち深呼吸をしてからフィンはそっと口を開いた。
「レイテの村はご存じですか?」
フィンの言葉にキーファはすぐさま顔色を変えた。
現在、最重要案件として命が出されている事件がある。その事件現場の村の名が、いきなりフィンの口から飛び出したのだ。
第一級特殊事件────。
これにあたるのが主にゼーゲン騎士団の第5騎士団、通称イェーガーのみで構成される騎士団だった。
それはこの事件が特殊能力によるものだと断定された為、しかも第一級に特定されるのは『殺人』が絡んだ時だ。
レイテ村の事案と言えば、被害者は医者と農夫の二人。
詳しい情報は開示されていなかったが、医者は相当の重要人物だったらしく細かい情報は第一級にも関わらず秘匿とされている。
イェーガーに与えられた司令はこうだった。
〈犯人の殲滅。イエロードラゴンの占有者〉
「どうしてその事件を知っているんだ? 村人には箝口令が敷かれている」
壁にもたれていた背中を起し、キーファは身を乗り出した。
「箝口令……?」
そのキーファの言葉だけでフィンの顔面は蒼白だ。
村の名前を出す事すら不味い事だった
膝の上に置いていた手が汗ばんでくる。フィンはズボンをギュッと握りしめ、キーファから視線を逸らした。
「どういう事なんだ? どうして知っているんだ?」
キーファは追及を止めない。
ベッドから立ち上がるとフィンの腰かけた椅子の前に立った。驚いてフィンは顔を上げる。
「ちょっといいか? 抵抗するなよ」
フィンの帽子を取ると目線を同じくする為、キーファは膝を折りしゃがみ込んだ。
「あ……」
いきなり帽子を取られたフィンは、キーファの手の中にあるキャスケットに手を伸ばした。
「そのままだ」
伸ばした腕をそのまま絡み取られ、キーファはフィンの耳回りや首回りを触り何かを探り始めた。
「きゃっ」
フィンが声を上げるがキーファは止めない。
後ろに一つに縛られた髪を持ち上げうなじや耳の後ろもじろじろと調べた。
「ストーンは無いな」
確認を終えるとキャスケットをポンとフィンの頭に乗せた。
フィンはそれを両手で握るとグイと目深にかぶった。顔も耳も首まで赤くなりながら苦々しげにキーファを見る。
その視線に気づいているのかいないのか、また淡々とキーファが質問を繰り返す。
「事情が変わったな。お前が何か話すまでは俺は絶対お前から離れないぞ。場合によってはお望み通り団長の前にしょっ引く」
よりによって自分をあの忌々しい犯人と決めつける様なキーファの言い回しに、フィンは憎しみに近い怒りを覚えた。
「犯人をまだ捕まえてないんですか? イェーガーって思ったよりも無能ですね」
フィンはキーファを睨みつけながら震える声で言い放った。
カチンと来たキーファもフィンを睨みつける。
「今捜査してんだよ。あれだけド派手な事件だから今に犯人は捕まる。俺の前に事情通が転がりこんできたわけだしな」
胸を何かが貫いた。
キーファの言葉に恐ろしい光景が思い出される。大粒の涙がぽたぽたと零れ落ちた。
「どうしたんだよ? …………まさかお前あの事件の、被害者の関係者か?」
揺れる瞳でキーファを睨みつけた。もうどうなってもいいとフィンは思った。
「そうよ! 被害者は私の父よ!」
わーと声を上げてフィンは泣き崩れた。今までかろうじてせき止めていた感情が、堤防を切りなだれ込む。
「医者の家族とは連絡が取れていない。家族の捜索も優先事項だ。家族は娘が一人。アリューシャ=アンダース。シュトラーゼ学術院の3年。10日前に寮を出たきり行方がわかっていない。栗色の髪に瞳の色は……」
フィンが顔を上げ涙に沈む瞳をキーファに向けた。
「……瞳の色はブルー……」
後ろに三つ編みをした長い髪は、明るい栗色をしている。ツイードの上下は男の服だが、キーファの目にはもう彼女が少年には見えなかった。アイスブルーの瞳が白い頬の中に憂いていた。