1. 少年(2)
「できない相談だな。団長の居場所はトップシークレットだ」
何度も頭を下げられうんざりしながらキーファは答えた。
「だいたいお前は何者なんだよ? 何の用があるんだ? 名前しか言わねえ、理由も言わねえ。そんな得体の知れねえ奴を連れてくわけ無いだろ?」
そう言われてフィンも一生懸命言葉を模索する。
「父の、父の友人なんです。その……クラウゼンさんは……」
ようやく『お願いします』以外の言葉がフィンの口から出たものの、その言葉にキーファの顔が曇る。
「団長の名前を知ってんのか?」
「もちろんです。父の友人ですから」
国家を守護するゼーゲン騎士団。その中でもイェーガーと呼ばれる第5騎士団は特殊任務部隊だった。
4元素────火、水、風、土。
彼らはその能力を発動させる「ドラゴンストーン」を有していた。ドラゴンストーンを持つ物を占有者【ポゼサー】という。
狩人【イェーガー】はゼーゲン騎士団の中の占有者集団だった。
ポゼサーと呼ばれる能力者は国の管理の及ばない所にも存在し、度々犯罪を犯す。
第五騎士団はそれを取り締まる事を主な任務としていた。
狩人と呼ばれるのはその為である。
「そんでお前の親父さんの名前は?」
「…………」
フィンが再び黙り込み視線を下げた。
キーファがため息をつく。
「これでこの話は終いだ」
銅の硬貨三枚をテーブルに置くと椅子に置いていたジャケットに袖を通しながらキーファは出口へ向かった。
「ごっそさん」
キーファがカウンターにいたビアンテに声を掛けた。
「コーヒーはおごりだ」
ビアンテが片手を上げるとちょこまかとルディが動き出口に向かっていたキーファにその硬貨を返した。
キーファはそれを受け取ると片手を上げた。
扉を開けて去って行くキーファの後ろ姿に、フィンは今にも泣きだしそうな顔をした。
「お兄ちゃん……僕わかんないけど、キーファを追っかけた方がいいんじゃないの?」
ルディに声をかけられ、フィンは瞳をうるませる。
「坊主。あいつは意外と頼りがいのある奴だぞ。何があったか知らんがちゃんと話してみな。力になってくれると思うがな」
ビアンテが優しい声でカウンターから声をかけた。フィンは後ろを振り返るとビアンテに向って大きくうなずいた。
「そうですね。もっときちんとお願いしてみます」
「大丈夫だよ。ああみえてキーファはお人よしなんだから」
ルディがこましゃくれた事を言うのでフィンの不安げな顔が少し和らいだ。
「ありがとうございます。あの、助けていただいて……このご恩は一生忘れません」
そう言って頭を下げるとフィンも店のドアを開いた。
「お兄ちゃん! 忘れてるよ!」
ルディからトランクを受け取ると、フィンはにこりと微笑んだ。
「ありがとう。ルディ」
そのフィンの笑顔に、ルディは何故だか少し頬を赤くする。
「……お兄ちゃん??」
ルディは後ろにいる自分の父親を振り返った。
「ありゃ女だな」
ルディのまん丸に開かれた目を見て、ビアンテが大声で笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
フィンはトランクを抱えながら懸命に走った。後を追ってすぐにビアンテの店を出たのに、キーファの姿はどこにもない。閑散とした通りをきたが、さすがに町の中心部には人も多い。
長身の若者の姿をその中に探す。
とりあえずビアンテに聞いた役人の詰め所を目指した。
何度も入る事をためらい詰め所の周囲をぐるぐるとうろつきながら、ようやく心を固めると開け放たれた入口へと向かう。
「あの……すみません。キーファさんという方はこちらにいらっしゃいますか?」
詰め所の独特の雰囲気から、フィンは中に入る事はせず、入口からそっと声をかけた。
詰め所内には二人の役人がいた。
「なんだ、ガキか? どうしてヤツを探してる?」
入り口近くにいた若い方の役人がフィンを睨みつける。
ビクリとしてフィンは後ずさった。
「あの……すみません。結構です」
まずいと思ったフィンは踵を返すとそこから走り出した。だがすぐに若い役人が襟ぐりを掴んできた。
「怪しい奴だな」
フィンの右手が後ろ手に捻じりあげられた。
「痛っ!」
フィンが声を上げ、顔色はみるみるうちに青くなる。
詰め所を訪ねたのは失敗だったとフィンは猛烈に後悔した。
役人の顔を見上げる。
意地の悪そうな細い目がフィンを見下ろした。
「キーファに何の用だ?」
「うっ!」
役人が更に手に力を入れるものだからフィンは痛みで顔をしかめた。
「おい!」
ふいに腕の痛みが和らいだ。
声の方を見るとキーファが二人のすぐそばに立っていた。その役人の肩をつかんでいる。
青い顔をしたフィンとキーファの目があった。
「おう、キーファ。こいつお前を探してる怪しい奴だ」
役人は得意げに鼻をならす。
「お前は何でもかんでも捕まえようとすんな。そいつとはビアンテの旦那のとこで会ってんだよ」
それを聞くと役人はするりとフィンから手を離した。
「なんだよ! 知り合いかよ!? それならそうと早く言えよ」
フィンはねじられた腕をさすりながら役人の顔を睨みつけた。
「で、こいつ誰だよ?」役人がキーファに尋ねる。
「名前はフィンだよ。……後は知らねえ」
それを聞いた役人がまた険しい顔をしてフィンを見た。
「やっぱり怪しい奴じゃねえのか?」
再び疑惑を向けられてフィンは飛び上がるとキーファの後ろに隠れた。
「だからそれを止めろって。まあ、とりあえず悪人じゃあ無いだろ? もう締め上げるのは止めてやれよ」
フィンはそれを聞いてほっと胸をなで下ろした。役人はもうひと睨みキーファの背後へ視線をやると、文句を垂れながら詰め所に戻って行った。
「おい、お前。まだ俺を付け回す気かよ? イェーガーを追い回すなんて怪しまれても仕方ねえぞ?」
自分の後ろを振り返ってキーファが深くため息をつく。
「すみません。でも、あの……本当にわ……僕は困っていて、あなたの協力が必要なんです」
縋り付くようにフィンはキーファを見上げた。
「……とりあえず離してくれるか?」
背後に回っていたフィンはダークブラウンのキーファのジャケットの背中をギュッと握っていた。
「す……すみません」
フィンはポンと赤くなると慌てて上着から手を離した。
「何度言ったって俺の答えは変わんねえよ。理由のわかんねえ奴を団長の元においそれとは連れて行けねえ」
「もっと……きちんとお話しますのでどうかお願いします!」
フィンが背筋を正すと、これでもかとキーファに頭を下げた。
(何かしら……?)
キーファの耳に往来する町の人々のささやき声が聞こえた。
冬の閑散とした時期とはいえ、詰め所からすぐのこの通りはベラージュの町のメインストリートだ。それなりに人はいる。
「わかった! わかったから頭を上げてくれよ!」
キーファが慌ててフィンの肩を起した。