9. 慟哭(1)
海沿いの町バルバロスは沖にはたくさんのヨットが帆を広げている。そこからすぐの町の西側には飛空船の発着場があった。数多くの飛空船が停泊している。
発着場の中央にはシルバーの流線型の飛空船が泊まっていた。船体には赤いエンブレムが描かれている。中心には黒色のドラゴンが尾をしならせかぎ爪を伸ばす。その爪先には六角形の黒い石――――大統領の飛空船『レッド・ダイヤモンド』だ。
一般的な中型船だが、この船よりスピードの出る船はこの国には存在しない。
そのすぐ側に巨大な飛空船が停泊していた。
シルバーブルーの船体、ツインの動力源をもつイェーガーの本船、飛空船『アレキサンドライト』
地の色がグリーンの為、その角度によってはブルーにもグリーンにも見えることからその名がついたと言われている。
「すごく大きいんですね」
山手から眺めた時よりも近づけば近づくほど、うんとその船の巨大さに目を奪われた。太陽に照らされた船体は螺鈿工芸のように複雑な色をして煌めいている。
飛空船のタラップの側まで歩くと、その下で見張りをしていた若者がこちらを向いて両手を振った。
「たいちょおーー!!」
「おう!」キーファも片手を挙げて応える。
「お帰りなさい! お土産まってました!」
ニコニコ顔の若者がキーファに駆け寄る。
「団長は今いるか?」
「はい! 先ほど戻られまして……」
若者がふとキーファの後ろにいたアリューシャに目を留めた。
「隊長、こちらの方は?」
アリューシャが頭を下げると、彼も話しながら頭を下げる。
「ああ、ちょっと連れだよ。後でな」
足早にタラップを上がっていくキーファの後を慌ててアリューシャも追いかける。
甲板に上がると「おう! キーファ!」と大声がした。
「遅かったじゃねえかよ!? フォルク祭はとっくに終わってんのに戻んねえからどこかにしけこんでんじゃないかとジャンと話してて……」
男の目がタラップを駆け上がってきたアリューシャに向けられた。
「ああ、彼女がアリューシャです。団長室に連れてくとこで」
アリューシャがペコリと頭を下げると大男の顔に喜色が溢れた。
「マジか!?!?」
言いながらぼんぼんとキーファの肩に手を回して更に大声を上げた。
「おおい!! みんな!! キーファが嫁連れて帰ってきたぞ!!」
甲板にいる者から船室にいた者、マストに上がっていた者が全員驚いてアリューシャに注目した。
「え!? え!?」
キーファが目を見開いて大声で否定した。
「そんなワケ無いでしょ! あんた報告書読んで無いのかよ!?」
「照れなさんなって」ニヤニヤとして男がアリューシャに目をむけた。
「まさかこんな可愛こちゃん隠してるなんざあ、お前ってやつは!」
どやどやと男達がキーファとアリューシャの周囲に集まる。
甲板は大騒ぎだ。
「名前なに?」
「キーファでいいの!? 俺にしない?」
「いつ知り合った?」
屈強な男達に囲まれて質問攻めにされるアリューシャは目をまわさんばかりだ。
「あの……えっと、違うんです」アリューシャが小さな声で否定するが誰の耳にも届かない。
「お前ら……仕事しろよ!! 全員持ち場に戻れ!!」
言いながらアリューシャの腕をキーファが引っ張る。
「全部無視していいから、来いよ」
その光景にヒューっと誰かが大げさに口笛を鳴らす。
船内のドアを開いたキーファの背中に大男のロックが声をかける。
「おい! キーファ! 結婚式には呼んでくれよ!」
飛空船アレキサンドライトの船長はゼーゲン騎士団の団長であり、イェーガーの本隊長であるジェイド=クラウゼンだ。
多忙の騎士団長の為に用意されたイェーガーの本船こそがこの飛空船だった。
2階にある団長室の扉をノックすると低い声が返り、中から開かれた。 迎えたのは団長付のシルヴィオだ。
キーファに「おかえり」と声をかけながらその背後に慌てて目をやる。いつもゆったりと微笑む彼の瞳が大きく開かれた。
「アリューシャ!」
「シルヴィオさん!」
キーファの横をすり抜けるようにして長いシルヴィオの手が伸びた。アリューシャの腕を掴むと引き寄せて抱きしめた。
「心配したんだよ。無事でよかった」
アリューシャの心臓が破裂しそうになりながら体は硬直する。
「あ、あの、その……」
横にいたキーファが思わずシルヴィオの肩を掴む。
「え……と、再会の喜びはそれくらいにして、団長はいますか?」
「そうだ! 団長!」
アリューシャからようやく手を離したシルヴィオが、奥の書室にいたクラウゼンのもとへ急ぐ。
「茹で蛸みたいに顔が赤くなってるぞ?」
「び……びっくりしちゃって」
キーファがアリューシャの頬をムズッとつまんだ。
「な、なんでひゅか?」
「蛸みたいにほっぺも柔らかいのかと思って」