7. 風と火(2)
◇ ◇ ◇ ◇
キーファがアリューシャを追いかけようとした時、廊下に飾られた大きな油絵が突如目の前で火を噴いた。
「アリューシャ!!!」
名前を呼ぶがアリューシャは振り返りもせず、そのまま階段を駆け下りて行く。
「クソッ!」
キーファがその炎を打ち破ろうと、腕をしならせ風を放つとその火は油絵諸共床に落ち消えてしまった。だが飛び越えようとした瞬間、炎が轟音を立てて渦巻く。反射的にキーファが背後へと跳び下がった。
これは――――
その異様な火の動きにキーファが全身で周囲を警戒する。
炎の渦のすぐ側の扉が開いた。
男が炎を全く意に介さず燃えさかる油絵を踏みしだき歩く。
「レッドドラゴンか」キーファが呟く。
「私にこんな役目が回るなんて……はあ」
黒いコート黒いブーツ、白髪混じりの長い髪を束ねた顔色の悪い男がため息をつく。
「じゃあ、どけ!!!」
大風がキーファの背後の突き当たりの窓を打ち破り、唸り声のような音を出しながら男に襲い掛かる。
その風で男は転がるが、炎が巻き上がり側にあったカーテンに燃え移った。壁紙も音を立て黒く焦げる。
「相性悪いですよねぇ、火と風って。いや、相性いいのかな?」
イタタタと腰をさすりながら男が立ち上がった。
「どっちに主観を置くかの問題か? 火にとって? 風にとって? いや、目的の違いか? 燃やしたいのか消したいのか……」
「よくしゃべる奴だな。そんな奴らばかりか?」
「ああ、ダリアのことですか? 彼に……あ、彼女かな? 会えなくて残念ですね。この階には上がってきませんから」
キーファの顔色が変わった。
「ヤツも来てるのか……?」
森で戦った時、最後に風で遙か上空まで吹き飛ばした。気を失い抗ったようには見えなかった。
そのまま落下して命が助かったとしても、数日で回復できるような状況には無いはずだ。
「ほら、腐ってもあの人もグリーンドラゴンですから。なんとかしたんじゃ無いでしょう………」
男が言いきらないうちにキーファが右手を振り下ろすと、今度は刃のように圧縮された風が男に放たれる。
寸前で男が体を翻しそれをよけた。
「ひゃあ! 危なかった! あなた本気で私のこと殺そうとしましたね!?」
キーファの放った風に煽られ、3階の廊下が炎のトンネルと化す。
男があーあと言いながら周囲を見回した。
「このままこの家と一緒に黒焦げになりますか? そんなに風を起こしていたんじゃ私の炎は喜ぶだけですよ? まあ焼き尽くされても私は平気ですけどね」
「殺されたくなかったら、今すぐ火を収めるんだ」
「そうしたいのは山々ですけど、残念ながら私にはそこまでの力は無いんですよ。ドラゴンの寵愛を受けるあなたが羨ましいな」
今度はキーファの足下の絨毯から火が上がる。
「あなたの生死は問わないと言われていまして。さっきのお返しもしたいし」
「上等だ」
目の前で燃え上がった炎をまるで蝋燭の火でも消すように、強烈な風が吹き消した。
「おお!」男が感嘆の声を上げる。
パチンと指を鳴らすと、今度はキーファを中心にしてサークル状に炎の壁ができる。
「これはどうします?」
キーファが頭上を見上げるとそこから下降気流が起こり炎が横にひろがった。周囲の絨毯の毛羽立ちを火が走る。
「あなたの足場が無くなりますよ?」
気流で炎の高さが低くなると、キーファが大きくジャンプした。壁を走るように二蹴りし、チェストを踏み越えると、火輪の外に飛び出した。
「あら!?」
目を見張る男の正面に走り込むと、胸ぐらを掴み右手を大きく振りかぶる。
「ちょっと! 風使わないんですか!?」
男の左頬にキーファの拳がめり込み、鈍い音がしてその場に崩れ落ちた。
「こっちも得意なんだよ」
右手にフッと息を吹きかけると、キーファは前方にある炎の渦巻く階段と背後に燃え上がる廊下を交互に見た。
今飛び越えてきた火の廊下の先に目を向ける。
姿勢を低くして助走をつけると突風に体を乗せ、頭から飛び込んだ。
燃えた絨毯の先に手を付き一回転すると、先ほど自分が風で打ち破った窓まで走る。そのままの勢いで3階の廊下から窓の外へ飛び出した。
風がキーファを受け止める。
空中でくるりと反転し、直下にあった2階の窓を足で蹴破った。
ガシャーーン!!!
ごろごろと転がりながら2階のホールに飛び出た。