7. 風と火(3)
「まあ! 派手な登場ね。お兄さん」
「キーファさん!!」
手首を紐で縛られ肩の上に抱えられたアリューシャが、必死に顔を上げる。
「そいつを離せよ」
「おー怖っ! ちょっとキレてんじゃないの? お嬢ちゃんと離ればなれになったたからかしら?」
ダリアがわざとらしくアリューシャの髪を手ですいた。
「もしかしてアカンサスのことやっつけちゃった!? あれでもうちの戦力だから生きててもらわないと困るわあ」
「じゃあ確かめに行けよ」
「そうしたいんだけどこっちが先よ。かわいいアリューシャちゃんと一緒にランデブ-」
ダリアがアリューシャの首筋にチュッとキスをした。
キーファの髪が逆立つ。睨みつけると二人の足下から風が吹き上がる。浮き上がりそうになったアリューシャの体をダリアが強く引き、そのまま後方に飛び上がった。
「危なかったわぁ。ちょっとお兄さん! ノーモーションは止めてくれる? 油断も隙も無い」
「アリューシャに手だすんじゃねえ!! お前は男のケツでも追っかけてろよ!!」
走り出したキーファに今度はダリアが風の刃を飛ばす。
「いいのかしら? あたしはお兄さんも好みよ。アリューシャちゃんも美味しそうだけど」
次々に現れる無数の風刃をキーファが寸前で躱す。
髪の先やジャケットの裾がシュンッと削られる。
顔の正面に来た風刃はキーファが手で受け止めるとそよ風の様に解けて消え去った。
「私って美しいモノが好きなの」
優雅に微笑みながらダリアが後方に大きく飛び退いた。
「でも、これ以上邪魔するなら彼女も怪我しちゃうかもね。可愛いお顔だけはキレイなままでとっておきたいんだけど」
銀色に光る薄いナイフを太もものベルトから取り出すとアリューシャの頬に沿わせた。
「さあ、どうする?」
顎をつと上げ不敵な笑みを浮かべる。
ピタリとキーファが動きを止めた。
「Good!」
キーファから目を離さずダリアが階段の方へと徐々に下がる。
キーファが目を瞑ると3階の吹き抜けから黒い煙が階下へと逆流した。それに伴いミシミシと鈍い音が走る。
突如大きな音を立てて階段の上部が崩れ落ちた。
焼き尽くされた3階部分の床材がもろくなっていたのだ。
キーファが意識を集中させて上階で巻き起こした風に耐えることはできなかった。
灰と土埃と熱気が音を立てて階段を埋め尽くす。
驚いたダリアの意識が背後へ向けられると、ナイフの先がわずかにアリューシャからずれた。
それを見逃さずキーファが飛び上がり大きく腕を振る。
風の大きな砲弾がダリアの右肩にぶつかり、崩れ落ちる階段へとアリューシャごと吹き飛ばされる。
キャアァァァァ!!!
アリューシャが叫び声を上げる。
その時には左腕を伸ばしたキーファがダリアからアリューシャを奪いしっかりと抱き留めていた。
反対側の手でシャンデリアにつかまり下半身を振り子のようにすると、左膝をダリアのこめかみに打ち付ける。
声も上げられず苦悶の表情を見せたダリアだけが、そのまま階段の崩落に飲み込まれた。
キーファがシャンデリアから手を離しアリューシャを抱きしめたまま着地した。しがみついたアリューシャは腕の中で微動だにしない。
「アリューシャ? 怪我は無いか?」
「はい」とアリューシャは震える声を絞り出した。
ほっと息を吐いたキーファがアリューシャを床に下ろした。腕を縛っている紐を外す。
「火がまわるからすぐに脱出しよう!」
アリューシャの手を引いて脱出口を探そうとするキーファの手をギュッと握り返した。
「待って下さい!! ルカ達を見つけたんです!!」
廊下の先の大扉の前へと二人は走った。
「このノブが固まってて動かないんです!」
「代われ!」
キーファもノブを力一杯捻るがそれはピクリとも動かない。
『おい! あんたキーファ!? アリューシャは!?』
「私は無事よ! キーファさんが来てくれたから!」
「ルカ!! そこから離れてろ!! 今から数えて3で扉を吹き飛ばす!」
『わかった! ……数えていいよ!』
「1! 2! 3!!」
キーファが下から腕を振り上げると風が大扉にめり込み、勢いよく内側へと吹き飛んだ。
「ルカ!」
扉を踏み越え中に入ったアリューシャをルカが力いっぱい抱きしめる。
「アリューシャ! 無事だったのね!?」
その声に顔を向けるとルイーザが奥の長いすに横たわっていた。
「おばさま!!」
ルイーザの側にアリューシャが駆け寄った。
「おばさま! 怪我を!?」
「足をちょっとね」
「見せて」
アリューシャがルイーザのスカートの裾をめくると、左足のスネの部分が赤黒く腫れあがっている。
「折れてるかもしれない……」アリューシャが眉を寄せる。
「突然あの赤い髪の男が現れて両手を向けると、食堂に強い風が吹いたんです。奥様は転倒されて、それで……」
ルイーザの側についていたメイドが怯えながら話す。
「おばさま……ごめんなさい」
「どうしてアリューシャが謝るの? あなたが謝る必要なんて無いわ」
言いきるルイーザの言葉が余計にアリューシャの胸を締め付ける。
私のせいで……
グッとその気持ちを心の奥へと追いやる。
そして冷静に周囲を見渡すとコーヒーテーブルの上に置いてあった、大判の本が目に入る。
「それ、破ってもいい?」
アリューシャが破った本のページを束にして添え木の代わりにすると、ルイーザの足を固定した。
「とりあえず……応急処置よ」