6. 幼馴染(1)
翌朝二人はここからほど近い飛空場のある町を目指す事にした。
列車は使えないというキーファの言葉に南に下るなら飛空船はどうかとアリューシャが提案したのだ。
「フリージャの町は小さい頃からよく母と一緒に遊びに来たんです」
懐かしそうな目をしてアリューシャの顔はほころんだ。
フリージャの町は南北に長いエンドルフ国の中央に位置する中継地だ。そこに本社のある国有数の運送業者の娘とアリューシャの母親が幼馴染だったのだ。
医師として村を離れる事ができない父親は快く母娘をこの旅に送り出してくれたものだった。
「もう……遊びには行けないでしょうが」
アリューシャは懐かしそうに目を細めた。
3年前に訪れた時と何も変わらずフリージャの町は活気が溢れていた。キーファもこの町を訪れる事は多かったが、通り過ぎるのみでここで長く滞在する事は無かった。
「飛空場に行ってみるか」
雑踏をひょいひょいと足早にすり抜けるキーファの背中をアリューシャは懸命に追いかけた。久々の人混みにアリューシャは戸惑いながら歩いていた。
自分の生まれた村やその隣の小さな町、学校のあるスローケーもまた湖の畔にあるような人混みとはかけ離れた環境だったのだ。
「キ、キーファさん!」
アリューシャの声に振り返ったキーファが、慌てて背後の人の群れの中に目を凝らす。
「す……すみません。ここです」
ようやくキーファに追いついたアリューシャは息を上げていた。
「悪い。速かったか?」
「いいえ、そんな事はないんですけど……久しぶりで」
「もうちょっとゆっくり歩くからさ。離れるなよ」
そう言ってまたキーファが前を向く。
「あの……。その……よければ掴まってもいいですか?」
アリューシャはキーファのジャケットをそっと示したつもりだったが、「ああ、いいよ」とキーファが伸ばしたアリューシャの手を取った。
「急ごう」そう言うとアリューシャの手を引きキーファが歩き始めた。 アリューシャの胸はドキリとしたままキーファに引きずられる。
大通りを抜けると人々が閑散とし始め、飛空場まで来るとその数も少し落ち着いたようだった。
「あの、もう大丈夫です。ありがとうございました」
アリューシャがおずおずと一心に前へと進んで行くキーファに話しかけた。
「ん?」キーファがその声に振り返る。
「あの……手です。もう大丈夫です」
アリューシャがもう一度言うとキーファがパッと手を離した。
「あっ、悪い! 触ろうとか思ったんじゃ無いからな」
焦ったように言うキーファがおかしくて「わかってます」とアリューシャは笑った。
「本当にはぐれたら困るからで……」とキーファがぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
「と……とにかくだな。えーっと乗船の受付に行くからここに座ってろよ」
空いているベンチにアリューシャを座らせると、そそくさとキーファは受付へと向かった。
受付近くまで来ると、南行きの飛空船の時刻表に赤い看板が下げられていた。看板には「欠航」の文字が並んでいる。
「今日南行きの船は出ないのか?」
キーファが受付に座っている女性に声をかけると
「ええ、南は今嵐が近づいているようで、今日は全便欠航なんですよ。明日もどうなるか」と女性は答えた。
「明日も!?」
キーファが渋い表情を浮かべる。
「旅行者の方ですか? それなら早く宿を取られた方がいいですよ。欠航の時は決まって宿が満杯になるんです」
それを聞いたキーファは女性にお礼を言って、座っているアリューシャの元へ戻った。
二人は飛空場近くの宿から町中の宿まで何軒も尋ねて歩いたがどこもすでに一杯だった。
「しまったな……今夜は飛空場で一夜を明かさなきゃいけないかもしれない」
歩き疲れた二人は町の食堂で夕食を取っていた。
「俺はどこでも平気だけど……。アリューシャも疲れるよな?」
アリューシャはプルプルと首を振ってなるたけ笑顔で「大丈夫です」と答えた。
確かに飛空場の待合所で一晩過ごしたことは無い。昨夜の猟師小屋で藁の上に眠ったのも初めてだった。
それでも一人ぼっちで綺麗な宿に泊まった時の方がひどく寒々しかった。
キーファが側にいてくれればどこでだって大丈夫なような気がしていた。