6. 幼馴染(6)
翌朝、旅支度を始めたアリューシャが自分の来ていたツイードの服を探していたが見つからない。着ていた服は全てルイーザにクリーニングに出されていたのだ。
仕方なく少し大きいルイーザの服をアリューシャは借りていた。フリルのあしらわれたロングスカートにモヘアのカーディガン。それらはフィンの服に比べると動き辛くてアリューシャは裾をたくし上げて歩いていた。
「ごめんなさいね、アリューシャ。でも乾くまでここに居たらどうかしら?」
「でも……今日飛空船が出るなら急ぎたいし」
ハース家では明け方には運行情報が出ていた。執事のシュミットがキーファとアリューシャに知らせていたのだ。
「少しお直ししてあげるから、他のお洋服を持ってくるわ」
「でも何より男の子に変装しないといけなくて……」
「ルカのお洋服はあるけど」
アリューシャとルイーザの会話にキーファが割り込んだ。
「それならもうあんまり意味は無いかもな」
「え? どうしてですか?」
「奴らアリューシャの男装をばっちり見てるわけだし。かえって女の姿のほうがイメージしないかもしれない」
「じゃあ、いいじゃない。乗船の手配はこっちでしてあげるから……そうだ!」
ルイーザがぽんと手を打った。
「出港までまだ時間があるのよ。それならお買い物しましょうよ! ね?」
「でも……」
アリューシャの返答を聞かずにルイーザがアリューシャの腕を引いた。
「素敵なブティックが最近できたのよ。きっとアリューシャも気に入るわ」
ルイーザが窓辺にいたキーファに視線をやる。
「少しくらい構わないでしょ?」
アリューシャも恐る恐るといった風にキーファを見つめる。
その二人の視線に気づきキーファが腕を組む。
「わかりました。少しだけなら」
「よかった」
ルイーザが笑顔を向けると、アリューシャも嬉しそうに顔を綻ばせていた。
フリージャの街は午後から飛空船が出ることになり活気づいていた。ルイーザの話していたブティックは屋敷からすぐで、ルイーザ親子とアリューシャ、キーファの4人が連れ立って訪れていた。
店内を占領するかのように、真ん中の大理石のテーブルをルイーザの選んだ洋服が埋め尽くしている。
「アリューシャこっちのスカートもステキよ」
「ほんとだ。キレイな赤色」
「でもこっちのチェックも捨てがたいわね」
まるでファッションショーでも行う勢いで、ルイーザはかき集めた服を次々にアリューシャに着せてみる。
そんな光景をあきれた様子でキーファとルカは眺めていた。
「ママは女の子が欲しかったんだよ」
「そうらしいな」
窓辺に置かれたモスグリーンのソファに二人が並んで座っていた。
そこに店員がカモミールティーを運んでくる。
「……あんたはさ、ドラゴンストーンを持ってるって事なんだよな?」
カップに手を伸ばしたルカが尋ねる。
「ああ」
「アリューシャは……危険な状況なの?」
「そうだな。安全だとは言えないな」
カップに口をつけていたルカがハッとして顔を上げる。
「でも必ず俺が守る。だから大丈夫だ」
ルカはぐっと歯をくいしばり、棚の向こう側で帽子をかぶって微笑むアリューシャを眺めた。
(僕が守れたなら……)
ルカが小さく呟いた言葉をキーファは聞き逃さなかった。
「お前にはお前のできることがあるだろ? アリューシャはあんたたち親子に会えて安心できたんじゃないか?」
キーファも楽しげにルイーザと話しているアリューシャに目をやった。
「事がちゃんと収まったら、迎えてやれよ」
「僕にできること……か」
考え事をするルカの横でキーファも正面を向いた。
自分の耳の後ろに埋め込まれた石に触れる。
考え事をしているといつも無意識にそうしてしまう、キーファのクセだった。
いつものようにストーンは冷たく、スベスベとして指先に馴染んだ。
俺も自分がやれることをやるだけだ
アリューシャの笑顔を真っ直ぐに見つめた。
大荷物を抱えたルカとキーファの前方を女性陣は優雅に屋敷に向かって歩いていた。
アリューシャの腕を引いてルイーザは楽しげに思い出話を語る。
「フォルク祭の時はママとクレープを食べながら歩いたものよ」
アリューシャも若い頃の二人を思い浮かべた。
後ろをついて歩くキーファが人の波を慎重に見回している。
話をしながら後ろのキーファをうかがうとそっとルイーザがアリューシャの耳元に顔を寄せた。
『アリューシャ。彼は本当に信用できる人なの?』
アリューシャもちらりと後ろを歩くキーファを見て小声で話した。
『うん。私は信用してる。たくさん助けてもらったの。……すごく優しい人だよ』
その言葉にルイーザは安堵の表情を浮かべる。
『何があったか知りたいけれど……やっぱり私じゃ力になれないのかしら?』
『ごめんね。おばさまたちがいてくれて心強いし、本当にうれしいの。でもこれは……たぶん普通の人じゃ無理な事なんだと思う』
『そうなのね……』
寂しそうに、そして心からアリューシャを心配しているようでルイーザの瞳が揺れた。
『だめね。最近涙もろくって。今泣いたら後ろに焦るのが一匹居るわね』
指先で目頭を押さえつけるとルイーザは後ろを振り返った。
「ルカ! 重いなら、一つくらいママがお荷物持ってあげるわよ!?」
「だいじょおぶ!!」
キーファも仕方なく後ろを振り返った。
「その本の袋が重いんだろ? 俺が持つから貸せよ」
「あんただって一つもってんじゃん!」
「お前と俺では鍛え方が違うんだよ。気にすんな」
「ちょぉぉ気にする!!」
ルイーザが元気を出させようと明るい声を出した。
「さあ昼食はハース家特製の川魚のムニエルよ。ルカしっかりね」