6. 幼馴染(2)
食事を済ませた二人が席を立とうとすると、キーファの後ろの客が声をかけてきた。
「嘘だろ? まさか……アリューシャ?」
ブロンドの髪を後ろで一つにまとめた少年がこちらを向いて愕然としている。
「ルカ!?」
目を丸くしてアリューシャも少年の名前を呼んだ。
「どうしてたんだよ!? そんな格好して! どこにもいなくてさ……俺探したんだよ! レイテ村にも行ったんだ!」
そう言う少年の目には涙が浮かび椅子に座るアリューシャの側まで来て手を伸ばす。しかしその寸前でキーファがアリューシャの腕を掴み自分の方へと引き寄せた。
「こいつ知り合いか?」
「え? あ、はい。幼馴染みのルカ=ハース……――――」
「ここでアリューシャに会った事は誰にも言うな」
それだけをルカに言い渡すと、キーファがさっさとアリューシャのトランクを持ち上げ腕も持ったまま歩き始めた。
「お前! 待てよ!」
すかさずルカが二人の前に回り込んだ。
「アリューシャ、こいつ何なんだ!? 手を離せ!!」
ルカの声に食堂にいる人々がこちらに視線を向ける。
キーファがチッと舌打ちした。
「幼馴染みならアリューシャの事が大事だろ? 事情がある。見なかった事にしてこの場を去れ」
「何言ってんだよ!? そんなバカな事あるか!」
ルカがアリューシャの反対側の腕を掴んだ。
「アリューシャ行こう。こいつ危ないヤツだって!」
「違うのよ彼は――――」
「いいからアリューシャから手を離せよ、坊主」
ルカの頭に血が昇り、キーファを睨みつけると大きく息を吸った。
「お役人さーん!! ここに誘拐犯がいます」
キーファもアリューシャもギョッとしてルカを見た。
したり顔をして立つルカに、声を殺してキーファが捲し立てる。
『お前何やったかわかってんのか!? バカな事言いやがって』
『そうよ! キーファさんは全然そんな人じゃ無いのよ!』アリューシャもおろおろとして加勢する。
「だってアリューシャを連れて行こうとしてる」
『お願いだから、変なこと言わないでちょうだい。きちんと話すから』
「そいつは?」
キーファがチラリと通りから走ってくる役人に目を向けた。
『わかったから、変なこと口走るなよ』
「これはハース家の坊ちゃんでしたか。どうしました?」
町役人に振り向いたルカは愛想の良い笑顔を浮かべた。
「すみません。僕の勘違いでした」
「何事もなければこれで失礼しますよ?」
役人はちらりとキーファとアリューシャに目を向けて、訝しみながら今来た道を戻り始めた。
「……ほんとに誘拐犯じゃ無いんだろうな?」
ルカがさっき叫んだ内容はただの当てつけではなかったようだ。
「ルカ! とにかく事情は話すから」
「……お前面倒な事になっても知らないからな?」苛立ちながらキーファが忠告する。
「アリューシャを勝手に連れて行くなんて、僕にとってこれ以上に面倒な事なんてあるもんか」
キーファの視線に応戦するかのようにルカも下から睨みつけた。
◇ ◇ ◇ ◇
重厚な赤煉瓦の塀には緑の蔦が絡みついている。黒い鉄柱の門扉が門番によって開かれた。
門の先には丁寧な仕事で整えられた石造りの庭が広がり、この寒い季節にも黄色くて丸い花を咲かせるゴブリンローズが咲き誇っていた。
「とんだ坊ちゃんだな」キーファが三階建の白亜の屋敷を見上げると呟いた。
「アリューシャ!」
その宮殿のような屋敷から一人の女が飛び出してきた。
長いブロンドを結い上げ、目には涙を浮かべていえる。
「おばさま!」
アリューシャも抱きしめてきた女にしっかりとしがみついた。
「心配したのよ。レイテ村が土砂崩れに巻き込まれたと聞いて。学校にも連絡を取ったら自宅に戻ったというし。無事だったのね。ほんとに良かった」
女が涙を流すアリューシャの頬に両手を添えると顔を覗きこんだ。
「それで……お父さんは……?」
アリューシャは唇をキュッと結び、ゆっくりと首を横に振った。
「嗚呼、そんな……」
言いながら女の目からも涙が落ちて、再び強くアリューシャを抱きしめた。
「アリューシャ、大変だったね。ここにいていいのよ。いつまでだってここにいていいの。とにかく中へ入りましょう」
頷くアリューシャを見ると、ふとその視線は後ろにいたキーファに向けられた。
「……こちらの方は?」
「誘拐犯」
「ルカ!」
アリューシャにたしなめられルカが不服そうに訂正する。
「連れなんだとさ」
キーファが頭を下げる。
「おばさま、彼はキーファさん。私を助けてくれた恩人さんなの」
「アリューシャがお世話になりました。とにかく事情を聞きたいし、中へどうぞ」
女がアリューシャの手を引き屋敷へと案内した。